投球時の手のひらの筋活動計測に成功

投球時の手のひらの筋活動の計測に世界で初めて成功

~「切り紙」から着想を得たアスリート用ウェアラブル筋電計測デバイス~

発表のポイント

  • 「切り紙」から着想を得たウェアラブルデバイス用伸縮配線を新たに開発
  • 高分子ナノ薄膜からなる超薄型電極「電子ナノ絆創膏」と組み合わせることで、野球における投球時の手のひらの筋活動(表面筋電位)をリアルタイムで計測することに世界で初めて成功
  • 球種(ストレートorカーブ)によって投球中の手のひらの筋活動が異なることを発見

「切り紙」から着想を得た伸縮配線を用いてピッチャー投球時の手のひら筋電計測に成功

シート型電極の開発を行っている早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の藤枝俊宣研究院客員准教授(現東京工業大学生命理工学院・講師)、山岸健人招聘研究員(現シンガポール工科デザイン大学・博士研究員)、同理工学術院の武岡真司教授らは、同スポーツ科学学術院の彼末一之教授、北里大学一般教育部の永見智行講師らのスポーツ科学研究グループと共同で、「切り紙」から着想を得た伸縮配線と電子ナノ絆創膏を組み合わせた新しいウェアラブル筋電計測デバイスを開発し、野球のピッチャーの投球時に、手のひらの筋肉がどのように活動しているのかを計測(表面筋電図計測)することに世界で初めて成功しました。

本研究成果は、2019年12月12日午前1時(英国時間)に英国のNature Publishing Groupのオープンアクセス科学誌「NPG Asia Materials」のオンライン速報版に掲載されました。

研究の概要

表面筋電図(注1)は、医学研究や、リハビリテーションやスポーツ科学などの人間工学的分野における研究で筋活動を観察するために広く用いられています。特に、繊細な皮膚感覚を有するアスリートにとって、計測デバイスを違和感なく装着し、かつ、その場で自身の動作と筋電図をシンクロナイズさせながら確認できることはパフォーマンス向上や運動障害の克服において極めて重要です。生体計測用のウェアラブルデバイス(注2)の開発は、近年盛んに行われており、皮膚に直接貼り付けて表面筋電図を無線計測可能なBluetooth型デバイスが数多く報告されています。しかし、手のひらや足の裏といった繊細な感覚を有し素早く複雑な動きを伴い、かつ摩擦が生じやすい部位に対しては、従来のウェアラブルデバイスを装着するとこれらの問題のために装着者のパフォーマンスを下げずに表面筋電図を計測することは困難とされてきました。

本研究グループはこれまで、皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」を開発し、ヘルスケア・スポーツ科学への応用を目指してきました。電気を通すプラスチック(導電性高分子(注3))からなる電子ナノ絆創膏は、厚さ数百ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)と非常に薄くて柔らかいため、糊や粘着性ゲルなどの接着剤を用いずに皮膚に貼ることができます。また、電子ナノ絆創膏は皮膚表面にナノレベルで密着・追従するため、スポーツの際に生じる皮膚の伸縮や発汗条件下でも、破れたり剥がれたりすることなく安定して使用できます。

本研究では、ピッチャーの投球時の手のひらの筋活動を計測するため、電子ナノ絆創膏を手のひらの筋肉(短母指外転筋)に貼付しました。また、手のひらに貼付した電子ナノ絆創膏と前腕に固定したBluetooth端末をつなぐコネクタとして、装着者の投球時の手首の関節動作を妨げず、激しい(加速度の大きな)運動に対しても安定な電気的接続を可能にするウェアラブル伸縮配線を新たに開発しました。この伸縮配線は、日本の伝統工芸である「切り紙」に着想を得た構造になっており、装着したまま強い加速度がかかる投球動作を行っても手のひらの電極にかかる負荷を和らげる働きをするため、デバイスが皮膚から脱離したり、測定中に断線したりすることはありません。

この伸縮配線と電子ナノ絆創膏を組み合わせた新たなウェアラブルデバイスを用いて、研究チームは、野球経験者の投球時の手のひらの表面筋電図をリアルタイムで計測することに世界で初めて成功しました。さらに、ハイスピードカメラで撮影した投球動作の映像と計測した筋電波形を同期させて、ストレートとカーブの投球時の前腕と手のひらの筋活動を比較したところ、前腕の筋活動には球種間でほとんど違いが見られなかったのに対し、手のひらにおいては力を入れるタイミングに若干の違いがあることを初めて見出しました。

本研究は、早稲田大学先進理工学研究科の中西孟徳大学院生、三原将大学院生、同大理工学術院総合研究所の我妻優招聘研究員らと共同で行ったものです。

研究の背景と経緯

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けたトップアスリートの育成や健康寿命の増進は、我が国がスポーツ文化の確立を目指す中で極めて重要な政策課題であり、先端計測技術はアスリートの「ハイパフォーマンス・サポート事業」の一つに取り上げられています。繊細な皮膚感覚を有するアスリートにとって、違和感なくデバイスを装着し、かつ、その場で自身の動作を確認できることはパフォーマンス向上や運動障害の克服において極めて重要です。最近では、皮膚に直接貼り付けて表面筋電位をリアルタイムに計測可能なBluetooth型のデバイスが数多く報告されていますが、手のひらや足の裏といった体の末端部で非常に繊細な感覚を有し、かつ摩擦が生じやすい部位に対しては、従来のウェアラブルデバイスを装着すると運動の邪魔になってしまうため、表面筋電位を計測することは困難とされてきました。これまでに本研究チームは、皮膚に貼付するのみで表面筋電位などの生体信号を計測できる厚さ数百ナノメートルの導電性高分子からなるナノ薄膜「電子ナノ絆創膏」を開発し、ヘルスケア分野およびスポーツ科学分野での応用を目指してきました。

研究の内容

今回、本研究チームは、装着者本来の動きを妨げず、激しい(加速度の大きな)運動に対しても安定な電気的接続を可能にするウェアラブル伸縮配線を新たに開発しました。この伸縮配線は、「切り紙」から着想を得た構造(図1)になっており、立体的な構造変化によって伸縮性を発揮するよう加工された導電フィルムの周囲を弾性体(例:シリコーンゴム)で封止することにより、バネ特性と表面の絶縁性を兼ね備えています。引張試験機を用いて実際に配線を引き伸ばしたところ、元の長さの2.5倍まで伸ばしてもほとんど抵抗値が変わらず(図2)、この伸縮動作を100回以上繰り返しても筋電位計測に十分使用可能な抵抗値(数十Ω)を維持していました。

図1 「切り紙」から着想を得た伸縮配線(NPG Asia Mater.の論文中のFigure 2を改変の上転載)

図2 伸縮配線に歪みを与えた際の抵抗値変化と応力を示した図(NPG Asia Mater.の論文中のFigure 3cを改変の上転載)

本研究では、野球経験者の投球時の手のひらの筋肉の表面筋電位を計測するため、手のひら(短母指外転筋)に貼付した電子ナノ絆創膏と前腕に固定したBluetooth端末をつなぐコネクタとして、開発した伸縮配線を使用しました(図3)。伸縮配線の高い伸展性と形状回復性により、装着したまま投球動作を複数回行っても皮膚から脱離したり、断線したりすることはありませんでした。この伸縮配線と電子ナノ絆創膏を組み合わせた新たなウェアラブルデバイスを用いて、研究チームは、野球経験者による投球時の手のひらの表面筋電位を計測することに成功しました。さらに、ハイスピードカメラで撮影した投球動作の映像と計測した筋電波形を同期させることで、投球モーションと筋活動の関係性を詳細に解析することも可能になりました(図4)。興味深いことに、ストレートとカーブの投球時の前腕と手のひらの筋活動を比較したところ、前腕の筋活動には球種間でほとんど違いが見られなかったのに対し、手のひらにおいては力を入れるタイミングに若干の違いがあることを初めて見出しました(図5)。

図3 電子ナノ絆創膏と伸縮配線からなるウェアラブルデバイスを手のひらに装着し、Bluetooth端末と接続した様子(NPG Asia Mater.の論文中のFigure 1aを改変の上転載)

図4 被験者がストレート(球速約110 km/h)を投げた際の手のひらの表面筋電図とハイスピードカメラで撮影した投球モーション(NPG Asia Mater.の論文中のFigure 5を改変の上転載)

図5 被検者がストレートとカーブを投げた際の前腕と手のひらの表面筋電図(最大随意収縮強度を基準とした表面筋電位として表示)(NPG Asia Mater.の論文中のFigure 5およびFigure S15を改変の上転載)

今後の展開

電子ナノ絆創膏と伸縮配線を組み合わせた本デバイスは、装着者が皮膚に違和感を覚えずに使用できるため、実際の運動に限りなく近い状態での筋肉の活動を計測できます。従って、あらゆるスポーツにおいて繊細な皮膚感覚を有するアスリートのパフォーマンスを詳細に解析するためのツールとして利用できます。例えば、野球やゴルフ、ダーツといった適切な力加減が必要とされる種目にはイップスと呼ばれる運動障害が存在します。これは、「無意識的な筋活動の乱れ」(オックスフォードスポーツ医科学辞典,2006)によって、今までできていた比較的簡単なプレーができなくなる症状とされています。本デバイスを利用して運動中の手指の筋活動を詳細に理解できるようになれば、イップス改善法策定に向けた一助となることが期待できます。さらには、音楽や工芸におけるプロフェッショナルの筋電図も記録できます。

用語説明

注1:筋電図

筋線維から発生した個々の活動電位が電極に到達した時点の活動電位を加算し、図として表現したもの。 従って、筋電図は中枢からの筋への運動指令を表している。特に皮膚表面で計測する筋電図のことを、表面筋電図(Surface Electromyogram)と呼ぶ。

注2:ウェアラブルデバイス

皮膚などの生体組織に貼付することで、生体情報を自動的かつ連続的に計測することを目的とするデバイス。検査や治療の負担を軽減する医療機器として期待されており、血中酸素濃度、温度、pHなどを測定するセンサーが開発されている。

注3:導電性高分子

共役系高分子から構成される電気伝導性を有する高分子の総称。インク状にすることでPETフィルム上に塗布や印刷が可能である。力学的性質はプラスチックフィルムと同等に柔らかく、金属に替わる導電材料として注目されている。PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸)、ポリアニリン、ポリピロールが代表的な導電性高分子であり、タッチスクリーンや太陽電池の構成材料として実社会で利用されている。

論文情報

雑誌名:NPG Asia Materials
論文名:“Elastic kirigami patch for electromyographic analysis of the palm muscle during baseball pitching” (野球の投球時の手のひらの筋電解析用切り紙型パッチデバイス)
著者:Kento Yamagishi, Takenori Nakanishi, Sho Mihara, Masaru Azuma, Shinji Takeoka, Kazuyuki Kanosue, Tomoyuki Nagami, Toshinori Fujie
DOI:https://doi.org/10.1038/s41427-019-0183-1

研究助成

研究費名:科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」(研究総括:桜井貴康)
研究課題名:「移植用培養生体組織に搭載可能なナノエレクトロニクスの創成」
研究者名(所属機関名):藤枝俊宣(早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構・研究院客員准教授(現東京工業大学生命理工学院・講師))

研究費名:文部科学省卓越研究員事業
研究課題名:「次元制御に基づくナノバイオデバイスの創製と革新的診断・治療技術の開発」
研究代表者名(所属機関名):藤枝俊宣(東京工業大学生命理工学院・講師)

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