YOKO
TAWADA
多和田葉子さん
生き延びるために読むものが、 文学
ベルリンに在住し、日本語とドイツ語で創作を続ける作家・多和田葉子さん。独特の言葉遣いで書かれるその作品群は国際的な評価を受け、2018年には全米図書賞を受賞。現在も世界中の注目を集めている。約30年前、早稲田大学卒業後にドイツへと移住した多和田さんは、第一文学部で学んだ時代を振り返る。

『ベルリン墓地、尊敬する作家 Heiner Müllerの墓前』 撮影: Elena Giannoulis
「在学中はロシア文学を専攻しながら、ドイツ語も学習。各国のネイティブスピーカーの先生と接する中で、異文化が接触する新鮮な感覚に驚きながら、外国人である彼らが『日本と向き合う理由』に関心を抱きました。海外移住を決めたのは、日本語というものを外側から見てみたいと思ったことがきっかけです」
学生時代の読書体験もまた、現在の作風につながっているという。
「大学の図書館で偶然手に取ったのが、ナイジェリアの作家、エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』。日本語訳で読んだのですが、不可思議な言葉の表現に衝撃を受けました。翻訳を通じて生まれる、普通ではない日本語の使い方に、面白さを感じたんです」
以後、ドイツを拠点に、世界中を旅してきたのも多和田さんの活動の特徴だ。未知なる文化との遭遇は、創作におけるアイデアの源泉になっている。
「ブラジルに行った直後にフィリピンに渡航するような、忙しい生活を続けてきました。交わらないはずの2カ国の印象が、なぜか頭の中でつながっていって、自分が振り回される。それに対応しようとすると、新しいアイデアが生まれるんです」

『ベルリンの地下鉄駅』 撮影: Elena Giannoulis
しかし、新型コロナウイルスによる渡航制限は、そのスタンスにも影響を与えた。
「日本にいても、世界中の情報をインターネットで得ることはできるでしょう。海外文学であっても、近年は翻訳される作品が多いので、異国の人の考えに触れることはできます。しかし、人と人とが生身でぶつかる時の“揺さぶられる感覚”は、凄まじいもの。そのインパクトを体験できない学生さんを思うと、心苦しいです」
学生に向けて、多和田さんは優しく語りかける。
「人間関係や将来について悩みを抱えることは、毎日のようにあると思います。そんな時に本を読めば、必ず何かをつかみ取れるはずです。特に、海外の文学や日本の古典文学は、現代社会に生きる皆さんとは全く違う視点から、『意外なところに答えが潜んでいるんだよ』と教えてくれるでしょう。文学は重要だからで読むものではなく、読まなければ生き延びられないから、読むもの。視点を変え、視野を広げることで、悩みから解放され呼吸ができるようになる。それは文学ならではの体験だと思います」
PROFILE
1960年 東 京 都 生 ま れ。1982年第一文学部卒業。ハンブルク大学大学院修士課程修了。文学博士(チューリッヒ大学)。1982年よりドイツに在住し、日独両言語で小説の創作を始める。1991年『かかとを失くして 』で 群 像 新 人 文 学 賞、1993年『犬婿入り』で芥川賞、2005年にゲーテ・メダル、2009年に早稲田大学坪内逍遙大賞、2013年『雲をつかむ話』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、2016年にドイツのクライスト賞を日本人で初めて受賞、2018年『献灯使』で全米図書賞翻訳文学部門、2020年朝日賞など、多数受賞。
INFORMATION
多和田葉子さんとヨーロッパのジャズシーンを牽引する高瀬アキさんによるパフォーマンス(11/23~12/31)とワークショップ(12/10)がオンライン配信にて実施されます。詳細・最新情報は早稲田文化サイトをご覧ください。