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「エール」がもたらした神宮の歓喜

NHK連続テレビ小説『エール』に取り上げられる一方、コロナ禍で多くの活動の休止を余儀なくされた早稲田大学応援部。秋の東京六大学野球で野球部が優勝をつかみ取った裏側には、どのようなドラマがあったのか。早稲田大学応援部コーチ・笹山俊彦さんにインタビューしました。

早慶戦の歴史的勝利。その舞台裏で

2020年11月8日、東京六大学野球秋季リーグ戦・早慶戦の第2回戦が行われた。勝った方が優勝という一戦で、9回表2アウトから見事な逆転勝ちを収め、2015年秋以来、10季ぶりの栄冠を勝ちとった。前日の第1回戦に先発し15三振を奪い、第2回戦でも8回のピンチからリリーフした、主将でありエースの早川隆久(スポーツ科学部4年)、土壇場の状況から2試合連続の本塁打を放った蛭間拓哉(スポーツ科学部2年)、無敗で46回目の優勝へ導いた小宮山悟監督(1990年教育卒)をはじめ、今年の早大野球部の活躍は歴史に刻まれるものになるだろう。新型コロナウイルスの影響による練習時間の大幅な削減、春季大会の延期など様々な困難を乗り越えてたどり着いた境地だからだ。

しかしもう一つ、忘れてはならない存在がある。神宮球場上空に『紺碧の空』を轟かせ、野球部を支え続けた早稲田大学応援部だ。現在、応援部でコーチを務める笹山俊彦さん(2003年一文卒)は当日をこう振り返る。

写真提供:早稲田大学応援部

「早慶両校が全勝のまま迎えた早慶戦は歴史的にも稀なこと。どこか運命を感じていました。しかし慶應が勝っている状況の中、私は早稲田キャンパスで行われる優勝報告会の準備のために、試合の途中で神宮球場を離れなければならなかったんです。リーダー部員に『あとはお前たちに任せた。絶対に勝って大学へ戻ってこい』と、自分の腕章を託しました。最後は勝って帰ってきてくれたので、感無量でした」

ドラマ『エール』に登場した早稲田大学応援部

2020年は、応援部にとって特別な1年だった。創部80周年を迎えたうえ、NHK連続テレビ小説『エール』で、応援歌『紺碧の空』や野球早慶戦が描かれたからだ。2002年度の応援部主将でもあった笹山さんは、実はドラマの出演者に対する応援指導を担当している。

「もともと近代の学生スポーツ史に興味があり、史料を集めたり歴史文献を読んだりするのが趣味だったんです。大河ドラマ『いだてん』でも時代考証のお手伝いをしました。今回も応援指導だけでなく、「紺碧の空」の誕生にまつわるエピソードを詳細に調べるなど、史実考証の協力もしています。特に、ドラマ内で田中隆団長が『紺碧の空』の歌唱をリードするシーンがありますが、あのリードテクニックは当時の映像や史料、現在まで伝わっているテクニックを参考としながら再現しました。そんなマニアックなネタが、あのドラマには詰まっています。」

応援部や「紺碧の空」が取り上げられた第8週の放送は、春の早慶戦直前である5月18日~22日で放送された。しかし東京六大学野球春季リーグ戦は新型コロナウイルスの影響で延期が決定。試合に足を運んでくれる人が一人でも多くなればと尽力してきた笹山さんは、複雑な気持ちだったという。

「放送直後の早慶戦で『紺碧の空』を指揮したら、球場は大盛り上がりだったはずなのにと考えると、やはり残念な気持ちもありました。一方で、コロナで沈んでいた時に日本中を明るくできたことは、この応援歌にとって本望だったのだとも思います」

コロナ禍、「応援部」が本当にすべきこと

応援部がエールを送るのは野球部だけではない。44ある体育各部の応援を主な活動とする部員たちにとって、コロナ禍で次々と試合が中止・延期になったことは、異例の事態だった。
応援すべき試合がなくなり、部活動の目標を見失ってしまった応援部員たちを前に、指導者の立場として「我々応援部がいま、すべきことは何か」と考え続けた。

「1943年、戦争で東京六大学野球リーグが解散になった際、飛田穂洲先生が残した『早稲田は、試合のために練習するのではない』という言葉が頭をよぎりました。試合がなくても、応援がなくても早稲田の応援部員は自らの技術の研鑽に励まねばならないのだと確信しました。そして私たち応援部の役割は、早稲田スポーツのみならず「早稲田に関わる全ての人を応援する」ことでもあります。そのため、コロナ禍でも多くの早大生、早稲田関係者に応援部の取り組みを発信できるようにしました。例えば、例年、秋の早慶戦直前に大隈講堂で行われる『稲穂祭』は、別場所で収録してオンラインで開催しました。従来は『打倒慶應』というコンセプトを全面に出すイベントですが、今回は春の早慶戦応援を体験できなかった今年の新入生が、早慶戦の空気や熱量を感じられるような内容にしました。手応えはあったと思います」

そして迎えた東京六大学野球秋季リーグ戦。今年、早稲田大学応援部は持ち回りで担当する東京六大学応援団連盟の当番校であり、それは、コロナ禍において六大学の全応援部が守るべき規範をつくることを意味する。当然、感染者を出してはならない。厳しい管理の中、早稲田大学応援部は1人も感染者を出さずに神宮球場へ向かった。

「8月に延期開催された春のリーグ戦では、応援部は神宮球場に入場すらできませんでした。この半年間、部活動が大きく制限されてしまった中で、応援部員はよくモチベーションを保ってくれたと思います」

早慶戦試合後に行われた優勝報告会は無観客で開催。応援部が司会を務め、会場では『紺碧の空』『応援曲メドレー』など早稲田を鼓舞し続けた応援歌、応援曲が高らかに鳴り響き、最後は早稲田大学校歌で締めくくった。そんな部員たちの姿を客席の後ろから見守っていた笹山さんにとって、2020年のあらゆるドラマはどのように映ったのだろうか。

「全国の高校・大学応援団にとって、本当に辛い1年だったと思います。特に、野球場のスタンドすら立てずに引退した高校三年生は悔しい思いをしたでしょう。でも、大変な状況の中でも常に学校の中心にあり、頑張っている学生、生徒に向けてエールを発信することで全学を盛り立てていくのが私たち『応援団』の役目です。『エール』の紺碧の空のエピソードには、『頑張ることは、つながる』というメッセージが登場します。くじけずに、今すべき活動を考えて取り組んでください。必ず結果がついてきます」

写真提供:早稲田大学応援部

笹山 俊彦(ささやま・としひこ)/早稲田大学応援部リーダーコーチ。
茨城・清真学園高等学校を卒業後、1999年に第一文学部入学。一文では日本史学を専攻。早稲田大学応援部2002年度代表委員主将。
全国の高校応援団と大学応援部を連携させるための取り組みとして、メディア『月刊応援団』を最近スタートさせた。
早稲田スポーツに関する歴史文献や史料の収集・研究が趣味。特に戦前の映像フィルムに造詣が深く、NHKなどに取り上げられることもあるほどのコレクター。

 

取材・文=相澤優太(2010年一文卒)

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