祝辞 品田 正弘 様
パナソニック株式会社代表取締役社長執行役員
新入生の皆さん、早稲田大学へのご入学、誠におめででとうございます。また、ご家族、ご親族の皆さまにも、心からお祝い申し上げます。
これまでの長い期間を、コロナ禍に見舞われ、従来の生活スタイルや常識が大きく変わる中、大学進学に向けたご苦労も多かったかことと思います。ご苦労を乗り越え、このように入学式を迎えられたことは、喜びもひとしおだと思います。
卒業生の一人として、皆さんに、心より歓迎とお祝いの気持ちを述べたいと思います。
私は、今から39年前の1984年、皆さんと同じように、早稲田大学を志望し入学しました。
学業だけでなくさまざまな分野で活躍する人材を輩出し、多様な価値観を持った人が集う、そしてオープンで硬派な印象もあった早稲田大学の校風が好きで、ぜひここで学びたい、またこの大学であれば自分自身の成長ができると感じていたことを思い出します。
ただ、私自身は、決して皆さんに自慢できるような成績優秀な学生ではありませんでした。
そのため、このような晴れの舞台にお声がけいただき、本当に私でいいのか実は悩みました。
しかし、早稲田大学での経験をもとに社会にでた先輩の一人として、皆さんに何かしらのメッセージを残すことができれば良いと考え、大役をお受けし、本日この場に立たせていただいています。
私からの祝辞として、大きく3つのメッセージを皆さんお伝えしたいと思います。
その前に、私の大学卒業後について少しお話ししたいと思います。
私は、1988年に当時の松下電器産業、現在のパナソニックに入社しました。パナソニックに入社した経緯は、松下幸之助という世界を代表する偉大な経営者の下で働きたいという思いとともに、当時は、世界No1に向かおうとする日本経済の勢いそのままに、家電、自動車など日本を代表する製造業がグローバル市場を席捲し、いわゆる世界標準、グローバルスタンダードを築く役割を担いながら、圧倒的に世界市場をリードしていました。私も、そのような会社の一つであるパナソニックに憧れていました。
しかしそれ以降、ご存知の通り日本は失われた30年とも言われる低成長時代を経験します。この30年間に従来の延長線上ではない様々な環境変化が起こりました。例えば、冷戦終結によるグローバル大競争時代、インターネット技術によるさまざまな産業でのゲームチェンジ、中国・アジアをはじめとした新興国の台頭によるパワーバランスの変化、今までの常識や勝利の方程式が通用しなくなる混沌とした時代の中で、日本は次第に競争力を失っていきました。
しかし、日本には、まだまだ世界に負けない技術力があり、優秀な人材が数多く集まっていると私は確信しています。それは30年前と比べても変わっていません。むしろ、以前よりも優秀な人材は増えていると思っています。
ではなぜ、成長を止めてしまったのか。それは現状に甘んじて、未来をより良いものに変えていこうというチャレンジ精神と闘争心を失ってしまったからだと考えています。そして、自信を失い可能性を最大限に発揮できなくなる負のスパイラルに陥っている。
残念ながら、我々パナソニックも、同じ道をたどってきた反省があります。私は、今、従業員一人ひとりのチャレンジを最大限に引き出し、自信とプライドを取り戻すためのカルチャー改革に会社では力を入れています。そして、私たちもここで終わるつもりはありません。再び世界をリードできると強く感じているからです。そして、変化が激しい時代だからこそ、チャンスもたくさん訪れます。このチャンスを捉えられるかどうかは、未来に向かう我々の志次第だと思います。
一つ目に皆さんに伝えたいメッセージは、このような時代に、「イノベーションを起こす気概を持ってほしい」ということです。
私の好きな松下幸之助創業者の言葉に「日に新た」という言葉があります。これは、過去の考え方、これまでのやり方にとらわれることなく、日々新たな観点に立ってものを考え、事をなしていくという言葉です。
若い皆さんには、今までにない新基軸をどんどん打ち出していってほしい、そして社会的に意義のある価値を創出することで世の中をよりよい未来に変えていってほしいのです。若い皆さんの創造する未来が、世の中を変える原動力になるからです。そして、イノベーションに大切なことは、多様な価値観に触れ、知と知が出会い融合することだと私は思います。その化学反応が新しい可能性を生み出していくのです。大学の4年間は、異なる価値観やアイデアに出会う人生で最大の機会です。自分とは異なるさまざまな価値観との出会いを大切に、自分自信の殻を破り、自らが生み出す新機軸を見つけていただきたいと思います。
そして、二つ目のメッセージは、「世界No1を目指そう」ということです。
今、世の中は時代の転換点にあります。それはエネルギー、資源、食料など、人類共通の地球規模の社会課題に対して、世界中の多くの人が思いを一つに声を上げることができるようになりました。また、先進国で起きる様々な社会課題が、その後に続く新興国にも連鎖して起こっているのです。地球規模の社会課題が健在化し、不確実で変化が激しい時代の中で、日本が世界になくてはならない、必要とされる存在になるために、まだまだやるべきことがたくさんあります。
これから日本は世界で初めて、超高齢化社会を迎えます。健康寿命を延ばすアンチエイジングへの取り組みも、そして介護の問題も、まだまだアイデアとテクノジーの力で課題を解決できる余地がたくさんあるのです。また、持続可能な社会を目指すためには、地球環境への負荷を低減する取り組みも不可欠です。パナソニックも、カーボンニュートラルと、サーキュラーエコノミーへの貢献を掲げ、長期視点で未来に向けて取り組んでいます。
持続可能な社会をつくるために、一人ひとりの豊かさと課題解決を両立していく、WellbeingとSustainabilityが正に我々にとってもキーワードです。そして、食、美容・健康、介護に役立つテクノロジー、また再生可能エネルギーの活用やリサイクルの技術は、我々パナソニックだけでなく、日本の大学や企業が世界に誇れる技術や知見を持っています。日本で起きる社会課題に対し、解決するアイデアとテクノロジーが、日本に留まる
ことなく世界から求められるのです。日本が世界に先駆けて、WellbeingとSustainabilityの社会課題を克服し、世界を驚かせるタイミングはいずれ訪れます。そして、世界をリードできる可能性を、皆さんのような次の世代に託していきたい。そして、皆さんには、もう1度、世界No1を目指す!そのような未来を描き、志を高く持っていただきたいと思います。
そして、最後のメッセージは、テクノロジーが如何に進化しても「最後は人が大切である」ということです。
私も、仕事が少しできるようになった20代のころは、少しとんがってやっていた時もあります。今思えば、仕事が出来ると過信し、傲慢になっていたということだと思います。30代のころに、仕事に失敗し壁にぶつかりました。それがきっかけで、一人で出来ることは限られると悟りました。周りをリスペクトし、知識や理屈ではなく行動を変えることで、人脈がひろがり、いろいろな人の助けを得られるようになりました。その結果、一人では成しえない大きな仕事が少しずつできるようになっていき、今につながっていると思います。そして、私自信も、松下幸之助創業者が唱えた「素直な心」の大切さを実感しています。本質を見極め追求することの大切さ、それを可能にする心の状態を常に心がけています。自分自信を客観的に見つめ、私利私欲に捉われず、ものごとの本質を見極めた言動は、周りの共感を呼びます。
共感してくれている人の輪が大きくなればなるほど、さまざまな人のアイデアが自然と集まってくるのです。そして大きな仕事もできるようになります。私が、どうして社長になれたかを問われたら、「素直な心」を持つことができたからと答えています。
情報技術の進化やデジタル化は、時間や場所の制約を取り払い、人と人のつながりを効率的に変えました。それはそれで素晴らしい進化ですが、やはり同じ場所と時間を共有し、苦楽を共にしたもの同士にしか分からない繋がり、人と人との心の通ったリアルなコミュニケーションがやはり大切だと思います。ぜひ皆さんにも、「素直な心」で、周りの方に、感謝とリスペクトを持って接していただき、人と人の縁をつなげていってほしいと思います。
皆さんがこれから早稲田大学で過ごす4年間は、まさに、同じ場所と同じ時間を共有する仲間とのかげかげえのない貴重な機会です。人と人との交流を大切にしてください。
そして、何を成し得るにも、人が起点であることは言うまでもありません。
私自身も、一人ひとりの個人がより良い未来を志すために学びが大切だと思っています。早稲田大学は、創立150周年の2032年に向けたWasedaVision150を掲げられています。学生がどのような教育環境の中で何を身に付け、世界へはばたくのか、そして、卒業生がどのような姿で世界のリーダーとして、あるいは地域社会を支える市民として、世のため人のために活躍しているのか、その姿を示しています。10年先を見据えた教育ビジョンは、私がこれまでお伝えしたメッセージや、私の課題意識とも一致していることを感じています。
早稲田大学であれば、高い志を持ったグローバルリーダーになるための教養や専門性を存分に学び、また、さまざま価値観を持つ仲間との出会いと交流で大いに刺激を受けることができると、私は確信しています。
私は、大学時代に決して勉強熱心な方ではありませんでしたが、こんな私だからこそ、大学の4年間、大学院に進む方は6年間、後悔しないようにしっかり勉学に励んでくださいと皆さんには言いたい。
社会に出てからも学びは続き、人生を通して人は学び続けることにはなると思いますが、自らの意志で自由に学びたい分野を選択し、4年間、6年間という時間をかけて集中して学べる機会はやはりこの時期しかありません。私も、大学時代にもっと勉強しておくべきだったと思うことがこれまでにありました。皆さんの未来はこれからです。未来は自分達がつくるという思いと、自分自身と、そして周りの人の無限の可能性を信じ、大学生活の中で夢をもって明日へのチャレンジをしてほしい。皆さんの輝かしい未来と幸運を信じています。
結びとなりますが、これまで、皆さんを支えてくれたご両親やご家族、ご指導いただいた恩師、お世話になった方々への感謝の気持ちを忘れることなく、早稲田大学で自分自身の未来を切り開いていってください。
本日は、ご入学、誠におめでとうございます。