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【図書館ボランティアスタッフLIVS 地下書庫探検隊!】第12回 図書館の知られざるあれこれ

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はじめまして! LIVS・BBN班のジャン ヨンゴンです。

大学での学習に不可欠な場所とは?

大学生活での学習に欠かせない場所、いつも混んでいるのに試験期間になるとさらに混み合う場所、「大学の心臓」とも呼ばれ、これがないともはや大学とは呼べない!・・・そんな場所。

さて、正解は?

はい!大学図書館です。今私がこうして記事を書いている間にも、図書館ではたくさんの教員や学生が本を読んだり、パソコンで何らかの作業を行ったりしています。

この記事を読んでいる皆さんは、早稲田大学の図書館についてどれほどご存知でしょうか。もしかしたら、「早稲田大学には規模の大きな図書館がある」「どうやら貴重な資料が置いてあるらしい」・・・くらいの認識ではないでしょうか。

そこで今回は、より深く皆さんに早稲田大学図書館について知ってもらうため、図書館に関する資料を紐解いて明らかになった「3つの事実」をご紹介したいと思います!

1 図書館は、最初は図書「館」ではなかった?!

2016年に早稲田大学中央図書館は開館25周年を迎えました。しかし「早稲田大学図書館」としては大学の創立以来、135年にもわたる長い歴史を持っています。現在中央図書館が所蔵している蔵書は約270万冊。中央図書館以外のキャンパス図書館や学生読書室まで合わせると、500万冊を優に超える蔵書量を誇ります。が、どうやら大学が創設されたばかりの頃、図書館開館当初はその蔵書量は非常に少なかったそうです。図書館に所蔵されている『早稲田大学図書館史』には、図書館が開館したころの状況が詳しく記録されています。その中でも、私が一番驚いたことは、創立当時の図書館は図書「館」ではなかった・・・ということです!それは一体どういうことでしょう。

早稲田大学図書館史3ページの記述によると、早稲田大学の前身である東京専門学校が開校したばかりの頃、図書館は今のように独立したひとつの建物ではありませんでした。東京専門学校自体が、大隈重信の寄付によって木造2階建の3棟の校舎のみで開校し、うち2つは寄宿舎、講義棟は1棟のみという状況でした。この講義棟の中の1室が図書「室」として開設されたというわけです。したがって蔵書数も少なく、そのほとんどが大隈さんや当時の校長、教職員たちの寄付・寄託によって集められたものでした。高さ1間半(約270cm)の書架2個に納まる程度であったということですから、当時の図書室の規模が今とは比べ物にならなかったことが推測できます。

ちなみにこの図書室が開設された講義棟の写真は、次の早稲田ウィークリーのホームページでも見ることができます。

早稲田に歴史あり 特別編  東京専門学校開校式 ―第1回目の入学式(『早稲田ウィークリー』1270号 2012年4月1日掲載より)

こちらのページの一番右下にある写真に写っている建物が、講義棟です。

さらに『早稲田大学図書館史』によりますと、この開室当初に蔵書として運び込まれた大隈家蔵書は、後に寄贈されて今の図書館にも引き継がれており、当時のものには「大隈蔵書」の押印がみられるんだそうです(『早稲田大学図書館史』3ページ)。大隈さん自身が手に取って実際に読んでいた蔵書が、図書館にはあるんですね!ぜひ、見てみたいものです。

この後1889年(明治22年)5月に、大隈さんの寄付によって新たに大講堂が建築されました。その1階に4万冊が収容できる書庫と50席の閲覧室が設けられ、講義棟からそちらに図書室が移転することになりました(『早稲田大学図書館史』4ページ)。

2 早稲田大学の初代図書館長は3人いた?!

上述したように、東京専門学校開校当初の図書館は図書室でした。この図書室が、後年になって図書館と改称されるわけなので、本来なら「初代図書室長」「初代図書館長」の2人が存在するはずです。しかし、『早稲田大学図書館史』を調べたところ、早稲田大学の初代図書館長は厳密には3人いたことがわかりました。これはどういうことでしょう。ヒントは先ほどから何度もその名が挙がっている東京専門学校です!

すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は図書室が図書館と改称されたのは東京専門学校時代だったのです。つまり、「初代図書室長」と「初代早稲田大学図書館長」の間に、「初代東京専門学校図書館長」が存在していたのです!

具体的には・・・、

  1. まず1887年(明治20年)9月に「初代図書室長」として今井鉄太郎が就任(『早稲田大学図書館史』4ページ)
  2. 次いで1900年(明治33年)3月に図書室が「東京専門学校図書館」と改称し、初代館長として浮田和民が任命(『早稲田大学図書館史』6ページ)
  3. そしてその2年後の1902年(明治35年)10月に、いよいよ早稲田大学が開校。同時に独立した建物として新図書館が竣工、名称も「早稲田大学図書館」と改められ、その初代館長として市島謙吉が就任(『早稲田大学図書館史』7-8ページ)

・・・というわけです。ちなみにまだ東京専門学校図書館だった頃、明治35年6月末の図書館蔵書数は、『早稲田大学図書館史』の記述によると以下の通り。

明治35年6月末現在、蔵書総数26,258冊(うち同攻会図書4,123冊。内訳――和漢書17,514冊、洋書8,744冊)。別に寄託図書約10,000冊(坪内逍遙・小川為次郎・市島謙吉他)があった。(『早稲田大学図書館史』7ページ)

洋書の数も多いことに少し驚きました。やはり最新の学問を学ぶには洋書の原著が中心であったことが推測されます。そういえば地下書庫を歩くと、時折古い年月の流れが感じられる洋書に出会えることがありますが、もしかするとその時代の書物かもしれないです。

ちなみにその後、1925年(大正14年)10月24日に新図書館(今の2号館・高田早苗記念研究図書館)が開館しました。こちらはその後1934年と1955年の増築も経て、今に至るまで長く利用されています。1991年には現在の中央図書館が開館して主要な蔵書はこちらに移り、そして2016年に中央図書館開館25周年を迎えたというわけです。

3 早稲田大学図書館は運がよい?!

東京に古くから存在する大学図書館は、2つの大きな災難に見舞われています。それは1923年(大正12年)の関東大震災と、1945年(昭和20年)の東京大空襲です。多くの大学や図書館が当時被災し、莫大な被害を受けました。特に関東大震災当時の惨状については、早稲田大学百年史. 第3巻に詳細に記されています。

大地震は多数の文化・教育施設を、機多の文化財・図書文献とともに焼亡した。大学関係の被害を見ると、官立では東京商科大学、東京女子大学師範大学、東京高等学校、東京外国語学校が全焼した。東京帝国大学も医学部と正門、赤門を含む外廊が残っただけで、他は焼けた。私立の大学・専門学校では、明治、中央、日本、東京慈恵会医科、専修などの各大学、それに東京女子大学、明治薬学(中略)などが全焼した。(『早稲田大学百年史. 第3巻』199ページ)

その他にも、当時の火災で失われた貴重な古書についての記録も残されており、学術的にどれだけ甚大な損害を東京に所在する大学が被ったのか、見当がつきません・・・。

しかし、そのような阿鼻叫喚の中にも、早稲田大学は比較的被害が少なかっただけでなく、図書館が全くの無疵で残り、図書館内の貴重書類を含んだ蔵書も無事であったそうです。『早稲田大学百年史』によると、当時の高田早苗総長が早稲田学報に掲載した学生に対する訓告で、幸運にも被害を受けることなく無事に残った早稲田大学図書館に対して、自負の念を込めて次のように語ったと記録されています。

此図書館の中にある数十万の書物、是は帝国大学の図書館が全滅した今日に於きましては学校の持つ図書館では確に東京第一の内容であります(『早稲田学報』大正12年11月発行 第345号 4ページ)

この出典となっている『早稲田学報』345号を実際に図書館で確認してみたところ、上の言葉の他にも、被災直後の火事の様子について、高田総長が次のように語った言葉も記載されていました。

職員の人々一生懸命に鎮火の薦めに努力して居りますけれども、如何にせん水道は一滴の水も出さず、ポンプは仲々間に合はぬと云ふ訳で、唯手を束ねて焼けるを見るより外に手段はない。(中略)火事は次第に盛んになる、之はどうしても全焼すべき運命であるなと私は其当時覚悟をしたのであります。(『早稲田学報』大正12年11月発行 第345号 2ページ)

被災時の状況がどれだけ絶望的であったかが切々と伝わってきます・・・。そんな中、よく図書館は無事に残ったものです。また、次の高田総長の言葉も印象的です。

帝国大学も非常な損害を受けたに相違ない それと較べると我早稲田大学又慶應義塾の如きは余程幸運であつたに相違ないが、仮りに焼けたらどうかと言ひますると、帝国大学の如き国家の力を以て造る学校はどのやうにでも復興することが出来る。(中略)早稲田学園が焼けたとなりますると何人が之を再興しまするか、此学校は四十年の経営、苦心惨憺の結果で出来たものである。(中略)所が是が灰燼に帰した時には何れに訴へて此復興事業を為すことが出来るか、斯う考へて見ると私如き者では到底之を如何にするかと云ふ法案は立たない。(『早稲田学報』大正12年11月発行 第345号 2ページ)

国立と違って私立の早稲田はとても再興はできないかもしれない、と述べています。もし被災していたらと思うとぞっとする言葉ですね・・・。やはり早稲田大学は運が良かったのでしょう。ともかく大きな被害を免れた図書館は、同年11月には罹災した他大学に早稲田大学図書館の利用を高田総長名で呼び掛け、数多くの研究書を失い窮地にあった他大学の研究者に対し、土日に限定しつつも図書館を開放するなどの貢献を果たしたそうです(『早稲田大学図書館史』35ページ)。また震災を契機に、私人として所有するよりも学生への利用に供しつつ保存を図ろうという教訓となって、坪内逍遙をはじめ各方面より新たに多数の図書の寄贈を受けることになりました(『早稲田大学図書館史』37ページ)。

次に、戦争中の東京大空襲です。こちらも、早稲田大学が空襲の被害を受けた際は幸運にも図書館や貴重書をはじめとした図書館の蔵書に対する被害はほとんどなかったそうです。『早稲田大学図書館史』には、1945年の5月26日の空襲で大学に焼夷弾が数十発落下、大学周辺で火災が発生し学内のさまざまな建物、恩賜館全焼、演劇博物館の上部が延焼など、大きな被害を受けたことが記されています。幸いにも図書館は罹災をまぬがれたものの、しばらく休館となり、その後貴重な蔵書の損失を防ぐため、大がかりな図書疎開の準備がされたことが記録されています(『早稲田大学図書館史』63ページ)。

以上の記録から、早稲田大学の図書館は、東京が見舞われた2つの大きい災難にも関わらずほとんど被害を受けずに無事だった、とても運のよい場所であったことがわかりました!現在の中央図書館の蔵書には、東京専門学校開校以来の、非常に貴重な資料が脈々と受け継がれて続けているのは、こういった幾つもの幸運の上に成り立っていたのです。もちろん、このような幸運の裏には、災いから図書館を守ろうとした当時の人々の思いと努力があったことを忘れてはいけないでしょう。

では直接資料を探してみましょう!

さて、今回の記事はここでおしまいになりますが、どうでしょうか。少しでも図書館に興味が湧いてきたのではないでしょうか。実はここに載せられている情報は(当たり前ですが)ごく一部にすぎません。早稲田大学図書館に関する資料はとても多く、写真、年表、統計資料など、その種類も様々です。皆さんの興味さえあれば、色々なテーマから図書館を知ることができると思います。開館当時から現在までの利用統計を調べ、我々の先輩たちがどれほど勉学に勤しんだか(またはしなかったか)を考えてみたり、『早稲田大学図書館史』でも言及されている、図書館の蔵書の基礎を作ったとされる「同攻会」という謎の団体について調べてみたりなど、とにかくいろんな側面から探索できます。

しかし、図書館に興味があるけれど実際に調べようとしたらどうすればよいかわからない方々がいらっしゃるかもしれません。なのでここからはまず、筆者が参考にした資料の探し方をご紹介します。

WINEで早稲田の図書館史に関する資料を探す

まず、図書蔵書検索システムWINEに入り、キーワード検索で「図書館史 and 早稲田」といった語で検索をしてみます。ただ「図書館史」とだけ調べると、早稲田大学とは関係ない図書館のものばかり出てきてしまうので、and検索で「早稲田」を加えてみるところがちょっとしたコツです。

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検索すると…

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こんな画面が出てきます。いろいろありますが「Most relevant titles entries」欄にちょうど『早稲田大学図書館史』という本がありますね!

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この資料は早稲田の中でも様々な図書館が所蔵しているようですが、中央図書館の地下2階にあるものを見に行ってみました。

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ありました!タイトルが金色になっていてよく見えないですが、真ん中にある緑の本が『早稲田大学図書館史』です。

大隈蔵書を探してみる

先ほど、図書館開館当初に大隈さんが寄託した「大隈蔵書」が、今の図書館の蔵書には含まれていることをご紹介しました。これは大隈蔵書ではないか?といった資料を、実はWINEで検索することが出来ます!

キーワード検索で「“大隈蔵書”」といれて検索をしてみると、資料の注記欄に「印記:大隈蔵書」と記されている資料を探すことが出来るんです。

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これですべての大隈蔵書が網羅的に調べられるわけではないと思いますが、一部はこうしてWINEで調べることができるのは驚きです。ちなみにすべて古典籍で、古書・貴重書として保管されているもので通常は目にすることはできないものですが、一部の資料は電子化されて画像が公開されています。

例えばこちら。

數學教授書. 卷1-8 / 長田清藏 編(古典籍総合データベースより)

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画像中央上の丸い「大隈蔵書」の印のほか、今の図書館資料には見られない「東京専門学校図書」の蔵書印も見られます! 130年を超える早稲田の図書館の歴史が感じられますね!

早稲田大学の歴史に関する資料を探す

他にも筆者が参考にした資料には『早稲田大学百年史』シリーズがあります。気づいている方もいらっしゃると思いますが、 竹内さんが作成した、第3回「大学入試からみる早稲田の歴史」でも登場した早稲田大学公式の歴史書と呼べるものです。竹内さんが2階参考図書コーナーにあるものを見ていましたので、今回は地下書庫にあるものを見に行ってみました。

まず、探す図書のタイトルが分かっているので今回はWINEのタイトル検索で「早稲田大学百年史」と検索して、配架場所と請求記号を特定しましょう。

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早稲田大学図書館内で複数の所蔵があることが分かりました。上述したように、今回は地下書庫に行ってみましょう。請求記号の「ト10 02370」をメモして地下に潜ります。

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あ、ちょうど総索引年表もそろっていますね。『早稲田大学百年史』シリーズは分厚い本が何冊もあり、この総索引年表がないと探索が大変苦しくなるので、百年史を調べる時はこちらも一緒に参照しましょう。

ちなみに「ト10」は早稲田大学に関する分類であり、この棚にはその他にも面白い本がたくさんあります。その一部をご紹介します。

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上の写真は1955年当時の早稲田大学図書館閲覧案内です。なんと62年前の図書館の利用案内ということになります。当時はこういった冊子が図書館利用者に配布されて案内がされていたのでしょうね。

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利用の手引(『早稲田大学図書館閲覧案内』5ページ)

この閲覧案内をぱらぱらと読んでいて、非常に面白いなと感じたのは、当時の図書館利用形態が現在とまったく異なっていたことです。図書を借りるとき、今は利用者が直接書架から本を選び、貸出カウンターに持っていって、図書館の職員に貸出の手続きをしてもらう形になっていますが、どうやら昔は利用者が書庫に入り、書架にまで足を運ぶことはできなかったようなのです。さらに学生に対する館外貸出は行われていませんでした。閲覧案内には、利用者はまず「図書閲覧用紙」に借りたい本の情報を記入し、そちらを貸出係の図書館職員に渡すことで、職員が本を出納して利用者に手渡すという方式をとっていたようです。実はこの方式、25年前に現在の中央図書館に移るまで続いていたんですって!確かに図書をいちいち自分自身で探さなくても良いという点は便利だとは思いますが・・・、筆者の場合はただひたすら図書館を歩き回って目に入った図書を借りることが多いので、現在の方式が好きです。皆さんはどう思いますか?

『早稲田学報』(古い雑誌)をバックナンバー書庫で探してみる

最後に、関東大震災の直後、当時の高田早苗総長が『早稲田学報』に掲載した学生に対する訓告を実際に見てみたいと思います。『早稲田学報』を探してみましょう。WINEからタイトル検索して…

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早稲田学報』は雑誌バックナンバー書庫にあることがわかりました。しかし「No.1-142は資料保存のためマイクロフィッシュをご利用ください」とあります・・・。直接行ってすぐに見られるものなのか少し不安ですが、まずは直接見に行ってみることにしました。

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バックナンバー書庫に入る前には地下書庫と同じ手続きが必要です。

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関東大震災が起こった大正12年の号もマイクロではなく現物が棚にありました。ちょうど真ん中にみえる、白い箱に包まれているものが今回の記事に使われたものです。慎重に箱を開けてみると・・・

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大正12年10月10日、まさに関東大震災の直後に刊行された『早稲田学報』343・344合併号の表紙です。大震災臨時号ということで、普段の号よりもとても質素な表紙になっています。

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関東大震災後、当時の高田総長の訓示「大震災と早稲田大学」は翌11月の345号に掲載されていました。

それにしても大正時代に刊行された雑誌が、ごくごく当たり前のようにバックナンバー書庫に配架されていて、自由に閲覧できるようになっていることに、改めて驚かされました。特に今回のものはマイクロ化されず現物が利用できるものではありましたが、箱に入れて保存されているようにとても劣化は進んでいて、これ以上破損させることのないよう慎重に取り扱う必要があります。

おわりに

さきほどご紹介した通り、昔の図書館は利用者が直接書庫に入ることはできませんでした。今は、私たち学生の利用者のことが信頼されていて、書架にまでいって、こういった古い貴重な資料を自由に利用することが認められているのです。この記事を読んでくださった皆さん、貴重な図書館の資料を後世に受け継いでいくためにも、貴重な資料を破損させることのないよう、丁寧に取り扱うよう心掛けましょう!

今回使った検索ツール

今回のお宝

地下書庫探検隊!バックナンバー

* この記事の図書館書庫内の画像、資料の写真、データベースの画像は、早稲田大学図書館・各データベース提供元の許可を得て撮影・掲載したものです。図書館内あるいは 図書館資料・データベースを許可なく撮影すること、インターネット掲載は厳禁です。またこれらの画像の無断転用を禁止します。

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