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「特集 Feature」 Vol.11-6 世界的な文脈で対話する、国際日本学の未来へ(全6回配信)

日本近代文学研究者
十重田裕一(とえだひろかず)/文学学術院 文化構想学部 教授

日本文学は世界の文化へ

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シリーズ最終回となる第6回は、日本文学を中心とした教育の在り方、日米の大学教育の違いについて、引き続き、文学学術院 文化構想学部 十重田裕一教授とUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)アジア言語文化学部のマイケル エメリック上級准教授にお話を伺います。

 

――お二人が教鞭をとられる日本とアメリカの大学では、教育の方法に大きな違いがあります。アメリカは「リベラルアーツ」を重視する一方、日本では学部の早い時期から専門性を高めることが求められがちです。そうした違いは、日本の研究者とアメリカの研究者の考え方やスタンスにどのような違いを生み出しているのか。その点についてお聞かせください。

十重田: 教育のあり方が違うことによる研究者のスタンスの差異は、やはりあるのではないでしょうか。たとえば、エメリック先生はプリンストン大学で学びましたが、その学部では日本文学を専門に勉強していたわけではありません。リベラルアーツの勉強を中心にして、そこから日本語、また日本文学の勉強へと進みました。そして彼は学部の卒業プロジェクトとして、川端康成の『富士の初雪』を First Snow on Fuji と題して翻訳、出版しました。これは素晴らしいことで、エメリック先生の例を見ると、リベラルアーツの勉強をしながらも専門的な研究分野を究めていくことができることがわかります。そして先生は、リベラルアーツの勉強をしたからこそ、これだけ幅広く様々なことに関心を持つ、守備範囲の広い研究者になり得たのだろうと感じます。

エメリック: 私の場合、ある程度幅広い分野を研究していることには、アメリカの日本文学研究者がそれほど多くないことも関係していると思います。たとえばUCLAでは、英米文学専攻の学生が約900人在籍していると思われますが、日本語や日本文学を学ぶ日本学専攻は80人程度のようです。そのようにアメリカでは、どこの大学でも日本文学を専門とする先生は数人程度、場合によっては自分だけということが起こります。そのため、日本文学だけでなく、東アジアの文学も教えてくださいと言われるなど、幅広く対応せざるを得なくなるのです。

十重田: UCLAで講義する機会を頂いた際、こちらが発言すると、学生たちからすぐさま多くの意見や質問がでたことに驚きました。日本の学生との反応が大きく違うので、その理由を考えましたが、おそらく知識を得たときの考え方が違うのでしょう。日本は知識を蓄積していくことが重視される「貯蓄型」なのに対して、アメリカは次の知識を得るために、今得た知識をどう使うかが重視される「運用型」なのではないかと思います。

日本の学生たちは、授業で知識を得ても、もっと知識を貯めてから発言しないといけないと考える。一方でアメリカの場合は、1の知識を得たらそれを使って10倍にしようとする。私の授業での発言に対してすぐに意見や考えを述べることができる理由は、そこにあるのかもしれません。

――日本では、独学で作品を書き、文学賞を受賞して作家になるというのが一般的ですが、アメリカでは、クリエイティブライティングのコースが大学に多くあり、そこで学んで作家になることが多いと聞きます。

十重田: 早稲田大学には文芸の歴史があって、私が所属する職場にも芥川賞作家の堀江敏幸(早稲田大学文学学術院教授)先生がいらっしゃいます。堀江先生は、ご自身のセミナーでは創作を実践的に教えていらっしゃって、2013年に直木賞を受賞した朝井リョウさんも堀江先生に学んでいます。この点で、早稲田大学の場合、作家を育成するクリエイティブライティングのコースがあるといえます。ただ、日本において、そうした教育の場は多くはないですね。

エメリック: 必ずしもクリエイティブライティングのコースで学ぶ人たちが皆作家になるわけではありませんが、そのコースから、MFA(Master of Fine Arts)という修士号を取得して小説家になるというのが、一つの常道になっています。自分で書いていきなり文学賞を受賞するという日本的なスタイルの人もいないわけではありませんが、全体から考えるとやはり珍しいです。ゆえに、作家になる方法のみならず、創作方法においても方向性が決まっているという側面が見えてきます。つまり、どこで学び、どういうものを書けば、どこに載せてもらえる、という共通理解ができてしまうと言えるかもしれません。

一方、日本の文学界にはアメリカ型の「共通理解」がないため、大変な意外性と魅力を持った作品が文芸誌に突然現れる、という事態が時折生じます。

このように日米で文学の在り方は全く異なります。どちらがいいということはありません。個人的には、日本の文芸誌が、たとえば中原昌也のようなかなり稀有な作家を登場させる土台を作ってくれているというのはとてもいいことだと思います。

十重田: アメリカの場合、大学でクリエイティブライティングがきちんとコースとして機能しているように、他の分野でも、大学で学んだだけで、既にある程度仕事ができるレベルにまで、実践的なトレーニングを積めます。一方、日本ではどの分野も、職場でトレーニングを受けるのが前提になっています。作家の場合も同様かもしれません。日本では、編集者の方々に指導を受けながら作家になるといえます。しかし、日本もいずれは、それを大学で対応していくことになるのかもしれません。

――アメリカの大学は、実践的な学問とリベラルアーツのようなものを、とてもバランスよく維持しているように見えます。

エメリック: いいえ、「バランス」ではないと思います。バランスというと、例えば、実践的な理科系の学問とヒューマニティーズ、つまり人文系という二つの「異なるもの」を学ぶということだと思うのですが、そういうことではありません。

たとえば、アップルのスティーブ・ジョブズの感性とは、まさにヒューマニティーズです。科学ではない。美しいものを作りたいという思いがあり、それをサイエンスのノウハウを使って実現するということです。そこで核となっているのは、技術ではなく、彼自身の美意識のようなものなのです。

おそらくどの分野でも、成功しているビジネスマンは皆、そのようなヒューマニティーズのセンスを持っていると思います。ヒューマニティーズとは、物事の本質を見極める力を育てるものです。メールや新聞など、何かを読む時、書かれていることの裏にあるものを見抜く力、あるいは仕事の場における顧客との対話の中で、相手の真意に気づく直感を育てるのがヒューマニティーズなのです。

サイエンスとヒューマニティーズは、交わらない別々のものではありません。サイエンスの中にもヒューマニティーズがあり、ヒューマニティーズの中にもサイエンスがある。そういう関係を意識しながら、両方を同時に学んでいくことが大切なのではないかと思います。

 

2統合

写真:サイエンスとヒューマニティーズの融合を実践した無料スマートフォンアプリ「変体仮名あぷり・The Hentaigana App」。エメリック准教授が発案、十重田教授をはじめとする日本文学研究者や海外のプログラマーが参画し、早大・UCLAで共同開発、2015年10月29日にAndroid版、11月4日にiOS版をリリースした

 

――まさにそれこそが、アメリカの大学のリベラルアーツ教育そのものなのですね。早稲田大学は、多くの良質な研究者を育てていきたいと考えています。そこで最後にお二人から、これから研究を志す人たちへのメッセージをお願いします。

エメリック: 早稲田大学の優れた先生方は、積極的に海外に出ていらっしゃいます。十重田先生も日本文学研究者としてニューヨークやパリへと飛び回っていらっしゃり、日本文学が日本だけのものでないことを、身をもって示されています。また、早稲田大学ほど積極的に、コロンビア大学やUCLAといった海外の大学と密接に協力し、様々な試みに取り組んでいる大学はないと思います。皆さんも是非、こうした刺激的な環境で大いに学び、世界という舞台へ飛び出していただけたらと思います。

十重田: 私は10年前から頻繁に海外でも教育研究活動を行うようになりましたが、それ以来、エメリック先生をはじめとして、世界の素晴らしい研究者の方たちと出会う機会を得てきました。日本文学を学ぼうという日本の学生にとっては、これからは日本国内だけでなく、世界の研究者と共に研究をするという意識が大切になるでしょう。今や日本文学は日本だけのものではなく、世界の文化となっているからです。

また、早稲田大学に学ぶことの強みは、世界的な研究水準を視野に入れつつ、第一線で活躍する研究者に出会えて、かつ自分もそうした視座に立てることだと思います。そういう環境で是非、意欲ある多くの方々に日本文学の研究を進めていただけたら嬉しいです。

 

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プロフィール

プロ1改マイケル エメリック(Michael Emmerich)
1975年ニューヨーク生まれ。コロンビア大学で博士号(東アジア言語と文化)を取得後、プリンストン大学のSociety of fellowsを経て、2013年からカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アジア言語文化学部 上級准教授。『源氏物語』から現代文学まで幅広い研究活動を行う日本文学研究者でありながら、近現代文学の井上靖、高橋源一郎、よしもとばなな等の翻訳を手掛けるなど翻訳家としても活躍中。川上弘美「真鶴」の翻訳で2010年度日米友好基金文学翻訳賞受賞。2013年、古川日出男「ベルカ、吠えないのか?」の翻訳でSF&ファンタジー英訳作品賞最終候補。第25回早稲田文学新人賞選考委員。また「柳井正イニシアティブ グローバル・ジャパン・ヒューマニティーズ・プロジェクト(本学校友の柳井正氏(株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)の個人のご寄付により、日本文化学のグローバル化に取り組むプロジェクト)」の発起人で、2015年秋に「変体仮名あぷり・The Hentaigana App」をリリースした。

 

プロ2十重田 裕一(とえだ ひろかず)
1964年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部(当時)卒業後、同大学院文学研究科日本文学専攻に進学。博士(文学)。大妻女子大学専任講師、早稲田大学助教授を経て2003年から同教授。2015年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)客員教授、2015・2016年コロンビア大学客員研究員を務める等、海外との連携も精力的に行う。UCLAにて国際シンポジウム「READING PLACE IN EDO & TOKYO」開催等。1994年窪田空穂賞受賞。専門は日本近代文学(新感覚派を中心とするモダニズム文学、日本近代文学とメディア、占領期検閲と文学との相互関連性など)。著書に『岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ』(ミネルヴァ書房、2013年)、『<名作>はつくられる 川端康成とその作品』(NHK出版、2009年)、『検閲・メディア・文学 江戸から戦後まで』(共編著、新曜社、2012年)、『占領期雑誌資料大系 文学編 第1~5巻』(共編著、岩波書店、2009~10年)、『The Cambridge History of Japanese Literature』(分担執筆、Cambridge University Press、2015年)など、解説に横光利一『旅愁 上』(岩波書店、2016年)がある。

 

対談場所

プロ3早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称エンパク)
早稲田大学坪内博士記念演劇博物館は、1928年10月に設立されました。坪内逍遙は開館式で「よき演劇をつくり出すには、内外古今の劇に関する資料を蒐集し、整理し、これを比較研究することによって基礎をつくる必要がある」と述べた、と伝えられています。その志を受け継ぎ、今日に至るまで古今東西の貴重な資料を収集・保管・展示し、収蔵品は百万点を超え、アジアで唯一の、そして世界でも有数の演劇専門博物館として、演劇関係者、愛好家、研究者に愛され、支えられてきました。

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