祝辞 中村 太地 様
公益社団法人 日本将棋連盟 棋士
新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。
この佳き春の日に晴れてご入学の日を迎えられた新入生の皆様はもとより、手塩にかけて大切に育ててこられた保護者の皆様におかれましては、お喜びもひとしおのことと拝察申し上げます。
母校である早稲田大学の入学式というこの素晴らしい場に携われますことを光栄に、そしてお祝いの意を皆様に伝えられますことを大変嬉しく思います。
16年前の春、自分が入学した日のことを懐かしく思い出しますが、その時はまさか今この場に自分が立っているとは想像もしておらず、しかも学長として居られるのが在学中の私のゼミの先生である田中愛治先生とは本当に不思議なご縁を感じます。
日常がガラッと変わってしまう大変さ、制限なく日々を送れる有難さは皆様が1番よく分かっている世代かと思います。一日一日を大切に充実した大学生活を送れますよう祈念しております。
早稲田大学を先に卒業した身として、自戒も込めて皆様にお伝えしたいことは3つです。
1つ目は、『興味を持って学んでほしい』ということ。
人間の興味(根本の性質)はなかなか変わりません。大学でのやりたいことをとことん突き詰めていってほしいと思います。
求めれば大体の環境が整うのが早稲田大学です。設備や制度も超充実しています。私は政治経済学部出身なのでどうしても3号館に目がいってしまうのですが、今や最先端の超綺麗な建物で嫉妬してしまうほどです。私が在学中の3号館は言葉が難しいですが本当に古き良き校舎でした。
ただ ‘求めなければ与えられない’ というのがありまして、主体性が大事になります。自分の意識次第で最高の環境を手に入れることが出来ますので、是非早稲田大学を便利に使ってください。
ここからの数ヶ月、皆さんには環境の変化がたくさんあると思います。心や身体がついていくのがやっとで大変な思いをすることもあるでしょう。
自分が何が好きで何に向いていて何がしたいのか、何が嫌いで何が苦手でどうしたいのか気づいてください。自分を知ってください。
そして、自分の中で「やりたい、とか、成長に繋がる」と思ったことには、どうか逃げずにチャレンジしてみてください。易きに流れるのは楽ではありますが、本当の意味での楽しさは得られません。
私は第一志望のゼミに落ちて二次募集で田中先生のゼミに拾っていただいたのですが、第一志望は「流行りのテーマなのと楽そう」という理由で選んでました。本当に勉強したいのは田中先生のゼミのテーマであった政治の計量分析で、原因と結果を計量的に探っていく作業が将棋にも似ていて考えることが楽しいと感じていました。しかし、データや専門的な計算ソフトを使うのは自分にはハードルが高い気がして避けてしまったのです。実にもったいない考えでした。実際ゼミでは興味ある分野で充実した時間を楽しく過ごせたのであの時第一志望のゼミに落ちて本当に良かったと思います。どうか、本当にやりたいことを自ら避けないでください。
次にお伝えしたいのは、『友人は支えになる』ということです。早稲田の強みはその多様な学生の存在だと思います。国籍や出身地など様々ですし、一般入試生、AO入試生、指定校推薦生、内部生など色んな人がいます。友人が出来ると、自分にない考えや習慣を知ることになり様々な発見があるでしょう。それは人間としての幅の広がりに繋がることを意味します。これこそが学歴が全く必要のない将棋界に既に身を置いていた私が大学にいった最大の理由であり、いって良かったと思える最高の点です。
「心の支え」という意味でも友人は貴重です。早稲田の学生は多種多様な業界に羽ばたいていきます。活躍を聞くと刺激になりますし、友人の頑張りは自身のモチベーションにも繋がります。私自身、大学時代の友人とは今でも飲みにいくなど交流がありますが、仕事の話を聞くと、「もし自分がこの仕事に就いていたらこんな感じになっていたのかなあ」と想像してみることができ、楽しみのひとつにもなっています。気兼ねなく色々な話が出来るというのは貴重なことです。人は一つの人生しか生きることは出来ませんが、自身を投影してその世界を感じてみるというのは可能で、大学の友人というのはそれにぴったりの存在だと思うのです。加えて、物事が上手くいっていない時にこそ友人の有り難みは身に染みます。勝負の世界にいると日々結果が求められ神経が擦り減る思いですが、友人と他愛もない話をすると和らいだり自身の悩みの小ささに気づかされます。
他業界に就職した大学時代の友人と一緒に仕事をする機会に恵まれることもあるかもしれません。仕事でこの時ほど充実感や幸福感を得られるものは中々ありません。社会に出ると、利害関係のない友人というのはそう簡単には出来ませんので大学はそうした友人づくりの最後のチャンスとも言えます。
ここまではやや抽象的というか、理想論的な友人についてになってしまいましたが、大学生活そのものにおいても友人の支えは有難いものです。講義はグループワークの時もありますし、欠席したらノートを貸してもらえないと困ってしまいます。試験対策は情報が不可欠です。私は将棋の対局が平日にあったので講義を休まなければいけないことが多くありましたが、友人に沢山助けてもらい本当に感謝しています。もちろん友人の友人は自分ですので、どうか自身が友人の支えにもなってあげてください。
将棋は終盤が大事ですが、大学生活は序盤が大事です。学生同士積極的に交流してください。サークル活動も仲良くなるには良い機会でしょう。早稲田には無数のサークルがありますので、自分に合ったサークルがきっと見つかると思います。迷った際にはもちろん将棋部がおすすめです。
最後にお願いしたいのは『勝負してほしい』ということです。将棋界では今戦術が大きく変わっており、戦いのスピードが早くなっています。序盤戦から飛車や角、桂馬といった飛び道具と言われる駒が乱舞して華々しい戦いになることが普通になりつつあります。昭和や平成に「正しい」とされていた玉を固く囲う戦術は古いとされ、今は玉を囲わずバランス重視の戦術が主流となっています。スピード感やセオリーが全く変わってしまったのです。
これはAIの影響が大きいです。人間では中々思いつかないような新しい価値観が生まれ、技術が大きく進歩しました。必要なスキルも変わってきています。これにより活躍出来る年齢が前倒しになって早くなってきているような気がします。20歳前後の棋士の活躍、トップ棋士の若年齢化が顕著です。先生や諸先輩方の経験や教えから学ぶことはもちろん大切ですが、新しいツールを使いこなすのは寧ろ皆さんの方が長けているはずです。将棋界ではいつの世も戦法の流行の最先端をいくのは皆様と同じくらいの年齢のプロになる一歩手前の若手です。是非、優秀なツールと協働して新しいものを生み出し、時代をリードしていってください。
人生の勝負所やチャンスはそう何回も訪れません。常に意識していないと気づかないうちに見過ごしてしまっていたなんてこともよくあります。私は20代前半でタイトル獲得のチャンスが一度訪れましたが、負けてしまいました。勝負への覚悟や危機感が足りなかったのです。結果はともかく不完全燃焼で終わってしまったという後悔が強く残りました。その後タイトル獲得するまで5年要しました。
「大学時代は修行期間、勝負は社会人になってから。」今まではなんとなくそういった風潮があったように思います。しかし、きっとそのスピード感はもうすぐに遅れたものになるでしょう。
是非、皆様には自分の勝負したい分野を見つけて大学生活で何かを成し遂げるくらいの気概で物事に取り組んでいただきたいなと思います。ご活躍期待しております。
新入生の皆様のご健勝と早稲田大学のますますのご発展をお祈り申し上げ、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。本日はおめでとうございました。