いつの間にか自己否定
─意図しない考え事が不安や抑うつにつながる仕組み─
ポイント
- 何かしている時に他のことを考えてしまうマインドワンダリング※1が、反すう※2(後悔)や心配※3(取り越し苦労)などのぐるぐる思考につながり、不安※4や抑うつ※5を強めてしまう仕組みを明らかにしました。
- マインドワンダリングにはいつの間にか考えている非意図的なものと、自分から考える意図的なものがあり、また考える内容にもポジティブ・ネガティブ、過去・未来、具体的・曖昧の区別があります。
- 今回の研究で、非意図的に他のことを考えることや、さらにネガティブ、曖昧、未来に関わる内容について考えることが、反すうや心配を増やして、不安や抑うつを強めることが明らかになりました。
- メンタルヘルスを改善するためには、早めに反すうや心配などのぐるぐる思考に気づいて切り上げるようにすること、意図的なマインドワンダリングを増やすことが役に立つ可能性があります。
概要
何かしている時に他のことを考えることをマインドワンダリングといいますが、いつの間にか随分とネガティブになって、自分が嫌になってしまうという経験は誰でもあると思います。その反面、優れた研究者や芸術家は色々と想像を巡らす力が強いことも知られているので、気を逸らして考え事をすることの良し悪しが何によって決まるのかはよく分かっていませんでした。
早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程の管 思清(かん しせい)氏、人間科学学術院の熊野 宏昭(くまの ひろあき)教授、日本学術振興会の高橋 徹(たかはし とおる)特別研究員、実践女子大学人間社会学部の富田 望(とみた のぞみ)准教授らの研究グループは、単純な実験課題中に他のことを考える時の意図の有無と内容の特徴が、日頃の不安や抑うつにどう影響するかを検証しました。その結果、非意図的に考え事をすることや、さらにネガティブ、曖昧、未来に関わる内容について考えることが、反すう(後悔)や心配(取り越し苦労)といったぐるぐる思考を増やし、不安や抑うつを強めることが明らかになりました。
本研究成果は2025年7月1日に「Scientific Reports」にオンライン版で公開されました。
図1:マインドワンダリングが、ぐるぐる思考を引き起こし、不安や抑うつを強める。
キーワード
マインドワンダリング、意図、内容、反すう、心配、不安、抑うつ
これまでの研究で分かっていたこと
従来の研究では、何かしている時に他のことを考えてしまうマインドワンダリングは、注意力や生産性を低下させるだけでなく、不安や抑うつなどの精神的健康にネガティブな影響を及ぼすことが指摘されてきました。しかし、マインドワンダリングは創造性の高さとも関連があることが示されてきたので、その良し悪しが何によって決まるのかはよく分かっていませんでした。マインドワンダリングは非意図的なものと意図的なものに区別され、その内容もポジティブ・ネガティブ、過去・未来、具体的・曖昧に区別されてきており、その「意図」と「内容」の各次元が、結果の良し悪しと関わっている可能性がありますが、その詳細についても明らかにされていません。また、マインドワンダリングと一部重なる面を持つ自己言及的で持続的な感情制御のスタイルとして、反すうと心配があります。反すうは後悔のように過去の出来事や感情にとらわれる傾向があり、抑うつとの関連が深く、心配は取り越し苦労のように苦痛を伴う将来の出来事に対して過度に備えようとする認知的回避行動であり、不安との関連が深いとされていますが、マインドワンダリングの結果の良し悪しとどう関わるかは不明でした。
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、マインドワンダリングがどのような場合に不安や抑うつの悪化につながるのかについて、一つはマインドワンダリングの「意図」と「内容」の各次元の影響について、もう一つは、反すうと心配との関わりについてという2つの点から明らかにすることを目的としました。そのために、マインドワンダリング→反すうや心配→不安や抑うつ、といった連鎖的な因果関係を推定する「チェーン媒介モデル(chain mediation model)」を用いた解析を実施しました。
調査は健康な大学生を対象に行い、最初に日頃の反すう、心配、不安、抑うつそれぞれの程度を尋ねる質問紙に回答してもらいました。その後、PCを用いた持続的注意課題を行ってもらいましたが、その課題は、図2に示したように、1から9までの数字が順番に画面上に示される際に、3以外の時はスペースバーを押し、3の時はバーを押さずに見送るというとても単純なもので、確実にマインドワンダリングが引き起こされるようになっています。この試行を900回行う間に、ある程度ランダムな間隔で20回の質問(思考プローブ※6)を繰り返すことで、その時に、マインドワンダリングをしているかどうかを確認し、していた場合、それが意図的であったかどうか、内容の各次元(ポジティブ・ネガティブ、過去・未来、具体的・曖昧)でどちらに当てはまるかを答えてもらうようにしました。そして、チェーン媒介モデルによる解析を実施した結果、非意図的なマインドワンダリングで、特にネガティブな内容、未来志向の内容、曖昧な内容のいずれかを伴うものが、反すう、心配の順でその頻度を増やし、結果的に不安や抑うつを悪化させることが明らかになりました。また、内容がネガティブな場合には、マインドワンダリングが直接的に心配を増やす影響を持つことも示されました。ただいずれにしても、反すうが直接的に不安や抑うつを悪化させることがなかったことから、過去の後悔だけでなく将来の心配もし続けることの問題も示唆されました。その一方で、意図的なマインドワンダリングについては不安や抑うつ、反すうとの関連は確認されず、一部では心配を抑制する関係が示されました。
図2:持続的注意課題。画面に3が出た時のみバー押しを見送る。
これらの結果から、非意図的で制御困難なマインドワンダリングをしやすい傾向が、反復的で自己言及的な認知スタイル(反すうと心配)を強化し、精神的苦痛を増幅させるという前後関係が存在することが明らかとなりました。そして、メンタルヘルスの改善のためには、マインドワンダリングの「意図」や「内容」の次元に注目する必要があること、反すうや心配をしていることに気づいたらそれを減らすようにすることの重要性が示唆されました。
研究の波及効果や社会的影響
本研究では、日常的に誰でも経験する、何かしている時に他のことを考えてしまうマインドワンダリングが、反すう(後悔)や心配(取り越し苦労)などのぐるぐる思考につながり、不安や抑うつを強めてしまう仕組みを明らかにしました。そして、マインドワンダリングせざるを得ないような状況では、早めに反すうや心配などのぐるぐる思考に気づいて切り上げるようにすることや意図的なマインドワンダリングを増やすことが、メンタルヘルスや生産性の向上に役に立つ可能性があることが示唆されたことは、社会的に大きな波及効果を持つと考えられます。さらに学術的には、ぼんやりすること、マインドフルになる(目の前の現実に気づく)ことなどの効用を科学的に検討する方法論の一つとして、今後の研究の進展につながると考えております。
課題、今後の展望
本研究は、実験課題中のマインドワンダリングと、日頃の生活でのマインドワンダリングの特徴が一致するだろうという前提に立って、反すう、心配、不安、抑うつを測定する質問紙との関連を見たものであり、時間的な前後関係がはっきりしないため、因果関係について断定することはできません。そのため、今後は実験課題中に経験するマインドワンダリングと、その前後に生じる気分の変化との関係を見ることによって、お互いの因果関係を明らかにする必要があります。また、そこで生じる様々な特徴を持ったマインドワンダリング同士の関係性を明らかにすることによって、マインドワンダリング自体がどのように生じてくるか(例えば、非意図的マインドワンダリングと意図的マインドワンダリングの相互関係など)についても明らかにできるものと考えています。
研究者のコメント
今回の研究は、日常的に誰でも経験するマインドワンダリングが精神的健康に及ぼす影響を詳細に解明することができました。その結果、マインドワンダリングを単なる注意の散漫ではなく、心理的問題への介入ポイントとしてとらえることが可能になったと考えています。今後はさらに研究を進めて、時々刻々と変化するマインドワンダリング自体のダイナミクスや、それと様々な感情状態との間に存在する因果関係を明らかにし、抑うつや不安症状の予防や改善を目指した効果的かつ具体的な心理支援プログラムの開発につなげられるよう取り組んでまいります。
用語解説
※1 マインドワンダリング(Mind wandering)
課題から注意が逸れて無関係な思考に没頭する現象。意図的または非意図的に生じる。
※2 反すう(Rumination)
過去の否定な出来事を繰り返して考えてしまうくせ。その感情にとらわれたり、意味づけしようとする試みを伴う感情制御の戦略。
※3 心配(Worry)
将来の否定的な出来事を繰り返して考えてしまうくせ。将来起こるかもしれないリスクな出来事に備えるために行われる、予測的・回避的な感情制御の戦略である。
※4 不安(Anxiety)
将来の出来事や不確実性に対する過剰な心配や緊張を特徴とする感情状態。必要な準備という面もあるが、実際には心と体に大きな負荷をかけることが多く、動悸、発汗、回避行動などを伴い日常生活に支障をきたすことがある。
※5 抑うつ(Depression)
持続的な気分の落ち込みや、これまで楽しかったことへの興味や喜びの喪失を特徴とする感情状態。倦怠感や意欲の低下、自己評価の低さが見られ、思考や行動にも広く影響を及ぼす。反応の遅さや集中力の低下などを伴い、日常生活に支障をきたすことがある。
※6思考プローブ(Thought Probe)
実験課題中に被験者へ繰り返し質問(プローブ)を行い、その時点での思考内容や体験を時間の経過に沿って明らかにする方法。
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
論文名:The chain mediation effect of rumination and worry between the intentionality and content dimensions of mind wandering and internalizing symptoms of depression and anxiety
執筆者名(所属機関名):Siqing Guan*(Waseda University), Toru Takahashi(Japan Society for the Promotion of Science), Nozomi Tomita(Jissen Women’s University), Hiroaki Kumano(Waseda University) *責任著者
掲載日時(現地時間):2025年7月1日(火)
DOI:10.1038/s41598-025-99249-5
掲載URL: https://www.nature.com/articles/s41598-025-99249-5
研究助成
研究費名:日本学術振興会特別研究員奨励費DC1(Grant-in- Aid for JSPS Fellows in Japan)
研究課題名:メンタルヘルス不調のリスク要因としてのマインドワンダリングの解明と介入法の開発(Mind wandering as a transdiagnostic predictor of depression and anxiety symptoms)
研究代表者名(所属機関名):管思清(早稲田大学)