大学時代の留学はキャリアにつながる原体験

カリフォルニア州立大学連盟との55年間の協定を振り返って

2019年3月1日、カリフォルニア州立大学連盟(CSU)よりTimothy White総長等が本学を表敬訪問し、弦間正彦国際担当理事、リ-・マージ国際部長と懇談をしました。懇談の場では、双方ともに重要なパートナー校として、今後も更なる学生交流の強化に向けて協力していくことで合意しました。

White総長(中央)、弦間正彦国際担当理事(左から3人目)、リ-・マージ国際部長(右から二人目)ら

CSUは、カリフォルニア州内に23のキャンパスを有し、全学生数約48万人を超える全米一の大規模総合大学です。CSUと本学の交流の歴史は古く、協定締結は1964年と今から50年以上さかのぼります。協定締結以降、CSUとの間では、数ある米国大学との交流でもとりわけ活発な学生交流が行われています。

本学との交流についてWhite総長は、「55年の歴史があるということから、このパートナーシップは留学する学生にとって価値ある経験をもたらしていることがわかります。CSUの学生も、早稲田大学の学生も、留学をしたことで人生が豊かになったという話をよく聞きます。早稲田大学は、CSUにとって重要なパートナーのひとつです」、と語りました。

「その後の自分の可能性を大きく広げてくれた」

1990年、文学部卒業 天川恵美子(あまがわえみこ)さん
サンディエゴ州立大学へ留学

英文学を学んでいたため、英語ができるようになりたいと思ったことや、当時の国際部※にロサンゼルスやサンディエゴ等から来ていた学生の方から南カリフォルニアの魅力について聞いたことから、サンディエゴ州立大学(SDSU)を留学先として選びました。

SDSUはとてもきれいなキャンパスで、国境を越えればメキシコがあったり、日系人を含むアジア系の方々もたくさんいたりして、そうした環境から多く学びました。NHKでずっと報道番組のディレクターをしておりますが、もともとマスコミ志望ではなく、今思えば、留学先で受講した社会問題等の授業や経験したことが卒業後のキャリアにつながったのだと思います。

サンディエゴ州立大学

留学中、強く印象に残ったことがあります。カリフォルニアでは飲酒年齢が21才以上のため、多くの大学生が週末にメキシコに繰り出すのですが、真夜中の繁華街で、飲んで騒ぐアメリカ人の横で幼い子供がミサンガやガムを売っていた姿です。国境を挟んで、貧富の差がこれほどある二つの国が接しているという体験は日本ではできません。でも、これが世界の現実だと実感しました。就職後、「国境なき医師団」をアフリカ・スーダンで取材した時、豊かな国だからこその役割を骨身に沁みて感じたこともありました。

留学はわずか1年でしたが、とても濃密で凝縮された1年でした。さまざまな国から来ている方と出会い、違う世界に触れて、とてもおもしろかったです。少し積極性を持った気もします。また、グローバル化がどんどん進み、語学ができないと自分が体験できる範囲が限られてしまいます。通訳を介さずに、直接、自分で取材ができることは大きなプラスになっています。語学習得以外にもプラスアルファで、その後の自分の可能性を大きく広げてくれました。大学生であれば体力もあるし、感覚もとても新鮮なので、かけがえのない経験になると思います。

※国際部は1960年に設置された国際交流プログラムです。主に五大湖私立大学連盟(Great Lakes Colleges Association)とカリフォルニア州立大学連盟(California State Colleges、当時)からアメリカ人留学生を受け入れ、日本語学習プログラムと、1年を通して日本の文化に触れるイベントを提供していました。今では、600人近く在学する国際教養学部へと進化しました。

「人としての成長カーブは留学先で上がった」

伊藤明裕さん(右)と濱高朗(はまたかあき)さん

2001年、商学部卒業 伊藤明裕(いとうあきひろ)さん
2003年、商学部卒業 濱高朗(はまたかあき)さん
チコ州立大学へ留学

伊藤さん(い):チコは山の中にぽつんとあって、田舎ではありますが、それが逆にとてもアメリカらしく、特別な経験がしたいと思い選びました。遊びに行くところもなく、友達と話すか、勉強するか、町の中に行くかだけなので、本当にいい時間を過ごせました。

濱さん(は):留学は大体1年弱なので、どれだけ濃密な時間を過ごせるかが大事になってくると思います。チコみたいな小さな町だと、丁度いいです。

チコ州立大学

い:留学中は、つらいことも多かったです。最初、ルームメイトから挨拶されても、聞いたことがない言い回しだったり、英語で大学3年生レベルのビジネスの授業を受けたりするのはとにかく大変でした。でも、留学したことで、英語をしゃべれること以上に、どんなことがあっても動じなくなったし、どんな人に対してもフラットになれるようになりました。また、海外の方が日本と全然違う考え方をしているということを感じて、多様性は当たり前と思うようになりました。

今はnendo というデザイン事務所を経営しており、お客様の半分、また社員の3割が海外の方で、日常的に英語を使うことが多くなりました。海外との仕事が多い中で、全然違う考え方の人って当り前にいるよね、というのが僕たちの中には経験としてあるので、「何が起きても、文化の違いはあるから、こういうことって起きるよね」、と理解し対応できるようになりました。

は:僕も、留学した時の繋がりが仕事上でベネフィットがありました。三菱商事株式会社に勤めていますが、今はnendoに出向して、伊藤さんと一緒に仕事をしているのはチコに行ったおかげです。

その上、大学生だったからこそ、留学中に吸収できたこともあると思います。例えば、その当時、アメリカ人が好きだった音楽とか、今の僕にとって財産です。あの時の感受性って今よりも鋭いので、やっぱり語学も伸びたのだと思いますし、人としての成長カーブはそこで上がりました。勉強もそうだし、ネットワークもそうだし、度胸もそうだし、留学したことが人生を豊かにする大事な宝物となりました。

い:留学に行ったときの9か月が、今の自分の人間性を作っています。あんなに楽しかったり、つらかったり、いろいろ考えたりという気持ちは、本当に行かないとわからない。とにかく何も考えずに、だまされたと思って留学してみてほしいです。

留学センターについて


2018年度には、4,600人を超える学生が海外へ留学し、125の国・地域から8,000人近くの外国人留学生が早稲田大学で学びました。また、現在、87の国・地域にある595の大学・機関と大学間協定を結んでいます。

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