第19回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」贈呈式 受賞者挨拶 ―秦 融氏

※第19回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」贈呈式 式辞・講評 はこちら

【草の根民主主義部門 大賞】
調査報道「呼吸器事件」 司法の実態を告発し続ける連載「西山美香さんの手紙」 (中日新聞・中日web)

取材班代表 秦融(中日新聞社名古屋本社編集局編集委員)氏の挨拶

本日は、このような名誉ある賞をいただきまして誠にありがとうございます。取材班を代表してお礼申し上げます。この報道は、もちろん私達だけの力ではございません。西山美香さんを支える会、弁護団、また社内の仲間達、そして誰よりも西山美香さんとそのご両親、その協力にこの場をお借りして感謝したいと思います。思い起こしますと、この報道を始めて以来ずっと、いろんな偶然や奇遇、奇縁に恵まれていたように思います。

西山美香さんは2004年に逮捕されてから間もなく、「無実です」と冤罪を訴えています。その後、中日新聞の大津支局、彦根支局、そこに何人もの記者が赴任しては去り、全部で20人ぐらいになるかと思います。残念ながら、その間誰もこの声に気付くことはできませんでした。そして、今から3年前の2016年、大津支局に赴任してきた角雄記記者が初めてその手紙に触れて「これは冤罪ではないのか」というふうに気づいたのです。

彼から数通の手紙を見せてもらい、それだけでもう、震えがくるような思いがしました。「これは本物の冤罪だ」と。すぐ彼と一緒に西山さんのご両親の家に行き350通の手紙をお借りしてすべてをコピーしました。その時に、ご両親と会い、本当に実直なお父さん、お母さんだったのですけれども、お父さんから、「本当に書いてくれるのか」というふうに言われた言葉が胸に刺さりました。実際のところ、7回の裁判で有罪を宣告されている事件ですので、それを「冤罪ではないか」と報道するハードルは、決して低くはありませんでした。

しかし、そこで我々取材班にとっての救世主が現れました。その救世主は心療内科の小出将則医師です。彼は元々中日新聞の記者で、昭和59年に私と一緒に中日新聞に入った同期であり友人です。入社後7年経って医師の道に転じました。その彼が数通の手紙を見た段階で、すぐに即答しました。「彼女には知的障害がある。」さすが、専門家です。我々には気づかない点でした。すばりIQでいえばこのくらいだろうと。その後の獄中鑑定でまさにその数値が出たわけでございます。この鑑定によって、私たちは報道上の立証というハードルを越えることが出来ました。

社内でもいろいろな声がありました。「大丈夫か」と。それに対しては、「裁判は裁判、報道は報道」というふうに言い続けてきましたが、実際、裁判でどのような結果が出るかは、わかりません。そして、大阪高裁で2017年12月に再審決定が出たときには正直、驚きました。さらに、その再審決定を出した後藤真理子裁判長ですが、その裁判官が17年前の足利事件で自ら冤罪を作り出していたという過去に二度、驚かされました。それを真摯に反省して、もう一度真剣に、この事件をみた彼女だからこそ、こういった再審決定を導けたと今でも思っています。

偶然が重なったおかげで、私たちはこうして報道を続けることが出来ました。しかし、忘れてはならないのは、警察発表があった2004年、私たちは西山さんを犯人扱いして報道した加害者でもあります。そのことについては、編集局長の言葉をもちまして、西山さんに真摯に謝罪いたしました。西山さんは、「そこまで言っていただければもう十分です」と私たちを許してくれましたが、今でも私たちが「西山美香さんの手紙」というタイトルを使って、こうした報道をできるということは、西山美香さんとそのご家族の私達への信頼、託されたその思い、それがあってのことだと肝に銘じております。冤罪というのは、組織が作り出すものだと思います。その一方で、冤罪を解くカギは、個人にあるのではないか、と感じます。それは裁判官も新聞記者も同じだと思います。

今回はこの名誉ある賞を、さらに冤罪のない社会を目指すための報道に力を尽くすべく、励みにして、今後とも努力していきたいと思っています。本日はどうもありがとうございました。

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