石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞記念講座2025の講義録である『分断と闇を超えて』が出版されました。
この書物は、「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」を記念して、早稲田大学の学生のために開講されている講義をもとに編まれたものです。講師陣は、早稲田ジャーナリズム大賞の前年の受賞者を中心に、第一線で活躍されているジャーナリストの方々から構成されています。

ジャーナリズム大賞受賞者に贈られるメダル
また、第25回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」贈呈式が2025年12月4日に行われました。
第25回「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」贈呈式 式辞・講評 はこちらよりご覧ください。
「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座 2025
『分断と闇を超えて』

2025年12月12日発行 (早稲田大学出版部)
刊行の言葉(「はじめに」より)
早稲田大学政治経済学術院教授(本賞選考委員) 土屋礼子
今年は戦後八〇年にあたり、石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞は第二五回を迎える。四半世紀を経てきた本賞では、例年受賞者の方々を講師に迎え、「ジャーナリズムの現在」という記念講座を早稲田大学で開催し、学生たちが受講している。本書は、昨二〇二四年の第二四回早稲田ジャーナリズム大賞の受賞者による記念講座での講演と、講座の一部として開催した記念シンポジウム「ネットメディアと変わる選挙行動」、および今回の受賞作品であるドキュメンタリー映画『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』上映会に続いて行われたトークセッション「越境するハンドメイドの継承と未来」も収録した。
昨年度までこの講座を担当していた瀬川至朗先生が退任され、その後を受けて私が今年から担当ことになった。講師の方たちがお話しくださるのは、いずれも長い取材と制作の過程を経て見える最新のジャーナリズムの現場である。さまざまな困難や批判と闘い、あるいは励ましや支援を受けて、ジャーナリストたちが問題に挑み、事実と議論を積み重ね真実を見いだし、世の中に訴えようとする姿と勇気には、感動さえ覚える。これらの講義をまとめる本書に『分断と闇を超えて』という題名を付けたが、その趣旨を含めながら、以下に簡単にその概要を紹介しよう。
琉球朝日放送報道制作部の塚崎昇平さんは、沖縄県与那国島という日本の西の端の島で、国策の下に「南西シフト」と呼ばれる自衛隊の配備が進み、それが島民に分断をもたらしていることをテレビ映像で描き出した。特に、自衛隊の配備に懐疑的な住民や議員と、積極的に自衛隊の誘致活動を進めた町長との対立で両方の意見が赤裸々にぶつかる場面は、この特別報道番組のハイライトである。両者とも人口一七〇〇人ほどの離島の振興を願いながら、政府の施策が住民間の亀裂を生じさせてきた問題に立ち向かっている。「住民の視点を伝える」というジャーナリズムの基本を改めて思い起こさせる。
NHKの石原大史さんと影山遥平さんは、大川原化工機という中小企業が警視庁公安部の捜査対象となり、三名が逮捕された冤罪事件の全貌を明らかにするドキュメンタリー番組を制作した。三年にわたり大型番組を扱うディレクターと社会部の記者が協力し、内部告発などをもとに警察という権力の〝闇〟を探り暴いていった。その調査報道の出発点が、冤罪の被害者遺族への取材であったこと、その無念の思いに応じることであったことは、ジャーナリズムの原点として忘れてはならない。
NHK福岡放送局の石濱陵さんは、科学史家で原子力政策の政府審議会や福島原発事故に関するNHK福岡放送局の石濱陵さんは、科学史家で原子力政策の政府審議会や福島原発事故に関する政府事故調査委員会の委員などを務めていた吉岡斉さんの残した膨大な文書を読み解き、関係者にインタビューし、核燃料サイクルの問題を中心に地道な調査報道を続けて、日本のエネルギー政策を問う番組を制作した。人々の忘却にあらがい、闇の中に沈んで見えなくなってしまう、密室の中で決められてきた重要問題を突きつける、それがジャーナリズムの仕事であるとこの作品は訴える。
映像作家の松倉大夏さんは、薩摩焼の窯元で朝鮮半島にルーツを持つ一五代沈壽官さんと沈家の歴史を描くドキュメンタリー映画を制作した。ここでの闇と分断は、陶工として沈家の代々の人々が体験した四百年以上の年月の間に隠れたものである。それは朝鮮人に対する差別であったり、先代の仕事を受け継ぐ中での断絶だったり、伝統工芸を継承する家業という独特な職人の世界の中でありながら、一般の親子関係にも共通する部分もある。その最終盤、登り窯での親子による窯焚きの場面は、それらの闇や分断をすべて燃やし尽くす熱量に満ち、映像が物語る力を発して圧巻である。
朝日新聞の大久保真紀さんは、「子どもへの性暴力」という、見えにくく語られずに闇から闇へ葬られてきた問題に、記者として正面から取り組んだ。加害者と被害者の証言以外に証拠が乏しく材も報道も難しい課題に、シリーズ取材班は被害当事者の声を掘り起こすことから始めた。実名報道に応じてくれた被害者の記事からスタートし五年以上にわたる連載では、紙面とデジタル版で異なる表現を配慮し、匿名の使用で議論を重ね、被害者と信頼関係を築くよう努めたが、被害者に「寄り添う」ことが記者の仕事ではないと断言する。 「限りなく近く、しかし同化せず」一線を引くことが、記者として大事なのだ。
信濃毎日新聞の渡辺秀樹さんは、「憲法事件を歩く」という連載で、警察や県知事、あるいは裁判所が憲法に違反するような事件を扱い、それが些細なことでも権力を監視する重要な意味があると訴えた。現行憲法は、戦前・戦中の権力のあり方に対する反省が組み込まれており、それが人権を守り戦争を起こさないための歯止めとなっていると指摘する。ジャーナリズムが民主主義の土台であるならば、生活の中の身近なことでも憲法に照らして考え、少数者との分断を超えて、チェックする役割を果たさなければならない。
最後に収録されているのは、記念講座シンポジウムを採録した「討論 ネットメディアと変わる選挙行動」である。二〇二四年は、都知事選挙における石丸伸二、兵庫県知事選挙における斎藤元彦、という二人のネットメディアによる選挙での影響力が注目を集め、〝ネット選挙元年〟とも言われた。ネットメディアが大きな力を持ち、若い世代を中心に動員する現象には、マス・メディア関係者も衝撃を受けた。そこで兵庫県知事選挙をフリーの記者として取材した松本創さんと、ネッ右派を研究してきた伊藤昌亮さんにご登壇いただき、選挙戦におけるネットメディアの内容と影響を論じた。松本さんは、底流にあった「反マスコミ」感情による煽動を指摘し、伊藤さんは世代間の分断によるポピュリズムを分析した。その中では、マス・メディアの取材から発信までの過程を可視化する試みや、認知的な「真偽」と、感情的な「信疑」を区別する必要など、示唆に富む議論が展開された。
社会が分断されているという現在をジャーナリズムがどのように捉え、社会の中の闇を見つめ権力を監視する役割にどのように向き合い、また自らメディアのあり方をどのように省みて変えようと挑戦しているのか、本書を読み考えていただければと思う。
目次
はじめに 土屋礼子(早稲田大学政治経済学術院教授)
講義 ジャーナリズムの現在
- 与那国島における自衛隊強化 —— 国策と分断をどう伝えるか(塚崎昇平)
- 「冤罪の深層」シリーズはこうして作られた —— いま、調査報道ができること(石原大史、影山遥平)
- 熟議なき、政策決定の深淵 —— 「吉岡文書」が教えてくれたこと(石濱 陵)
- ドキュメンタリー映画と劇映画の狭間で —— 映画『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』の制作をめぐって(松倉大夏)
『ちゃわんやのはなし―四百年の旅人―』トークセッション
「越境するハンドメイドの継承と未来」(一五代沈壽官、松倉大夏、司会:余語琢磨) - 性暴力被害を取材する —— 難しさと課題(大久保真紀)
- 権力監視の報道と憲法 —— 取材経験から(渡辺秀樹)
討論 ネットメディアと変わる選挙行動
「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座シンポジウム二〇二五
- 兵庫県知事選に見る「反マスコミ」という潮流(松本 創)
- ポピュリズム政治とSNS(伊藤昌亮)
- パネルディスカッション —— 「ネット地盤」時代を考える(松本 創、伊藤昌亮、司会:土屋礼子)





