高エネルギー宇宙物理学研究者
片岡 淳(かたおか じゅん)/理工学術院 先進理工学部 応用物理学科 教授
宇宙の深淵を探るロマン
最先端の宇宙物理実験学分野をはじめ、医療、環境分野においてさまざまな実績を残されている早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 応用物理学科の片岡淳教授にお聞きしました。
(取材日:2016年12月21日)
放射線イメージングの可能性
私は、高エネルギー宇宙物理学の研究者です。とくに力を入れて取り組んでいるのは、光の仲間である放射線、なかでもX線やガンマ線の研究になります。可視光はもちろん、Wi-Fi通信などで使用される電波やストーブなどで使われる赤外線と異なり、波長の短いX線やガンマ線がどう利用されるものなのかは一般の方には馴染みがないかもしれません。私はそれを、研究レベルから社会に役立つレベルに広く普及させたいと思い、特にX線とガンマ線のイメージングに強い興味を持って研究しています。
この研究の魅力は、まずX線・ガンマ線のイメージングが非常に幅広いニーズのある技術であるという点です。宇宙分野においては宇宙を“診る”新しい目として、マクロの極限を可視化していく期待が持たれています。さらに、この技術を使えば素粒子現象のようなミクロの世界を探ることもできる。つまり、極小から極大まで、両極端の現象を同時に観察できるわけです。一方では、同じ技術を医療や環境といった分野にまで応用し、社会に役立てることも可能です。このように、幅広い分野を総括的に網羅できる点にやりがいを感じています。
もうひとつ魅力を付け加えるならば、X線・ガンマ線天文学というのは非常に歴史が浅く、これから開拓する余地が非常に多い分野であるという点です。これまで可視光の望遠鏡では観測できなかった天体もガンマ線望遠鏡なら捕らえることができる。すなわち、装置をつくって観測すればそれだけチャンスが広がるというわけです。当然、世界的な競争も激しい分野ですが、とてもロマンを掻き立てられる学問だと思います。
天文少年の夢
私にとって研究と新しい装置開発は、どちらも欠かせない二本柱です。研究者の中には、ともすればデータ解析をするだけ、逆に装置を開発するだけで満足してしまうような人も多いように感じるのですが、私は作った装置を実験室の棚の飾りにしてしまうのではなく多くの方に使ってほしいし、データ解析まで込みで論文や学会に発表して世に問うのも、研究者としての使命であり重要な役目だと思っています。
私はもともと天文少年で、塩ビのパイプで望遠鏡を自作して、毎晩木星のガリレオ衛星を観測しては記録をつけるような子どもでした。思えば、宇宙を探索したい、そのために自分で望遠鏡をつくろう、という夢が、今の研究に対するスタンスにつながっているような気がします。
また、学生時代は物理一辺倒ではなくて、医学の世界にも興味があり、大学受験の際にも、物理系に進学しようか医学系にしようか最後まで迷うくらいでした。結局物理を選んだわけですが、根本のところで医学にも携わってみたいという欲求もあったので、物理屋として医学になにか貢献できないかと考え、それならメディカルで使われている装置を一新できるような次世代装置を開発すればいい、という着眼点が生まれたわけです。そこから自分の研究を医療や他の分野にフィードバックさせていく、という発想が生まれたのだろうと思っています。
それから、情報発信の重要性についても強調しておきたいところです。少し言葉はきついかもしれませんが、私は「自分がやりました」、と国内の学会や研究会でいくら発表したとしても、それだけでは甘いのではないかと思っています。やはり成果として形に残らなければ自己満足で終わってしまいますからね。世界のトップジャーナルで論文化し、国際的に認められないなら何もやってないのと同じ、くらいのつもりで、論文の発表やメディアリリースなどのアウトプットには力を入れ、また装置開発ではできるだけ製品化まで視野にいれた開発をしています。
毒蜘蛛パルサーの発見
私の研究においては、2008年に打ち上げられた科学天文衛星『フェルミガンマ線宇宙望遠鏡(フェルミ衛星)のデータ解析が大きなテーマのひとつです。ガンマ線を放出する天体は、フェルミ衛星の打ち上げ以前には100個くらいしか知られていなかったのが、打ち上げ後に3000個以上も発見されました。そのなかには正体不明の天体もまだ多く、私の研究室では、2009年に新種のガンマ線銀河を発見したのに続き、2012年には『毒蜘蛛パルサー』と呼ばれる新種の中性子星の観測に成功しています。
この際、私たちは、フェルミ衛星によって観測されたガンマ線天体のうちのひとつを、X線天文衛星『すざく』や全国の地上望遠鏡からフォローアップ観測を行うことで、この天体が連星系であることを突き止めました。そしてスペクトル解析により、主星から放射されるX線に、高温の物体から放射される成分が含まれていることを発見したことから、この主星が高温を放ち、高速で回転する『パルサー』であることが判明し、さらにデータを分析することで、伴星や周囲の星を高温で溶かす中性子星、『毒蜘蛛パルサー』であると結論づけたのです。
このような天体は、理論上は存在すると言われていましたが、実際に観測されたことはありませんでした。私たちがそれを発見できた背景には、通り一遍の解析ではなく、もしもそういった天体があるとしたら、どんな放射の仕方をしているか、という作業仮説をあらゆる方向から検討し、そこにアジャストした解析手法を取る、という私たちの研究スタンスがあると思っています。
光半導体増幅検出器
2003年から、浜松ホトニクス社の協力を得ながら、光半導体増幅素子であるAPD(Avalanche Photodiode)やMPPC(Multi-Pixel Photon Counter) を用いた装置開発を進めています。とくに、2016年2月に打ち上げられたASTRO—H衛星『ひとみ』に搭載された硬X線イメージャ(Hard X-ray Imager:HXI)と軟ガンマ線検出器(Soft Gamma-ray Detector: SGD)には、私の研究室が設計・開発したコンパクトで高性能なAPDが60個以上用いられました。
この実績をもとに、いまやいくつもの衛星に私たちが開発したものと同じタイプのAPDが載っており、元気に観測データを送ってくれています。早稲田の鳥居研究室が開発したCALET検出器や、つい先日打ち上げられたエルグ衛星『あらせ』にも、私たちのAPDが搭載されているんですよ。これまでの衛星では到達できなかった感度で新たな天体を見つけ出すような成果を期待していますが、宇宙分野というのはとてもスパンが長く、ひとつの衛星の打ち上げに5年や10年かかるという世界なので、気長に取り組んでいければと思っています。
宇宙から医療・環境へ
X線・ガンマ線天文学はまだ歴史の浅い分野ですが、これまで日本は、世界の中でフラグシップになるような先駆的かつ重要な成果を上げてきました。衛星という限られたリソースのなかに、どれだけ性能の高い検出器を詰め込めて、質の高いデータを得ることができるか。日本のお弁当をみると、密度の高さと質の高さに外国人は驚くそうですが、衛星開発にも通ずる部分があると思います。そういった技術とノウハウにおいて日本は世界のトップレベルにありますし、私もそこに知的な喜びを感じながら研究を続けています
また、私たちが宇宙分野で開発してきた装置は、形を変えて医療分野や環境分野で応用されています。医療用の検査器や放射線のビジュアライズなど、実用に向けた取り組みが実を結びつつあり、この発展性にも注目していただきたいところです。
次回は、宇宙で培った技術を医療分野に応用した研究についてお話しいただきます。
プロフィール
片岡淳(かたおかじゅん)
1995年 東京大学理学部物理学科卒、2000 年 同大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)、2001年より東京工業大学・大学院理工学研究科基礎物理学専攻・助手、2007年より東京工業大学・大学院理工学研究科基礎物理学専攻・助教、2009年より早稲田大学・理工学術院総合研究所 先進理工学研究科 (物理学及応用物理学専攻)・准教授、2014年より現在 早稲田大学・理工学術院総合研究所 先進理工学研究科 (物理学及応用物理学専攻)教授。
片岡研究室WEBサイト
主な研究業績
論文
- Inverse Compton X-ray Emissions from TeV Blazar Mrk421 during a Historical Low-flux State Observed with NuSTAR”(The Astrophysical Journal, 2016, in press)
- Compton cameras for visualization of radioactive isotopes(KOGAKU,The Optical Society in Japan, 2016, in press)
- Global Structure of Isothermal Diffuse X-ray Emission along the Fermi Bubbles(The Astrophysical Journal, 2015, vol.807, p.77 (13 pages))
- Recent progress of MPPC-based scintillation detectors in high precision X-ray and gamma-ray imaging (NIM-A, 2015, vol.784, p.248)
- Suzaku Observations of the Diffuse X-ray Emission across the Fermi Bubbles’ Edges (The Astrophysical Journal, 2013, vol.779, p.57)
- そのほかの論文はこちら
受賞
- 2001年度 宇宙線物理学奨励賞
- 2004年度 日本天文学会研究奨励賞
- 2009年度 米国航空宇宙局NASA・グループ研究賞
- 2012年度 文部科学大臣表彰 (若手科学賞)
- 2013年度 日本天文学会・欧文研究報告論文賞 (共著論文)
- 2014年度 第一回早稲田大学リサーチアワード (国際研究発信力)
- 2016年度早稲田大学「次代の中核研究者」
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