Kagami Memorial Research Institute for Materials Science and Technology早稲田大学 各務記念材料技術研究所

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インタビュー 柳谷 隆彦研究員 「超音波を利用した圧電デバイス開発により 実際に役立つ研究・ものづくりを目指す」

圧電デバイスの材料を追究する柳谷隆彦研究室。特許収益では早稲田大学の稼ぎ頭であり、学生・院生にも “勝てる” 研究・特許取得を奨励している。ハードに仕事をこなす准教授に研究開発の現状を聞いた。

いち早く開発した無線フィルタが最新スマートフォンに採用

──柳谷研究室で最も注目すべきテーマは何でしょうか。

アメリカの企業と共同開発している、スマートフォン向け無線周波数フィルタの開発成果を上げていると思います。この技術向けの私の特許収益は、早稲田大学全体の特許収益の半分以上を占めています。

私たちの生活空間には様々な周波数の電波が飛び交っており、特に、通信端末などで利用される数GHzの帯域には20近いバンドが乱立しています。その中から使いたいバンドだけを送受信するために、スマートフォンでは圧電効果のある材料で作られたフィルタが使われています。理屈を簡単に説明しますと、電波がフィルタに入ると圧電効果によって超音波に変換されます。その音波が材料による固有振動数で共振し、欲しいバンドを“切り出し” ます。次に、逆圧電効果によって再び電波に変換されるという仕組みです。なぜ音波に換えるのかというと、音波は機械共振であり、電気共振と比べて波が急峻、すなわちQ値が高いので、周波数が逼迫した状態でも鋭く切り出せるからです。逆に、共振する波が緩やかだと隣のバンドと混線してしまいます。また、機械共振は温度安定性にも優れています。

このようなフィルタは、国際ローミング化、Blue-tooth、GPS、Wi-Fiなどがスマートフォンに実装されるようになり、スマートフォンで1台につき50個ほど付いています。最近では100個ほどにのぼります。今後、5Gの実用化が進むにつれて、より高性能のフィルタが数多く必要となってくるでしょう。ちなみに金額的に見ると、スマートフォンの他の部品、たとえばマイクロホン部品の値段は1個0.5円ほどで1台に数個程度。これに対し、無線フィルタは数十円ですから、桁違いに高額です。

──無線フィルタのどの部分で、それほど稼げるライセンスを持っているのでしょうか。

無線フィルタの仕組みは圧電単結晶基板で伝搬させるSAW(SurfaceAcoustic Wave)フィルタという方式で登場しました。SAWフィルタは今でも半分くらいのシェアがありますが、4Gが実用化された頃から、当初は技術的に難しいとされていたBAW(Bulk Acoustic Wave)フィルタ方式がシェアを伸ばしてきました。5Gといった4GHz付近以上の周波数だと、SAWフィルタは使いづらくなります。

BAWフィルタは圧電薄膜を電極で挟んだ形をしていて、材料は窒化アルミニウム(AlN)を使います。しかし、AlN薄膜だけだとQ値は高いのですが、圧電性が低い、つまり帯域が狭いのです。この問題を解決したのが、ScAlN薄膜です。2009年に産業技術総合研究所の秋山守人氏が、AlN薄膜にスカンジウム(Sc)をドーピングすると、圧電性が高くなることを発見しました。そしてその翌年、私がScAlNのフィルタ=BAW薄膜共振子(別名:FBAR)を初めて実現し、実際に帯域が広くなることを証明しました。広く普及するようにこの特許を出願しませんでした。ScAlN薄膜のフィルタは2017年にiPhoneXに採用されているので皆さんが使っているかもしれません。

次に、新たな背景として出てきたのが米中貿易摩擦です。中国ファーウェー社と米アップル社は5Gスマートフォンにおいて互いに競争していますが、フィルタの製造はアメリカがシェアを持っていて、ファーウェーは自社では作れないのです。ところが、材料であるScは中国でしか採れないので、原料提供側と製造側で利権争いはあります。

アメリカと日本ではSc代替材料の開発が急務となり、マグネシウム(Mg)とジルコニウム(Zr)、あるいはMgとニオブ(Nb)で周期律表のうえでScを挟む発明した日本企業もいくつかありましたが、私は、実用化しやすい単体の代替材料を発見し、これで2016年に日米中の特許を取得しました。ただし、まだ実用化はされていません。

医工学応用からエネルギハーベスティングまで

──研究の大元となるのが、圧電薄膜を使って超音波に変換するということでしょうか。

このテーマは院生時代から取り組んできました。波には横波と縦波があって、電波は横波だけですが、音波はヨコとタテの両方があります。地震でいえば、P波が縦波でS波が横波ですね。院生時代に初めて純粋な横波を発生させる圧電薄膜デバイスを独りで発明し、単独でTLO(技術移転機関)を通じて企業に売り込んだところ、500万円で買ってもらえました。就職氷河期で学部生時代の就職活動では、無下に扱われ門前払いだったので驚きです。これがきっかけとなって研究が楽しくなり、今の研究につながってると思います。

たとえば、抗原抗体反応センサーの開発もその延長です。通常の圧電薄膜は縦波振動するのですが、縦波は水中に漏れていってしまいます。一方、生体材料は全部液体でできているので、漏れていかない横波の出る圧電薄膜を作ることになります。鳴っている鐘に指を触れると音が低くなるのと同様に、たんぱく質である病変マーカーが、ごく小さい鐘に相当する薄膜に付着すると同様に音が低くなるので、検出することができます。

他にもエネルギハーベスティング、すなわち、周りの電波環境から微小なエネルギーを「収穫」(ハーベスト)して、電力に変換する技術の研究に取り組んでいます。近未来にはもっと高密度で電波が飛び交うようになるので、そこから将来普及する無数のIoTセンサを充電する技術です。スマートフォンが充電要らずになる「ワイヤレス給電」は、社会インパクトの大きな研究です。これは2016年度から進めてきた科学技術振興機構の「さきがけ」というプロジェクトの中の「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」として研究してきました。さきがけは個人研究型プロジェクトですが、2020年度からはより大きなCRESTというチーム研究型プロジェクトにステップアップして、継続研究していきます。CRESTでは3年で実用化の目途を立てています。

企業のインターンシップよりも優れた環境を提供

──柳谷先生は同志社大、産総研、東北大、名工大を経て、2015年に早稲田大学に勤務されました。現在では、周りの人が「一体、いつ寝ているのだろう」と思うくらい、ハードに働いているようですが。

2019年度での担当科目は学部(先進理工学部)で14科目、大学院(先進理工学研究科)で10科目です。国立大学だと年間で5科目くらいでしょうから、非常に多いと言えますね。さらに大学や学会の委員会や週2回以上の企業との打ち合わせがあり、招待講演も月に4回することもあります。講演や企業打ち合わせでは、1枚作るのに小一時間かかるパワーポイントの資料を何十枚と作るので、それだけでもかなり時間が取られます。もっとも、企業の仕事も講演も、依頼された仕事は断らないことにしているので、自分で自分の首を絞めているのですが。土日はもちろん研究室に居て、今朝も家族を起こしに7時に家に帰りました。

──将来的にやりたいことと、学生に伝えたいことはありますか。

当研究室では「実際に役立つ研究・ものづくり」を標榜しているように、自分の作ったデバイスで社会に影響を与える大きな仕事をしたいですね。企業との共同研究は盛んに行っています。その中では、「役に立つ」以上に「勝てる」技術を意識しています。去年の卒業生で300万円の特許収入があった人がいました。教員を含めた早稲田全体での特許収益は年間1500万円くらいなので、1学生が300万円というのはかなり大きいといえるでしょう。表面上、インターンが就職に有利なことはわかります。しかし研究室ではそれよりはるかに良い体験と環境を提供している自信があり、本物の成長を約束します。

早稲田で思うことは、ライバル企業や研究機関と熾烈な国際競争に晒されているプロの研究者(教員)と、就職予備校感覚で腰掛けのつもりの学生との温度差があまりに大きいことです。甲子園常連校に帰宅部の生徒が入ったような感じといいましょうか。学生と話をすると、週2くらいで楽しい程度に野球をして、将来「いい暮らし」がしたいと言います。毎日バットを振ってプロ選手(研究者)になんかなりたくないと言います。研究室は学生にとっても理系人生の集大成なのに、甲子園に行きたくない、サークル的なところがさびしいです。

一流企業でラクしていい暮らしをするのが幸せだと信じ込んでいる学生になんとか、社会に影響与えることが幸福感・充実感のカギだとわかってもらいたいです。研究室では社会に貢献している臨場感を味わってもらいたい。大人と子供の境目は社会に与えられる側か与える側かだと思います。学部生までは「これまで人類が築いてきたものを習得する」で良いでしょう。大学院生になれば、大人なので「築いてきたものにひとつ石を置く」ことをぜひとも意識してもらいたいです。そしてあわよくば理系のプロを目指して社会に爪あとを残してほしいです。

しかしながら学生が研究の楽しさに目覚めても、一番近くの教授が事務仕事と会議で研究に専念できていないため夢がなく、とても「いい暮らし」には見えないところも早稲田の先生のツライところと思います。プロ野球選手が華やかで夢がなければ、高校生がバットを振れないのも無理はありません。

悲観的な話をしましたが、「人や社会の役に立ちたい」と思っている学生も多くいます。しかし社会に利用されたり搾取されたりことをすごく嫌がる、矛盾を抱えています。うまく研究室を利用して成長・充実感を得て、社会とWin-Winになってもらいたいと思います。

 

 

 

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