最適な分子配置を正確かつ高速に予測

世界初 次世代コンピューティングにより固体表面への分子吸着予測に成功

発表のポイント

  • 次世代コンピューティングの一つである量子インスパイアード技術※1「Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer」※2(以下、「デジタルアニーラ」)を用いた、固体表面への分子吸着の予測に世界で初めて成功
  • 組合せ爆発を起こさずに分子の吸着配位を高速に探索する新手法を開発
  • 分子配置の組合せが多い複合材料などにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能に

早稲田大学大学院先進理工学研究科博士1年の三瓶 大志(さんぺい ひろし)氏・七種 紘規(さえぐさ こうき)氏ならびに同大理工学術院の関根 泰(せきね やすし)教授らの研究グループは、慶應義塾大学理工学部の田中 宗(たなか しゅう)准教授、ENEOS株式会社とともに、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する富士通株式会社の量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を用いて、固体表面への分子吸着を予測することに成功しました。量子インスパイアード技術を固体表面への分子吸着予測に活用する取り組みは世界初となります。

今回、「デジタルアニーラ」を用いて、組合せ爆発を起こさずに吸着配位を高速に探索する新しい方法を開発しました。本手法では、特に多くの分子が吸着している領域において、従来法よりもはるかに高速に、安定な分子配置を発見できることがわかりました。一例として、従来は38601秒かかっていた16分子の吸着の予測を、準備時間(1回のみ必要)2154秒と、「デジタルアニーラ」による計算132秒だけで完了でき、圧倒的な高速性を示すことができました。

今回の研究の位置づけ

また、得られた結果を株式会社Preferred NetworksとENEOS株式会社が共同で設立した株式会社Preferred Computational Chemistryが提供する汎用原子レベルシミュレータMatlantisで解析した結果、本手法による予測が正しいことがわかりました。この手法により、特に分子配置の組合せが多い複合材料や大規模モデリングにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能になります。

本研究成果は、2023年3月27日(現地時間)にアメリカ化学会の『JACS Au』のオンライン版で公開されました。

論文名:Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion
DOI:10.1021/jacsau.3c00018

(1)これまでの研究で分かっていたこと

分子の表面への吸着現象は、触媒反応など多様な分野において必ず発生する重要な過程です。これらは理論計算を行うことで、原子レベルで触媒反応や吸着を捉えることが可能でした。このような理論計算により分子や原子の吸着に注目して触媒性能を評価する研究はこれまでにも多く存在しています。しかしこれら理論計算は、少ない分子の計算による精密な計算が主であり、分子の数が増えると組合せ爆発が起こるため、膨大な時間がかかることが課題でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

このように網羅的に高被覆率の吸着構造の探索を行うことは、正確な評価ができるが分子数に対して指数関数的な時間がかかります。一方、逐次探索による被覆率の影響評価は、少ないコストで済むが不正確なモデル構築で仮定して進めるため、正確性に欠けることが知られています。そこで研究グループは、富士通株式会社が有する組合せ最適化問題に特化したアニーリング方式に属する量子インスパイアード技術である「デジタルアニーラ」を活かして、表面化学分野における分子の吸着を予測することができないかと考え、取り組んできました。

(3)そのために新しく開発した手法

今回研究グループが開発した手法を図に示します。アニーリング方式では、最適化の対象となる式をQUBOと呼ばれる形式で記述する必要があります。そのためには固体表面への多分子の吸着という多値変数を、複数の2値変数で表現しなければなりません。このような中で、独自に吸着構造をQUBOと呼ばれる形式のモデルへと転換する手法を構築し、さらにそれを「デジタルアニーラ」によって解くことで、最適な構造を短い時間で計算して予測することが可能になりました。

本手法は、特に多くの分子が吸着している領域において、従来法よりもはるかに高速な探索と安定な分子配置を発見できることがわかりました。一例として、従来は38601秒かかっていた16分子の吸着の予測を、準備時間(1回のみ必要)2154秒と、「デジタルアニーラ」による計算132秒だけで完了でき、圧倒的な高速性を示すことができました。

また、得られた結果を株式会社Preferred NetworksとENEOS株式会社が共同で設立した株式会社Preferred Computational Chemistryが提供する汎用原子レベルシミュレータMatlantisで解析した結果、本手法による予測が正しいことがわかりました。これは、元の構造さえわかっていればモデルを組めるため、ニューラルネットワークポテンシャル※3による答え合わせが可能なことによります。この手法により、特に分子配置の組合せが多い複合材料や大規模モデリングにおいて、正確かつ高速に最適な配置を予測することが可能になります。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回の発見は、触媒反応や材料の合成などの多様な表面が関わる化学において、多くの分子の吸着を高速に正確に行うことができるという革新的な手法を作り上げ、次世代のコンピューティングを活かした化学の予測という新分野を開拓します。

(5)今後の課題

本研究は次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式を化学に用いた最初の報告です。今後、分子の傾きなどを組み入れて、多様な分子の吸着を予測できるように開発を続けていきたいと考えています。

(6)研究者のコメント

これまでの計算化学は正確ですが時間がかかることが課題でした。「デジタルアニーラ」は次世代コンピューティングの一つとして注目されており、組合せ最適化問題を解く手法として優れていることが知られ、物流分野などでは最近多く用いられてきています。これを化学における吸着に応用しようというのは初めての取り組みであり、困難を伴いましたが、多様なアイデアの組み合わせで実現することができました。今後のカーボンニュートラルに資する新たな化学反応の予測にこれらを応用していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 量子インスパイアード技術
量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

※2 Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer(デジタルアニーラ)
現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。https://www.fujitsu.com/jp/digitalannealer/index.html

※3 ニューラルネットワークポテンシャル
従来からある原子シミュレータに対して、深層学習モデルを組み込むことで、原子スケールで分子や材料の挙動を再現して大規模な計算・予測・探索を行うことができること。

(8)論文情報

雑誌名:JACS Au
論文名:Quantum Annealing Boosts Prediction of Multimolecular Adsorption on Solid Surfaces Avoiding Combinatorial Explosion
執筆者名(所属機関名):Hiroshi Sampei#*1, Koki Saegusa#*1, Kenshin Chishima*1, Takuma Higo*1, Shu Tanaka*2, Yoshihiro Yayama*3, Makoto Nakamura*4, Koichi Kimura*4, and Yasushi Sekine*1
*1 早稲田大学
*2 慶應義塾大学
*3 ENEOS株式会社
*4 富士通株式会社
掲載日(現地時間):2023年3月27日
掲載URL:https://doi.org/10.1021/jacsau.3c00018
DOI:10.1021/jacsau.3c00018

(9)研究助成

研究費名:環境省
研究課題名:令和4年度地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業
(革新的多元素ナノ合金触媒・反応場活用による省エネ地域資源循環を実現する技術開発)
研究代表者名(所属機関名):関根 泰 教授(早稲田大学理工学術院)

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WASEDA University

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