当該研究所は80周年を迎えた。その前進は鋳物研究所である。日本において鋳物産業は2兆円ほどでほとんどが自動車のエンジン・変速機等パワートレイン関係で占めている。世界の産業界が地球温暖化対策を損益込みで受け入れつつある。2030年頃までに米国を除く先進諸国の四輪車生産のほとんどはxEVになるだろう。HEVは内燃機関(ICE)とモーターを併用するもの、BEVはモーター搭載のみである。現在ガソリンICEの効率は50%に迫ろうとしており、石炭火力発電から送電ロスを含めたトータル効率と同等になる。しかしこの新設は10年後には世界的に許容されにくくなるであろう。だが原子力発電の新設も直近の英国の例を見ても厳しい。再生可能エナジーしか選択肢はない。xEVへの移行により自動車の変速機はほぼ不要となる。国内だけでも数兆円規模の影響を受け、その鋳物部品(変速機ケース等)で数千億円近く影響を受けるだろう。ICEの生命とも言える鋳造部品:シリンダブロック(C/B)・ シリンダヘッド(C/H)の大半はカーメーカーで内製されている。2050年に全てBEVになったと仮定すると国内で10兆円規模の影響を受け鋳物部品で1兆円程度の影響を受けるだろう。一方、インドと東南アジアで自動車需要は右肩上がりに成長し、続いてアフリカでも成長するであろう。これら地域の人口と経済成長を鑑みれば現在約1億台/yearの生産量は2050年頃には3倍程度になるかもしれない。途上国の発電インフラの整備と石炭火力に対する世界的逆風を考慮するとHEV主流で自動車の生産台数は伸びるだろう。従ってこの先20年間程度は小型高効率のICEのニーズが世界的には倍増するだろう。既にC/B・C/H・変速機ケースについては極限的な小型軽量化と効率向上のためハード・ソフト両面において新規技術が開発に投入されてきている。加えてモノコックボディ設計を前提として、曲げモードでの比剛性と比強度を担保した軽量化のニーズが押し寄せている。従来の運動性能向上や単なる燃費向上だけが目的ではない。電池やPCU(Power Control Unit)搭載による重量増が制動距離や旋回性能に与える影響をキャンセルする目的、高価な電池の搭載量を減らしてコストダウンをはかる目的となっている。ストラットハウジングやサスペンションメンバーなどの大型薄肉の車体部品については上記の材料力学的な根拠の基に鋼板溶接構造からアルミニウム合金製薄肉ダイカストへ材料と工法の置換が試みられている。この際、従来から存在する鋳造に有利な合金組成(鋳造合金)ではなく、純然と設計上の機械的特性を満足する合金組成が求められている。かつ溶体化や時効処理等のコストアップを避けられる非熱処理合金に注目が集まっている。ただし鋳造においては湯境や凝固割れ等の欠陥を発生しやすくなり生産プロセスウインドウは格段に小さくなる。ここに研究開発のニーズが存在する。xEVにおけるキーデバイスにパワーモジュールを内蔵するPCU(Power Control Unit)がある。メモリ等ロジック半導体産業の勝敗は既についた。パワー半導体産業は中国の猛追を受けつつもドイツと日本がダントツに世界の2強である。このモジュールは多様な物性・特性を持った材料と加工技術のすりあわせ技術から成っており、生産設備は内製され生産技術も通常開示されない。つまり設備産業であるロジック半導体産業とは性質が異なる。PCUはxEV全てに必要である。現行のSi半導体からSiC等の次世代WBG(Wide Band Gap)半導体パワーモジュールの生産技術はまだ確立されていない。ここにも研究開発のニーズが存在する。
幸い鋳造を含めた溶融加工技術は応用性が高い。当研究室では、鋳造技術の展開例として宇宙航空分野では人工衛星こうのとり7号の姿勢制御エンジン開発を産学官連携で実施しミッション完了までを見届けた。利用した3D金属積層技術は溶融加工技術の一つに過ぎない。二輪・四輪については上述の背景からエンジン・大型車体部品の生産技術開発を産学官連携で推し進めている。大企業でも単独での解決困難な研究開発アイテム、例えば計算機シミュレーションに必要な構成方程式の構築や、新しい合金開発と試作鋳造、評価を一貫して進めている。トラック・建機・農機の産業は日本の基幹産業であり得意分野であり世界の成長産業である。ディーゼルエンジンと変速機・バルブボディ等油圧制御機器がEV化により生産縮小することはない。この分野には四輪とは桁違いに大きさが異なる鋳鋼品や、3D積層鋳型を使用しない限り実現不可能なレベルの複雑な部品が存在する。海外ライバルメーカーと商品価値を争うために製造の難易度は上昇する一方である。ドイツ・米国はこれらの産業を国策的にバックアップしており産学連携開発が進められている。当研究室ではこうした背景のもとに、計算機シミュレーションと従来生産技術を融合した研究開発を産学官連携で進めている。シミュレーションは構成方程式、材料物性・特性値を入力しない限り有効な結果をはき出さない。またそれが実現象と一致しているかどうかの検証も不可欠である。パワーモジュールも過酷な熱疲労状態にさらされている。製造時の残留応力の低減、使用時の疲労寿命予測と向上が不可欠である。溶融加工技術を応用して実験とシミュレーションを両輪に産学官連携研究開発を行っている。
人材面をみると、企業ではベテラン技術者が続々と退職を迎えており、新しい世代が過去の様々なトラブル事例と対応策を相続し切れていないようである。人材育成の余裕がとれていないことが背景にある。企業の先行開発部隊と大学がテーマを共有し、育った学生が戦力になる構図は相互利益につながり、結果として欧米の産学共同体の人材のアウトプット方式に近づいている。また工学博士を有し国境を超えて活躍できる生産技術研究開発者のニーズが高まるとみている。欧州文化支配圏では研究開発職においてMr.とDr. に差別的な見方があり階級社会文化の影響が強い。欧州文化支配圏ではパスポート相当の役割を果たすであろう。以上のような背景と考え方で当研究室を運営している。一部、WEBで紹介しているのでご覧頂ければ幸いである。