性格で高血圧リスクを予測
―7,300人の調査で判明した性格と高血圧リスクの関係―
ポイント
- 本研究では日本の成人7,321人を4年間追跡した長期的調査を分析し、性格が高血圧リスクを予測する重要因子であることを明らかにしました。
- その結果、「誠実性」の高さが高血圧のリスクを低下させ、「開放性」の高さが逆に高血圧のリスクを高めることが分かりました。
- 将来的には個人の性格を考慮した健康支援が、高血圧をはじめとする生活習慣病の予防管理に役立つ可能性があります。
概要
早稲田大学総合人文科学研究センターのDeng Sixin(トウ シキン)招聘研究員、Universidad Argentina de la Empresa(アルゼンチン)のJuan Ignacio López(フアン・イグナシオ・ロペス)教授、早稲田大学総合人文科学研究センターのJunyi Xue(セツ シュンキ)招聘研究員、早稲田大学文学学術院の小塩 真司(オシオ アツシ)教授は、個人の性格が高血圧リスクを予測する重要因子であることを明らかにしました。
本研究は、2019年のベースライン調査に参加した51,098人の中から4年間継続して調査に参加した日本の成人7,321人の縦断的データを分析し、ビッグファイブ※1性格特性が高血圧リスクを予測する上での役割を検証しました。
その結果、高い誠実性は、高血圧の持続および新規発症リスクの低下と関連し、一方、高い開放性は、高血圧の持続リスクの増加と関連していました。
これらの知見は、高血圧の予防・管理戦略を改善するため、心理的要因と人口統計学的要因の両方を考慮した個別化介入の重要性を示唆しています。
本研究成果は7月24日に国際学術誌BMC Psychology(オンライン版)に公開されました。
キーワード
高血圧、生活習慣病、性格、ビッグファイブ、誠実性、開放性、縦断研究
これまでの研究で分かっていたこと
心血管疾患(CVDs)は世界的な主要死亡原因であり、毎年1,790万人の命を奪っています。日本においても、CVDsは高齢化とがんに次ぐ主要な死因です。高血圧は、世界の成人のおよそ3人に1人が罹患する、CVDsの主要な予防可能リスク因子です。高血圧のリスクは、年齢、肥満、喫煙といった要因のほか、性格特性、社会経済的地位、ストレスなどの心理社会的要因にも影響されます。
性格は、成人期を通じて比較的安定しており、個人の経験や出来事への応答の仕方に大きく影響します。また、生物学的なストレス反応性、情動調整、食事や運動といった行動傾向、環境への選択的暴露など、複数の経路を通じて健康状態に影響を与えます。中でもビッグファイブモデル(誠実性、協調性、外向性、開放性、神経症傾向)は、心理学および健康研究で最も広く検証され、応用されている枠組みの一つです。例えば、神経症傾向は悲しみや不安などのネガティブな情動への傾向、開放性は新しいアイデアや経験への受容性、誠実性は自己抑制的で責任感が強いといった傾向と関連しています。
これまで、性格と心血管疾患との関連は示唆されてきましたが、異なる疾患段階(持続性高血圧と新規発症高血圧)における個々の性格特性の具体的な影響は、まだ十分に区別されていませんでした。
今回の研究で明らかにしたこと
本研究では、NTTデータ経営研究所が管理する「ヒューマン・インフォメーション・データベース」から、2019年から2022年までの縦断データを分析しました。データは毎年8月から9月にかけてオンライン調査で収集しました。対象者は7,321人で、性格特性はTen-Item Personality Inventory-Japanese (TIPI-J) を用いて評価しました。
高血圧の状態は、①ベースライン(2019年)で高血圧でなく2020年から2022年にかけて発症した「新規発症高血圧(incident hypertension)」、および②2019年に高血圧であり2022年まで持続した「持続性高血圧(sustained hypertension)」の2つのカテゴリに分類しました。
階層的多項ロジスティック回帰分析を用い、年齢、性別、婚姻状況、運動習慣、学歴、収入といった人口統計学的および行動的変数を統制した上で、性格特性の予測力を検証しました。人口統計学的変数のみのモデル(モデル1)にビッグファイブ性格特性を追加したモデル(モデル2)は、モデルの適合度が有意に改善し、年齢や性別といった人口統計学的要因の影響を考慮した上で、さらに性格特性の情報を加えることで、予測の精度がより高まることが示されました。
最終モデル(モデル2)の分析結果は以下の通りです。
- 持続性高血圧の有意な予測因子は、年齢(オッズ比※2、以下OR=1.08)、性別(男性、OR=2.51)、収入(OR=1.19)、そして性格特性の誠実性(リスク減少、OR=0.94)と開放性(リスク増加、OR=1.04)でした。
- 新規発症高血圧の有意な予測因子は、年齢(OR=1.04)、性別(男性、OR=2.16)、収入(OR=1.24)、そして性格特性の誠実性(リスク減少、OR=0.93)でした。
研究の波及効果や社会的影響
本研究は、性格特性、特に誠実性と開放性が高血圧のリスク予測において重要であることを強調しています。
誠実性が持続性および新規発症の両方の高血圧に対する保護因子として現れたことは、誠実な個人が健康増進行動(health-promoting behaviors)を取りやすいことを示す過去の研究と一致しています。さらに、効果的な情動調整能力を併せ持つ誠実な個人は、高血圧リスクを効果的に軽減できる可能性があります。
一方で、開放性が持続性高血圧のリスク増加と関連したことは、心血管の健康に対する保護的な役割を示唆した先行研究とは異なる結果でした。この関連は、開放性が持つ複数の側面が、それぞれ異なる影響を持つ可能性を示唆しています。ある研究では、開放性のうち感情的な側面(feelings)はストレスからの血圧回復といった心血管系の健全な適応に寄与する一方、探索的な行動の側面(actions)はストレス下での適応を損なうとされています。また、本研究のデータ収集期間がCOVID-19パンデミックの初期と重なり、高ストレス環境が開放性の保護的効果を損なった可能性も考えられます。
これらの知見は、臨床実践において、性格評価を定期的な医療スクリーニングに組み込むことが、高血圧管理のための個別化された解決策(personalized solutions)を提供する可能性があることを示唆しています。
課題、今後の展望
本研究にはいくつかの限界があります。第一に、性格評価にTen-Item Personality Inventory (TIPI-J) を使用しましたが、これは尺度の短さから内的整合性が低いという問題があります。今後の研究では、より包括的な性格尺度を用いるべきです。
第二に、高血圧の状態とライフスタイル変数は自己申告によるものであり、想起バイアスや社会的望ましさバイアスの影響を受ける可能性があります。
第三に、本研究のサンプルは、当初から同一人物を長期間追跡する計画の縦断研究※3とは異なり、毎年実施される大規模調査に、結果として4年間続けて参加した人々を対象としています。85.7%という非常に高い離脱率と、調査完了者が脱落者よりも有意に年齢が高く、誠実性・協調性が高く、神経症傾向が低いといった系統的な差異があったため、結果の一般化の可能性は著しく制限されます。
研究者のコメント
本研究は、アルゼンチンの共同研究者や、貴重なデータをご提供くださったNTTデータ経営研究所など、国内外の多くの方々のご協力があって初めて形になりました。高血圧をはじめとする生活習慣病の予防は、食事や運動といった行動面に注目が集まりがちで、その背景にある一人ひとりの心理的な特性は、見過ごされやすいのが現状です。本研究が明らかにした、性格という個人の特性が長期的に健康と関わるという事実は、これまでの健康観に新たな視点をもたらす、価値ある発見だと感じています。すぐに何かが変わるわけではありませんが、今回の知見が、将来的により個人に寄り添った健康支援や予防法の開発につながる、意義ある一歩となれば大変嬉しく思います。
用語解説
※1 ビッグファイブ
個人の性格を記述するためのモデルで、誠実性、協調性、外向性、神経症傾向、経験への開放性の5つの主要な次元で構成されます。心理学および健康研究で最も広く検証され、応用されている枠組みの一つです。
※2 オッズ比(OR)
ある事象の起こりやすさ(オッズ)が、ある要因によってどれだけ高まるか、あるいは低まるかを示す統計的な指標です。ORが1より大きい場合は、その要因がリスクを高める「リスク因子」であることを示します。逆に、ORが1より小さい場合は、リスクを低減させる「保護因子」であることを示します。本研究では、この指標を用いて性格特性が高血圧の発症に与える影響の大きさを評価しています。
※3 縦断研究
同じ対象者を長期間にわたって繰り返し調査する研究デザイン。これにより、横断研究では捉えられない経時的な変化や進行を観察し、寄与因子を特定することができます。
論文情報
雑誌名:BMC Psychology
論文名:Predicting hypertension through big five personality traits: a four-year longitudinal study in Japan
執筆者名(所属機関名):Sixin Deng (早稲田大学 総合人文科学研究センター 招聘研究員), Juan Ignacio López (Universidad Argentina de la Empresa), Junyi Xue (早稲田大学 総合人文科学研究センター 招聘研究員), 小塩真司 (早稲田大学 文学学術院教授)
掲載⽇時(⽇本時間): 2025年7月24日
掲載URL:https://link.springer.com/article/10.1186/s40359-025-03130-z
DOI:https://doi.org/10.1186/s40359-025-03130-z