【文化貢献部門 大賞】
『ロッキード疑獄 ―角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』
書籍(KADOKAWA)
春名 幹男氏の挨拶
本当に今日は意義深い賞をいただきましてありがとうございました。選考委員のみなさまに感謝します。この場をお借りして、取材を成功させてくれた3人のことをお話ししたいと思います。
一人は、アメリカの民間調査機関のナショナル・セキュリティ―・アーカイブというところでアナリストをしている古い友人、ウィリアム・バーです。彼が私にヒントを与えてくれなかったら、この取材は無かったと思います。16年前になりますが、彼は田中・ニクソン首脳会談のその日の朝にキッシンジャーが酷いことを言った、ということを教えてくれました。つまり田中のことを「ジャップ」呼ばわりして、烈火のごとく怒ったのです。私はその時に、これはロッキード事件に関係があるんじゃないか、と思いました。彼の指摘を受けて、さっそく私は米国立公文書館などで取材を始めました。最初は外交問題からとりかかかりました。キッシンジャーは田中の外交を非難していたからです。日中国交正常化などで両者が対立していたことが分かりました。続いて事件の経緯を追いました。この事件では、田中角栄と事件の関係を記した証拠文書、その資料を提出するようロッキード社を相手取って、証券取引委員会(SEC)がワシントン連邦地裁に訴えを起こしました。その裁判に対して、キッシンジャーは意見書を提出したのですが、その意見書の中に落とし穴が仕掛けられていました。つまり、それによって証拠資料が、最終的にSEC、米国司法省を通じて、東京地検特捜部に渡されることになった。その事実を解明できていなかったら、この本は書けなかったと思います。では、そのような資料を探し出す作業のイロハを教えてくれた人のことをお話ししたいと思います。ナショナル・アーカイブズ(アメリカ国立公文書館)のアーキビストとして、今はもう亡くなられていますが、ジョン・テイラーという人がいました。彼は、最初に会った時は相当変わった人だと思いましたが、親切でした。彼が教えてくれたのは、レコードグループ319という陸軍情報部関係の文書を読め、というのです。そのRG319に今回受賞した本の中に出てくる「巨悪」を代表する児玉誉士夫の個人ファイルがあったわけです。初対面は30年も前ですが、公文書館での文書開示手続きなどの技術も含めて、彼が教えてくれたことは非常に大きかったと思います。
最後は私の親父のことを申し上げたいと思います。私は、親父が身をもって問題意識というものを植え付けてくれたと思っています。私の親父というのは約100年前のスペイン風邪の時に一家が全滅となり、孤児(みなしご)になって、苦学し、旧制大学で国家主義の哲学者で知られている井上哲次郎に私淑しました。本来的には父は右翼なのですが、そんな人が戦後、組合活動に熱心でレッドパージになったんです。右翼がレッドパージになった、という理不尽なことです。しかし、そんなことは取材をしないと分からない。世の中、表面的なことだけで人間を判断してはいけない。父はそういうことを身を持って教えてくれて、今日ここにつながったと思います。父は石橋湛山氏を非常に尊敬していました。私が子供の時ですが、湛山さんが総理になられたときに、非常に喜んでいました。こういう賞をいただけたので、父は草葉の陰で喜んでいると思います。本当にありがとうございました。