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気仙沼と早稲田、15年の物語 #2
東京の大学生がすべきことを、変わりゆく地域の視点から考える
Mon 09 Mar 26
東京の大学生がすべきことを、変わりゆく地域の視点から考える
Mon 09 Mar 26
東日本大震災から15年。早稲田大学が包括連携協定を締結する宮城県気仙沼市では、学生、卒業生、地域の方々が協力し、復興や地域課題の解決にアプローチしています。
本連載では、気仙沼で活動する3名の活動の軌跡をご紹介。第2弾は、現役学生としてボランティアに従事してきた武石侑里子さん(法学部4年)に、若手世代から見た被災地復興のあり方を聞いていきます。
武石侑里子/法学部4年
神奈川県出身。WAVOC(平山郁夫記念ボランティアセンター)の復興支援活動を起点に生まれた学生団体「早稲田大学気仙沼チーム」の前幹事長(2024年度)
被災地を訪れて出会った、未来へと向かう人々
東日本大震災の被災地では今、新しい世代の支援者が活動している。早稲田大学の学生として気仙沼に赴いた武石さんは、発災時は小学1年生。中学の修学旅行で岩手県陸前高田市を訪れ、被災状況を目の当たりにした。
「陸前高田の震災学習に参加し、震災当時や復興の話を現地の方々に聞きました。当時はまだ更地も多く、甚大な被害状況に衝撃を受けました。一方、現地の方々は温かく、我が子のように接してくれたことも、強く記憶に残っています。いただいた温かさをいつか返したい、震災から時間が経った今でも、自分にできることがあるのではないか――そう思ったのが、大学でボランティアを始めたきっかけです」
武石さんが参加したのは、早稲田大学の「WAVOC(平山郁夫記念ボランティアセンター)」の活動だ。WAVOCが支援する学生団体「早稲田大学気仙沼チーム」は、2011年の設立以来、継続的に復興支援活動に取り組んできた。
「気仙沼チームに入り、初めて気仙沼を訪れたのは、震災から10年以上が経った時。『気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館』を訪れ、破壊された校舎や流された車両を見学しました。改めて津波の威力を感じるとともに、当時そこで勉強をしていた生徒たちの気持ちを想像しました。また、復興によって新たな建物が立ち並ぶ市街地には、他地域とは異なる雰囲気も感じて、不思議な感覚を抱きました」
気仙沼チームのスタディーツアーで訪れる震災遺構
現地の人々との出会いも、武石さんの記憶に刻まれた。
「店舗が全壊した『すがとよ酒店』、被災から復興の軌跡を記録した『三陸新報社』など、さまざまな方の話を聞き、『自分が今生きていることは、当たり前ではない』と痛感しました。そして、『ボランティアさんがいるから、自分も頑張ろうと思えた』と、未来へ向かう被災者の姿勢も知り、悲しみだけではない現地の思いに、心を動かされたのは大きかったです」
変わる地域ニーズに対し、大学生がすべきことを模索
気仙沼チームは現在、年に4回ほど気仙沼を訪れ、スタディツアーや学習支援、イベント開催のサポートの他、東京でも、関連映画の上映会開催、早稲田祭出店など、様々な企画を通じたPR活動を行っている。
「最大の活動は、8月に行われる『気仙沼みなとまつり』の運営サポートです。ゴミを集めるエコステーションで声掛けをしたり、カッター競漕大会運営をサポートしたり、『はまらいんや踊り』で踊り歩いたりします。気仙沼チームの卒業生が年に1度集まる機会にもなっており、現役生と一体となって祭りを盛り上げるのも楽しいです。現地の方々が先輩にも『おかえりなさい』と声をかけるのですが、まるで故郷のようになっているのは、関係人口の一つのカタチだと思います」
気仙沼みなとまつりでの活動
武石さん自身、4年間で何度も気仙沼に赴き、現地の人々と関係を築いてきた。気仙沼チームでは幹事長を務めたが、新たな地域ニーズから活動を企画することに、困難も感じたという。
「立ち上げ当初、瓦礫撤去や避難所での支援がメインだった活動は、徐々に復興やまちづくりへとシフト。ハード面の復興も一区切りつきつつある気仙沼では、関係人口の創出、世代間・地域間のコミュニケーションなど、新たなニーズが生まれています。変遷する地域課題に対し、私たち学生の力をどう生かしていくかを考えるのは、とても難しいです」
被災の記憶や地域の魅力を発信することも、重要化するテーマだ。気仙沼チームは2025年1月、映画『ただいま、つなかん』の上映会を早稲田大学で実施。気仙沼・唐桑半島の民宿を舞台にしたドキュメンタリーを通じ、東京の学生に気仙沼を知ってもらう機会をつくった。
「震災から時間が経ち、人々の記憶が薄れつつあります。現地に行かなければ、なかなか地域の実状を知ることができません。それでも、東京の日常生活の中で震災に触れる機会は必要です。スタディツアーでは、少しでも多くの学生を巻き込み、関係人口の創出にも貢献したいと、新たな企画にも挑戦しました」
気仙沼チームのスタディツアーは本来、メンバーが被災地を理解するために行う。しかし、震災の風化に対する危機感に加え、気仙沼の魅力をより多くの人に知ってもらいたいという思いも強まっていった。東京でPR活動を行う中で「現地に行ってみたい」という声をもらったことも、公募形式を検討するきっかけになったという。そこで新たに考案したのが、気仙沼チーム外の学生も参加できる公募形式の仕組みだ。
「被災者の話を聞いたり、遺構を見学したりする他、まち歩き企画ではお題を出し、グループごとに気仙沼を巡ってもらいました。例えば、昔の写真を用意して、『この場所は、どこでしょう?』とクイズ形式にすることで、参加者は主体的にまちを歩き、地域課題への理解も深められます。『興味本位で参加したが、被災地復興に興味を抱いた』『震災当時と現在の気仙沼を、両方知ることができた』などの反響をいただいた時は嬉しかったです」
スタディツアーの様子
“もらうもの”の方が大きいボランティアを、東京の学生に知ってほしい
武石さんが立てる企画のアイデアは、東京での学生生活で感じたことが源泉となっている。
「知人でも、ボランティアに参加する学生は一握り。地方都市で暮らす将来を、視野に入れていない学生も多いです。でも、東京の生活が地方に支えられている以上、災害や人口減少なども、日本全体の課題と捉えるべきだと思います」
気仙沼チームでの活動を経て、視野を広げていった武石さん。課題を自分ごととして捉える眼差しは、人々との出会いの中で育まれた。
「活動を始めたばかりの頃は、手取り足取り活動をサポートしてくれた地域の方々や気仙沼チームの先輩には、『どうして、こんなに親身になってくれるのだろう』と感じたほどでした。たくさんの人と接し、成長させてもらうことで、恩返しをしたいという気持ちも芽生えてきます。ボランティア活動が身近ではない方にボランティアの話をすると、『偉いね』と言っていただくことも多いのですが、実際には私たちが“もらうもの”の方がずっと多いと感じています。 私は活動の中で、安心して帰れるふるさとのような居場所、 気仙沼の方々のパワーやエネルギー、震災や地方について考えるきっかけなど、多くのものをいただきました。そうした人とのつながりから得られるあたたかさや新たな視点を、もっと多くの同世代のみなさんにも知ってほしいです」
武石さんは卒業後、保険業界に進む予定だ。生きること、命と向き合うことの大切さを知ったことが、キャリア選択の指針となった。
「大学では社会保障法のゼミに所属しているのですが(菊池 馨実 法学学術院教授)、“支え合う仕組み”を育む視点は、気仙沼と早稲田の関係性にも似ている部分があるのではないかと感じています。将来は仕事を通じ、育児や介護など、人生を総合的にサポートしていきたいと考えており、自分自身も東京に住み続けるのではなく、地方社会での暮らしも経験してみたいです。そして社会人になっても、サークルOGとして気仙沼みなとまつりに参加し、気仙沼と関わりつづけることを、何より楽しみにしています」
撮影=宮城県気仙沼市