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世界に挑むスタートアップ
量子光学のトップ研究者が創設 世界に挑むスタートアップ Story of早稲田 PoC Fund②
Mon 29 Aug 22
早稲田大学では、研究成果をもとにしたベンチャー企業の創出に向け、事業アイデアのPoC(概念実証)を行うための支援プログラム「早稲田大学PoC Fund Program(以下、早稲田PoC Fund)」を実施しています。早稲田大学発の研究成果を社会実装し、社会に貢献する新たなイノベーションの創出をめざして、これまでに複数の研究プロジェクトを支援してきました。
本記事では、早稲田PoC Fundのこれまでの取り組みのなかから、2つのプロジェクトを紹介。後編では、実際に量子光学の研究成果から起業を果たした理工学術院青木教授の研究プロジェクトの起業までの歩みをお届けします。
卓越した研究実績を持つ3人が集結し
大規模量子コンピューターの実現を目指す
早稲田大学において2020年よりスタートしたGAPファンドプログラム、「早稲田PoC Fund」。同プログラムを活用し、起業を実現させたのが、青木隆朗理工学術院教授を中心とした研究チームだ。世界的にニーズが高まる量子コンピューターの領域で、早稲田大学で開発した世界で唯一の技術をもとに、ハードウェア開発や関連技術の研究に取り組む株式会社Nanofiber Quantum Technologies(以下、Nano QT社)を2022年4月に創設。既存方式の量子コンピューターを圧倒する大規模化を実現し、量子コンピューターの新たな世界を切り開こうとする研究者の一人である。
「世界で実装されている量子コンピューターは、情報の単位である『量子ビット』(※)の数が数ビット~数十ビット程度、最近になってようやく百ビットに乗ってきたというのが現状です。そして従来の技術を延長するだけでは、千ビット程度以上の規模への拡大は困難であり、計算力に限界が訪れると予想されています。この課題を解決するには新たな技術が必要であり、私が独自に創出し、長年研究してきた『ナノファイバー共振器QED』が貢献できると考えています。物理学の基礎研究の成果を科学技術イノベーションにつなげ、社会に実装していきたいと、今回の起業に至りました」(青木教授)
※量子コンピューターで扱われる情報の最小単位
Nano QT社でCSO(最高科学責任者)を務める青木教授は起業に際し、世界の第一線で活躍する2人のエキスパートから協力を得た。その一人が、CTO(最高技術責任者)の碁盤晃久氏。カリフォルニア工科大学で青木教授も在籍していた量子光学の権威Kimbleグループにて研究し博士号を取得後、コロラド大学で原子の精密測定研究に従事。その後、一連の知見を量子コンピューターに応用すべく、次席研究員として青木研究室で装置の開発を進めてきた、この分野でトップクラスの研究者だ。
「共振器QED系は原子と光子の量子力学現象を研究する上で理想的な系です。光子と原子の両方を量子ビットとして取り扱える大きな優位性を持つため、量子コンピューターへと応用することは昔から期待されていました。しかしそのためには、多数の原子を収容し、個々の原子の量子状態を精密に制御でき、さらに光を効率的に取り出す必要がありますが、これは従来の共振器QED系に用いられてきた共振器では不可能です。それを実現するのがナノファイバー共振器でした。量子光学の基礎研究で生み出された技術をもとに量子コンピューターを開発するには、高度な専門性が必要となります。そのプロセスを担うのが、CTOとしての私の役割です」(碁盤氏)
もう一人の賛同者である同社CEOの廣瀬雅氏は、マサチューセッツ工科大学にて量子物理分野で博士号取得したのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントとして活動してきた。“サイエンスとビジネスの橋渡し”にふさわしい経歴の持ち主である。
「サイエンスの領域ではいくら良質な研究成果であっても、ビジネスの領域では事業価値として認識されないケースが多い。価値はステークホルダーに伝わることで、初めて世の中に出るのです。そのプロセスにおいては高度なビジネススキルが求められます。私が培った経験をもとに、2人が生み出す技術と価値を社会に届けたいと、事業に参加しました」(廣瀬氏)
「私の研究成果を量子コンピューターとして具現化するためには、碁盤さんの技術力が不可欠です。そして、専門性の高い量子技術のプロジェクトを事業化するためには、科学技術と経営、両方を知る廣瀬さんの視野も必要になります。起業準備から2年をかけて、世界中を探し回ってもなかなか出会えない二人に入ってもらうことができました」(青木教授)
欧米と勝負できる開発環境を
大学発ベンチャーにより実現
青木教授が起業を決意したのは2年前。きっかけとなったのは、以前から目の当たりにしていた、欧米諸国における量子コンピューター関連スタートアップの活発化だった。
「アメリカでは物理学者が研究成果をもとに自力で起業したり、グーグルのような巨大企業が研究グループを丸ごと引き込んだりする。こうした競争の中でサイエンスの発展が加速されています。また、大学発スタートアップが非常に良い待遇で優秀な人材をどんどん集めており、学生にとって博士号取得後にスタートアップに入ることが魅力的なキャリアパスになってきている。一方の日本はハードウェアの開発において大幅な遅れをとっており、基礎研究と産業の分離も目立っています。」(青木教授)
「そもそも量子コンピューターのハードウェアを本格的に開発するスタートアップが1社もありません。学生は多くの場合、博士号取得後も研究を続けていくためには、不安定な立場と低い待遇で我慢せざるを得ない。日本人研究者としての悔しさに加え、『このままでは後輩の有能な若手研究者たちにもマイナスになる』『才能や成果が正当な評価と報酬を与えられ、研究に打ち込める場を創りたい』と思ったのが、起業を考えたきっかけでした」(青木教授)
その後起業に向けた第一歩として、青木教授は早稲田PoC Fundを活用することを決める。初年度にあたる2020年度に採択されることで、マーケットリサーチなどの準備資金を確保し、ベンチャーキャピタルやアクセラレーター、メンターとのネットワークを構築していった。
「早稲田PoC Fundによって最初の1年を起業準備に充てられたことで、次の1年を具体的なアクションにつなげられました。日本の大学発ベンチャーを見渡しても、良いスタートが切れたと思います」(青木教授)
プロジェクトに参加した二人も、動き出した会社の可能性に対し、手応えを感じているようだ。
「欧米では優秀な人材を集結させ強固なチームを作ることで、高いプレゼンスが実現される土壌があります。そうした環境を日本でも準備できたことは、私たちの大きなアドバンテージではないでしょうか。Nano QT社を、世界中からトップクラスの研究者が集まるような会社にしていきたいと思います」(碁盤氏)
「私たちの技術は、世界でも類を見ない先進性を持っています。大規模な量子コンピューターが開発できれば、さまざまな領域で限界を迎えていたオペレーションを最適化できることはもちろん、これまでのコンピューターでは辿り着けなかった解も導けるでしょう。医療や環境、経済といった、世界が抱えるあらゆる問題に対し、新たな兆しが見えるのではないでしょうか」(廣瀬氏)
Nano QT社の挑戦は、始まったばかりだ。早稲田PoC Fundでは、すでに複数の領域から研究開発型のベンチャー企業が誕生している。他のプロジェクトや最新情報は、こちらからご覧いただきたい。
量子光学のトップ研究者が創設 世界に挑むスタートアップ
Story of 早稲田 Poc Fund Program②