第20回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」贈呈式 受賞者挨拶 ―房 満満 氏

※第20回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」贈呈式 式辞・講評 はこちら

【草の根民主主義部門 奨励賞】
BS1スペシャル「封鎖都市・武漢〜76日間 市民の記録〜」(NHK BS1スぺシャル)

房 満満(株式会社テムジン)氏の挨拶

株式会社テムジンでディレクターをしております、房満満と申します。私は早稲田大学出身ですので、今回母校からこのような賞をいただき非常に嬉しく思います。私はジャーナリズムを目指そうと思ったのは早稲田大学で学んだときからです。この賞をいただいたとき、ジャーナリズムのことを教えてくれた先生の顔や言葉などを色々思い出しました。

この番組は、武漢のことを様々な形で発信し続けてきた二人の若者による記録を取り上げました。この番組を作ろうと思ったのは2020年2月7日の夜。最初にコロナの存在について警鐘を鳴らした李文亮医師が亡くなったその夜です。生まれて30年経ちますが、初めてあれだけの怒りを覚えました。この怒りを形にして表現したいと思っていた時、『武漢封城日記』と出会ったのです。この日記を書いたのは29歳の郭晶さんというソーシャルワーカーの女性です。厳しい情報規制を受けながらも彼女は76日間ずっと自身の経験や思いをインターネットで日記を発表し続けていました。インターネットで発表する、ということは日本では簡単そうに聞こえるのですが、中国では簡単なことではありません。批判的な発言はすぐに削除されてしまいます。郭晶さんは何度も諦めようかと思ったそうですが、読者の応援のメッセージに勇気づけられて、発信を続けられたのです。

もう一つは北京にある「故事FM」というインターネットのラジオ局です。北京にいながらも武漢のお医者さんや妊婦さんなど、様々な人たちの声を集めて、10万人くらいの視聴者に日々発信していました。彼らもどこまでだったら自分たちの番組が許されるのか、日々話し合いながらギリギリのところで自分たちの言論空間を作っていました。ですので、この賞は本当は郭晶さんや故事FMの皆さんに贈られるべきだと思います。中国にはなかなか彼らの活動を顕彰するようなものがないので、私は彼らの代わりにこの賞をいただいたような気持ちです。

郭晶さんの1つの日記をご紹介したいと思います。李医師が亡くなった次の日に、郭晶さんは武漢に流れている長江沿いに散歩に行ったそうです。封鎖中ですので街にそもそもあまり人がいなくて、一人だけ、長江の管理人みたいな人がいたそうです。郭晶さんはそのおじさんに、「李文亮さんが亡くなったことをご存じですか?」と尋ねると、「そりゃ、知ってますよ」とおじさんが返してくれました。「どう思いますか?」と郭晶さんが聞くと、おじさんは「大したことじゃないんでしょ」と返ってきたそうです。郭晶さんは、「李文亮さんは我々のために警鐘を鳴らしているのに、死んでしまったのが不条理すぎると思いませんか?」と重ねて聞くと、おじさんは「中国ではよくあることでしょ」と言って、郭晶さんはそこで会話を諦めたそうです。彼女はこのやりとりを日記に書いて、ロウソクを灯して李文亮さんを一人で追悼したそうです。この日記を読んだ読者たちが「私もあなたと同じ思いでいます」とコメントを郭晶さんに寄せてくれました。郭晶さんは読者と怒りを共有しながら日記の活動を続けていたようです。

最近、中国というと、香港のことかウイグルのことばかり報道されています。私は、郭晶さんや故事FMのみなさん、そして彼らのことをちゃんと見てくれて聞いてくれる視聴者や民間の人たちにこそ、中国の希望があるんだと思います。

「なぜ日本で中国のドキュメンタリーをやってるの?」とよく聞かれますが、本音を言えば、中国でやるべきです。しかし、現在中国にはそういったメディア環境がありません。だから日本でやるしかない、というのが正直なところです。でも作れば必ず誰かが見てくれます。そして、郭晶さんのような取材相手が、自分の取材を受けることによってすこしでも前へ勇気を感じ取ってくれたら、私も役目を果たせたのかなと思います。

中国の環境はどんどん厳しくなっていますが、自分も安全を考えながらこれからも頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

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