雉子橋邸を知っていますか 都市空間のなかの大隈重信

『東京府名勝図絵』(1912年)より、飯田町の「仏国大使館」。『東京府名勝図絵』の出版年とキャプション、フランス公使館の所在地および島田謙吉『大隈侯一言一行』(1922年)の「後に(中略)フランス公使館となつた」という記述を勘案するに、この写真の建物が、雉子橋邸ではないかと推定される。

四季折々の彩りで、学生・教職員や校友の憩いの空間となっている早稲田キャンパス・大隈庭園。かつてここに創設者・大隈重信の邸宅が存在したことを知らない人はいないでしょう。その様子は、『伯爵大隈家写真帳』の彩色写真などから伺うことができます。また歴史に詳しい方であれば、明治初期の大隈が築地に居を構えていたことをご存知かもしれません。けれども、雉子橋(現在の千代田区)にも大隈邸があったことはあまり知られていません。

東京における大隈邸の変遷、そして雉子橋邸時代に起きた一大事件について、5回の連載記事にてご紹介します。

雉子橋邸を知っていますか 第1回 大隈邸の変遷

雉子橋邸を知っていますか 第2回 権力中枢に近接する場

雉子橋邸を知っていますか 第3回 雉子橋邸、襲撃される

雉子橋邸を知っていますか 第4回 明治十四年の政変

雉子橋邸を知っていますか 最終回 「雉橋老」から「早稲田老」へ

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる