雉子橋邸を知っていますか 第3回 雉子橋邸、襲撃される

権力の中枢は、すなわち危地でもある。

前述したように、1878年(明治11)5月、大久保利通は政府に対する批判者たちによって暗殺されたが、その後筆頭参議となった大隈もまた、明治政府に対する批判の矢面に立たざるをえなかった。

雉子橋邸を知っていますか 第2回 権力中枢に近接する場

そのことを如実に示すのが「竹橋事件」である。1878年8月23日夜、竹橋兵舎に駐在していた近衛砲兵大隊を中心に、兵士たちが蹶起した。竹橋兵舎は雉子橋の大隈邸に隣接している。西南戦争に従軍したにもかかわらず、中尉以下下士・兵卒にいたるまで行賞されなかったこと、また財政困難を理由に給与・官給品が削減されたことに不満をもったことなどが理由だという。

早稲田大学のガウンを着た前島密

じつはこの反乱について、内務省駅逓局長・前島密(大隈の友人で、後に東京専門学校校長となる)は勃発直前の8月23日夕方、その情報を察知した。前島は、内務省権大書記官・武井守正から、次のような話を聞いた。

今夜十二時を期して、近衛兵と鎮台兵とが一緒になって兵を挙げ、直に宮城に迫り、畏くも天子を擁し奉ると共に、非常砲を放って、大臣等が驚き参内することを捕へ、平生怨みある大臣らを殺す

『大隈侯八十五年史』第1巻、1926年、692頁

前島は関係する官僚たちや大隈に知らせたが、大隈はそのとき鍋島家を訪問しており、雉子橋邸には不在だった。

前島らが事前に察知していたにもかかわらず、竹橋事件は勃発した。作家・澤地久枝は「吶喊の声を合図に、営庭をかこむ土手の上から濠の前方の大蔵卿・参議大隈重信邸を標的に、銃口をそろえていっせいに射撃をした兵たちがいる。名前はわからない。弾丸の一部は大隈邸へ達した」と記している澤地久枝『火はわが胸中にあり 忘れられた近衛兵士の叛乱 竹橋事件』、角川書店、1978年、227頁)。前回にも登場した市島謙吉は、「当時、暴動の起った際、大隈邸は、其洋館の二階へ雨のように弾丸を浴びて、列べられた盆栽の鉢に穴を開け、頗る危険だった」(市島『大隈侯一言一行』、早稲田大学出版部、1922年、274頁)と述べている。

小林清親「近衛砲兵暴発録之画」、ジャパンアーカイブス(https://jaa2100.org/)より

竹橋事件で高官個人を標的に攻撃した例は、他に伝えられていない。どうして大隈が狙われたのだろうか。

大蔵卿として政府財政を主管していた大隈は、兵士たちの給与等の減額につながる軍事費削減の責任者と目されていた。その大隈の雉子橋邸は、まさに近衛砲兵兵舎の目の前にあった。現在も、近衛砲兵兵舎があった北の丸から大隈の雉子橋邸跡を直接見下ろすことができる。大隈は権力の中枢にいたからこそ、攻撃目標とされたのだといえよう。

 

さて雉子橋邸を襲撃した後、近衛砲兵大隊兵士たちは砲車を引い竹橋兵舎から半蔵門を経て赤坂の仮皇居に向かい、明治天皇に直訴しようとしたが、その門前で鎮圧された。事件後、関係した兵士361人が処罰され、うち53名は銃殺刑となった。だが近衛兵士たちの言い分までもが黙殺されたわけではなかったようだ。事件直後の8月28日、岩倉具視は大隈につぎのような手紙を書き送っている。

近衛一件は実に容易ならざる事と存候。右に付而も此後賞典丈は是非行なわせられ候見込これなく而は相済まぬ事かなと存候。よくよく御評議これありたく候

『大隈重信関係文書』第2巻、みすず書房、2005年、62頁

また布衣峯源なる人物(文面からすると下級官僚と思われる)は、竹橋事件の翌日に「上大隈閣下執事書」という建言を行っている。布衣の言うに、兵士は人生で最も大事な生命を投げ出しているのであり、武器も持っているので「兵士を収攬するは其才能功労に超過するの俸給賞与を投ぜざるべからず」、陸軍費を減額する必要があるならば「従て兵数を減ぜざるべからず、是れ又た理の必然なるものなり」と提案する『大隈文書』イ14、A5250、[近衛砲兵暴挙について]。すなわち軍人には手厚く報うべきで、それが財政負担となるならば軍縮せよ、という。

これらの見解が示すように、兵士を含め被治者の側に鬱積していた不満は、大隈を中心とした明治政府においても共有されていた、といえるだろう。

布衣峯源の建白書。「夫レ一凡人(中略)ノ大ニ欲スル所ハ生命ニ如クハナシ、此ノ無上ノ生命ヲ鋒刃弾丸ノ間ニ出入リシテ避ケザルモノハ賞ノ為ナリ俸ノ為ナリ」とある

文責:大学史資料センター・中嶋久人

雉子橋邸を知っていますか 第2回 権力中枢に近接する場


雉子橋邸を知っていますか 第4回 明治十四年の政変

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