「特集 Feature」 Vol.11-3 世界的な文脈で対話する、国際日本学の未来へ(全6回配信)

日本近代文学研究者
十重田裕一(とえだひろかず)/文学学術院 文化構想学部 教授

占領期の銀座 文学作品検閲の二面性

1第3回は、関東大震災後の復興期からアジア・太平洋戦争後の占領期における銀座という街を題材に、「二面性」をキーワードとして、文学学術院 文化構想学部 十重田裕一教授と東京大学大学院 総合文化研究科 ロバート キャンベル教授にお話を伺いました。

(対談日時:2016年4月25日)

 

キャンベル: 研究活動として銀座を調べるようになって、聞き取り調査という手法を用いるようになりました。実は近世文学では物証第一なところがあり、それまでは文献調査のみを行っていました。しかし、銀座は近代に栄えるようになった街ですから、まだ記憶が残っている方が生きていらっしゃいますので、直接お話しを聞かない手はない、と思いました。この活動で、占領期の銀座の地図における二面性が見えてきたように思います。

一つは日本人同士の間における二面性です。銀座の木挽町付近は花柳街として認識されており、一方の銀座四~七丁目あたりは商業街。聞き取り調査の中で、銀座という地域でありながら、それぞれの地区に住んでいた人々がお互いに相容れない、不可侵の意識を持っていたように感じました。

そして、もう一つの二面性はアメリカ兵の子供と日本人(の子供)との間の線引きです。彼らの共通認識としてわずかに重なるのが尾張町交差点(現在の銀座四丁目交差点)の服部時計店PX(Post Exchange;アメリカ軍用語で、軍隊内で飲食物や日用品等を売る店のこと)です。占領期において服部時計店はGHQ/SCAP(General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers;連合国軍最高司令官総司令部)に接収されてPXの一つになっていました。アメリカ兵とその家族専用の売店で、食べ物も豊富にありましたが、日本の子供たちはその匂いを嗅ぐだけで決して口にすることは叶わなかった、苦い思い出として認識しているのです。

さらに数寄屋橋の西側、帝国ホテルや宝塚劇場も接収されていましたので、日本人の子供たちは立ち入ることがなく、記憶の地図上においてはほぼ空白地帯となっています。

そのような線引きがありながら泰明小学校に通っていた生徒たちは、マッカーサーの古希祝いにカタカナ英語でハッピーバースデーを歌ったという記憶を残しています。余談ながら、このハッピーバースデーの歌もまた、銀座の音の風景と言えるかもしれませんね。

当時の文学作品に見られる言論統制の二面性・二重性についてはどうでしょうか。

十重田: 占領期のアメリカ軍へと言論統制のあり方が変わっても、近過去に行われていた戦前・戦中の帝国日本の検閲が各メディアで意識されることが少なくなかったように見えます。戦前・戦中には内務省の検閲、占領期にはGHQ/SCAPの検閲による、異なる言論統制がありました。

この2つの検閲のあいだには、連続性と非連続性がうかがえます。占領の初期には、GHQ/SCAPが検閲を明示的とならない言論統制を行っていることを十分に理解しないまま対応したことで当局から注意を受けた、非連続性が際立つケースも見受けられました。

内務省の検閲では、出版社が発売禁止処分を回避するべく、規制対象になりそうな箇所に「×××」「ヽヽヽ」「・・・・・・」などの伏せ字を宛てることで自主的規制をしていた時期が長く続きましたが、この場合は検閲が明示的となります。たとえば、第2回の対談で話題に上った永井荷風の『つゆのあとさき』(中央公論社、1931年)にも伏せ字が見られます。

キャンベル: 永井の日記を読むと、『つゆのあとさき』は、1931年の5月に脱稿していますね。10月に雑誌『中央公論』に掲載され、その後、伏せ字の対応を経て、11月に単行本化されています。発表当時は伏せ字がかなりありました。これについては、早稲田大学の中島国彦先生が「永井荷風『つゆのあとさき』の本文と検閲」(鈴木登美、十重田裕一、堀ひかり、宗像和重編『検閲・メディア・文学―江戸から戦後まで』新曜社、2012年)の中でまとめられていらっしゃいますね。

 

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写真:『検閲・メディア・文学―江戸から戦後まで』(鈴木登美、十重田裕一、堀ひかり、宗像和重 編集、新曜社、2012年)。2009年にコロンビア大学で開催されたシンポジウム“Censorship, Media, and Literary Culture in Japan: From Edo to Postwar”および早稲田大学重点領域研究「世界と共創する新しい日本文学・日本文化研究」コロンビア・プロジェクトの研究成果をまとめた一冊。シンポジウム企画時の理念に基づき、日本語と英語による「バイリンガル出版」となっている(出典:新曜社)

 

十重田: 一方のGHQ/SCAPの検閲は検閲方針が明確に示されず、さらに伏せ字での対応が認められなかったため文章自体を変更する必要があり、出版社は発禁処分を回避するために、それまで以上に自己規制する必要がありました。結果として、GHQ/SCAPによる検閲の事実は出版物には残らない=明示されない、という特徴がありました。

『浅草紅団』を書いた川端康成も、「生命の樹」(初出『婦人文庫』鎌倉文庫、1946年)ではGHQ/SCAPの検閲を受けて戦争や占領に関する記述「それは特攻隊の死といふ、特別の死であつた。」や「一里四方ほどの土地、壱萬か二萬の人々が、その死を中心に動いてゐた、死であつた。その時は、国の運命もその死にかかつてゐたかのやうな、死であつた。」という2箇所を削除しています。

キャンベル: 第2回でご紹介した井上友一郎の作品でも、占領期を時代背景としているにも拘わらず、占領軍は全く登場しませんね。これもGHQ/SCAPの検閲の影響でしょうか。

十重田: 少なからず、配慮はあったと思います。また、GHQ/SCAPが検閲の対象としたのは、出版物だけではありません。新聞・雑誌・書物・放送・映画などのマス・メディアだけでなく、郵便・電話・電信などの個人のメッセージをやりとりするメディアに至るまで規制していました。

 

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写真:『占領期雑誌資料大系』(山本武利 編集代表、川崎賢子、十重田裕一、宗像和重 編集、岩波書店、2010年)様々な文学ジャンルについて、占領期の検閲についてまとめた本(出典:岩波書店)

 

キャンベル: GHQ/SCAPが占領の事実を見えなくするようにコントロールしていたということは、当時撮影された写真からも窺うことができます。戦前から活躍した写真家の木村伊兵衛が占領期に撮影した銀座の写真には、占領軍の姿はありません。たとえば1946年の写真で、当時PXだった服部時計店ではなく、その向かい側に建つ三越を写しており、休業して下ろされていたシャッターに貼られた、戦後初の選挙ポスターを見る日本人の姿だけを見ることができます。PXに出入りする米国兵やその家族が写り込むことを避けたのかもしれませんね。

 

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写真:各々が持ち寄った占領期の銀座を写した写真集を近づけて、写した場所や方角、年月などを確認し合うキャンベル先生と十重田先生

 

次回は、キャンベル先生とのご対談最終回です。日本文学研究の世界的な拡がりと展望についてお話しいただきます。

 

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プロフィール

プロ1ロバート キャンベル(Robert Campbell)
ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業、ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了。文学博士。1985年に九州大学文学部研究生として来日後、同学部専任講師、国立・国文学研究資料館助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授を経て、2007年から同教授。専門は江戸から明治時代の日本文学。著書に『ロバート キャンベルの小説家神髄―現代作家6人との対話』(NHK出版、2012年)(NHK出版)、『Jブンガク―英語で出会い、日本語を味わう名作50―』(東京大学出版、2010年)、『漢文小説集』(岩波書店、2005年)、『読むことの力―東大駒場連続講義』(講談社、2004年)、『海外見聞集』(共著、岩波書店、2009年)などがある。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組出演など、その深い造詣を活かしてさまざまなメディアで活躍。

 

プロ2十重田 裕一(とえだ ひろかず)
1964年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部(当時)卒業後、同大学院文学研究科日本文学専攻に進学。博士(文学)。大妻女子大学専任講師、早稲田大学助教授を経て2003年から同教授。2015年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)客員教授、2015・2016年コロンビア大学客員研究員を務める等、海外との連携も精力的に行う。UCLAにて国際シンポジウム「READING PLACE IN EDO & TOKYO」開催等。1994年窪田空穂賞受賞。専門は日本近代文学(新感覚派を中心とするモダニズム文学、日本近代文学とメディア、占領期検閲と文学との相互関連性など)。著書に『岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ』(ミネルヴァ書房、2013年)、『<名作>はつくられる 川端康成とその作品』(NHK出版、2009年)、『検閲・メディア・文学 江戸から戦後まで』(共編著、新曜社、2012年)、『占領期雑誌資料大系 文学編 第1~5巻』(共編著、岩波書店、2009~10年)、『The Cambridge History of Japanese Literature』(分担執筆、Cambridge University Press、2015年)など、解説に横光利一『旅愁 上』(岩波書店、2016年)がある。

 

対談場所

森岡書店銀座店
本対談は、銀座一丁目に建つ鈴木ビル1階の森岡書店銀座店で行われました。「1冊の本を売る書店」をコンセプトに、1週間に1種類の本だけを置き、趣向を凝らした展示を行うという独特のスタイルで営業しており、海外の方も多く来店されます。

プロ3統合

写真:(左)銀座一丁目に建つ森岡書店銀座店の概観、(右)左よりロバート キャンベル先生、十重田裕一先生、森岡書店店長の森岡督行氏

 

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