Message from the Dean

研究科長挨拶

アジア太平洋から、世界の平和と発展に貢献する

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
研究科長・教授 黒田 一雄

早稲田大学の創立者・大隈重信は、1912年の大学創立30周年記念式典における演説で、本学の基本理念にあたる「教旨」を発表しました。そこには、「世界の学問に裨補せん事を期す」「広く世界に活動す可き人格を養成せん事を期す」と謳われています。また、この演説の中で大隈は、「一身一家一国のためのみならず進んで世界に貢献する抱負が無ければならぬ」「世界の平和を来すというのが吾人最後最大の理想である」とも述べています。この演説がなされたのは、近代国家としての日本の形成がなお強く意識されていた時代でした。そのような時代に、本学が研究と教育の両面において「世界への貢献」を明確に掲げたことは、きわめて先駆的な理念であったと言えるでしょう。また、大隈はその著書『東西文明の調和』(1922年)においても、「今、日本は将に東西文明の接触点に立って居る。吾人の大なる理想は文明の調和者として、東洋の文明と西洋高度の文明とを並行せしめ、調和せしむるにある」と述べ、文明間の相互理解と対話を通じて、調和ある社会と平和を創り出すという志を示しています。東洋と西洋を結ぶ日本を築き、早稲田大学をその知的な拠点としたいという、大隈の気宇壮大な構想がそこにはありました。早稲田大学は、創立以来こうした理念のもと、日本のみならず世界に開かれ、世界に貢献する研究と教育を追求する大学として発展してきました。とりわけアジアとの関係には長い歴史があります。1882年の創立からわずか2年後には朝鮮半島からの留学生を受け入れ、1905年には清国留学生部を設置するなど、早くからアジアをはじめ世界各地から学生を迎え、多くの人材を社会に送り出してきました。

アジア太平洋研究科(GSAPS)は、早稲田大学が培ってきたこうした理念と歴史的役割を、現代においてさらに発展させるため、1998年に設立されました。その基本理念は、「アジア太平洋を中心とする地域の歴史、政治、経済、産業、経営、社会、文化および国際間の諸問題を、グローバルかつ地域的な観点から学際的に研究すると共に、その研究成果を社会に還元できる高度の専門知識をもった職業人を養成し、広く人類社会の発展に寄与する」ことにあります。設立以来約30年にわたり、GSAPSは50を超える国・地域から学生を受け入れ、4,000名を超える修士課程修了者と約450名の博士を輩出してきました。修了生は、各国の政府、経済界、市民社会、大学・研究機関、国際機関など、世界各地のさまざまな分野で活躍しています。またGSAPSは、数多くの海外の大学・大学院と協力関係を築き、国際的な共同教育にも積極的に取り組んできました。ジョージ・ワシントン大学エリオット国際関係大学院(米国)、ジュネーヴ国際・開発研究大学院(スイス)、ハーティ行政大学院(ドイツ)、ソウル大学校国際大学院(韓国)、チュラロンコン大学政治学研究科(タイ)など、国際関係分野を中心とする多くの大学院と部局間協定を締結し、活発な学生交流・研究交流を行っています。北京大学国際関係学院(中国)およびブリュッセル自由大学ヨーロッパ研究所(ベルギー)とは、ダブル・ディグリー・プログラムを開発・運営しています。また、北京大学、高麗大学、南洋理工大学、タマサート大学とは「東アジア共同大学院(EAUI)」構想のもと、共同でサマースクールやシンポジウムを毎年実施してきました。さらに、清華大学、高麗大学との「東アジア共同体フォーラム」における研究協力や、JICAの「開発大学院連携プログラム」、日越大学大学院グローバルリーダーシップ専攻の設立・運営にも協力してきました。

アジア太平洋地域は、この半世紀の間に著しい発展を遂げ、今日では世界経済を牽引する地域の一つとなり、国際社会においてますます大きな役割を担うことが期待されています。その一方で、この地域を含む世界には、戦争や紛争、貧困、気候変動、感染症、教育格差、移民・難民問題など、一国のみでは解決することのできない越境的・地球規模の課題が数多く存在しています。その解決のために、国境を越えた協力の必要性はこれまで以上に高まっています。国際社会は、こうした課題に取り組むため、持続可能な開発目標(SDGs)に代表されるグローバルな協力の枠組みを構築し、その実現に取り組んできました。同時に、ICTやAIなどの急速な技術革新は、世界の平和と発展に新たな可能性を広げる一方、私たちの社会に新たな課題やリスクももたらしています。

こうした時代認識のもと、GSAPSは、アジア太平洋地域がもつ多様性と可能性、そして世界が直面する諸課題に向き合い、既存の学問分野の境界を越えて、総合的かつ学際的な教育・研究を進めています。そして、複雑化する国際社会の課題を深く理解し、その解決と新たな価値の創造に貢献できる人材を育成することを目指しています。それでは、GSAPSが育成を目指す国際的人材とは、どのような人材でしょうか。私は、国際社会で活躍する人材には、「三つのC」が重要であると考えています。一つ目のCは、高度な専門知識と語学力、コミュニケーション能力を基盤とする国際的な能力・専門性(Competence)です。グローバル化が進む今日、専門的な知識や能力は、国境を越えた国際的な基準の中で評価されます。世界のさまざまな場で自らの力を発揮するためには、確かな専門性と、それを他者に伝え、共有する力が不可欠です。二つ目のCは、世界のさまざまな人々と協力しながら課題に取り組む協調性と協働的なリーダーシップ(Collaboration)です。文化的・社会的背景の異なる人々が共に生き、共に働く国際社会では、寛容さと包容力をもって他者を理解すると同時に、自らの考えを粘り強く伝え、相互理解を築きながら協働する力が求められます。そして、最も大切な三つ目のCは、貢献への志(Contribution)です。国際社会で通用する確かな専門的力量と、多様な人々と協力することのできる人間力をもって、世界が抱える課題の解決や、平和で豊かな社会の実現に具体的な貢献を果たそうとする姿勢です。それはまさに、100年以上前に大隈が掲げた「世界への貢献」という理念を、今日の国際社会において実践することでもあります。

GSAPSでの学びは、この「三つのC」を育むための重要な第一歩です。GSAPSでは、留学生も日本人学生も、きわめて国際的で、多様性に富んだ教育・研究環境の中で共に学ぶことができます。異なる国、地域、文化、専門分野から集まった学生たちが、互いに学び合い、議論し、協働する経験そのものが、国際社会で求められる力を育む貴重な機会となります。世界各地からGSAPSに集う学生の皆さんが、ここでの学びと出会いを通じて、アジア太平洋地域、そして地球規模の課題の解決と新しい価値の創造に貢献する人材へと成長されることを心から願っています。そしてGSAPSが、世界に開かれ、多様な人々が共に学び、新しい知を創造し、より平和で豊かな社会の実現に貢献する場であり続けるよう、研究科長として力を尽くしてまいります。