Kagami Memorial Research Institute for Materials Science and Technology早稲田大学 各務記念材料技術研究所

News

インタビュー 黒田 一幸研究員「誰もわからないからやる」の研究者魂がもたらしたブレイクスルー」

無機化合物の設計に早くから取り組んできた黒田教授。層状ケイ酸塩からのメソポーラス物質合成に世界で初めて成功した。 新材料が生まれた経緯、研究者としての考え方などを語って頂いた。

 

──学生時代はどんな研究をされていたのですか。

無機と有機の両方をやりたくて、学部4年のときに「無機有機複合材料の研究」をテーマとする加藤忠蔵先生の研究室に入りました。加藤先生ご自身が、層状結晶である粘土鉱物の化学的処理を研究しておられ、先生から「水ガラスと有機分子を使って、無機と有機の交互共重合体を合成する」ことを卒業論文テーマとして頂きました。高分子の鎖の中に無機と有機が交互に入っているものをつくるという、当時としては画期的というか今でも十分テーマになる挑戦的なテーマでした。無機物質として水ガラスを使うように指示されたのですが、これがケイ酸塩との出合いとなりました。

──無機と有機で高分子を合成することやケイ酸塩の面白さをもう少し………。

有機化学は炭素中心の化学で、炭素の周りは水素、酸素、窒素、硫黄などですね。ところが、無機というのは周期表中のそれぞれの元素に個性があって反応性も様々です。有機合成化学は大きく進展し、多くの反応や方法論が知られており、非常に精緻な学問として発展を続けています。無機の場合、錯体化学や固体化学など分野によって大きく異なります。典型元素からなるケイ酸塩の話でよければ、高校でも習いますが水ガラスと酸を混ぜると白濁して沈殿ができる。これを洗浄、乾燥させたものがシリカゲルです。結晶成長なども大事なプロセスですが、有機合成の華麗な世界に比べると、地味ですね。ただケイ酸塩の化学は少し有機合成に似ているところもあるように昔から思っていました。[SiO4]四面体をメタン[CH4]のように基本構成単位に見立てて、それを結合させていくという無機合成化学が創れるのではとずっと思い、実際にそのような考えでこの分野の発展に貢献できたと自負しています。

こうしてメソポーラス材料は生まれた

──黒田先生といえばメソポーラス材料の先駆的発見者として世界的に有名ですが、どういった経緯で発見に至ったのでしょうか。

卒論のテーマが実際に実現できたのは修士、博士を経た1978~79年頃でした。その後助手に採用して頂き、研究室全体のお世話もするようになりました。加藤先生のやってこられた層状結晶もやってみると奥が深く面白い。層状粘土鉱物の層間にいろんなものを入れたり、層状物質そのものをリン酸ジルコニウムや層状複水酸化物など、他の物質でやってみたり、層間に有機物を入れた積層型のハイブリッドをつくったりとか……。

こうしていろいろとやり始めて1年半後、ブリティシュカウンシルの奨学金の面接試験を通過して、アバディーン大学に留学できるようになりました。加藤先生は当時学部長になられたところで、超多忙になられることが目にみえていました。私が一生懸命研究室をお支えしなければいけないところでしたが、結局は英国留学を認めてくださり、背中を押して下さいました。こうして1980 ~81年、英国に留学しました。加藤先生には本当に感謝しています。

帰国して取り組んだテーマの一つが層状のシリカです。[SiO4]四面体が連なった結晶性層状物質である層状ケイ酸塩です。これを出発物質として色々な機能物質を合成しようと様々な反応を繰り返していくうちに、長鎖アルキル第四級アンモニウム塩との反応生成物が三次元構造を持ち、焼成して有機分を除去すると、焼成物がメソ孔領域の規則的細孔(細孔径2~4 nm)を有することを世界で初めて見出しました。それが1988年(日本化学会春季年会)のことです。論文発表は紆余曲折があって1990年でした。当時、周りの反響はあまりなかったですね(現在は被引用数が1300件を超えている)。唯一、面白いと言ってくれたのが豊田中央研究所の福嶋喜章さんでした。その後同研究所の稲垣伸二さんも加わり、共同で進めていって、1992年にメソポーラスシリカFMS-16の合成を国際会議で発表しています(論文は1993年)。一方、米国モービル社でも開発が進められ、分子鋳型法(テンプレート法)によるメソポーラスシリカの合成が1992年に発表されました。こちらはNatureに掲載され世界的な話題となり、その論文にわれわれの論文も引用されていて、我々の業績も有名になった側面もあると思います。

メソポーラスシリカの発明は、ゼオライトの細孔径の限界を打ち破るブレークスルーと言われました。ゼオライトは孔の大きさが2nm未満(ミクロ孔)ですが、メソポーラスの孔はそれよりも大きく(メソ孔=2~50nm:触媒応用における多孔質物質のIUPAC(国際純正応用化学連合)の規定、50nm超は「マクロ孔」)、いろんな用途の可能性があります。疎水性親水性のコントロールや均一触媒の不均一化、社会的に注目されるところではドラッグデリバリ―があります。シリカですから生体に安全で、がん細胞などに直接届いて薬を放出することが可能です。また近年、野菜室に「プラチナ触媒」と称した触媒を用いた冷蔵庫が商品化されましたが、これは、メソポーラスシリカに白金触媒を入れると、野菜から出るエチレンガスを分解できる特性を利用したものです。こちらは、北大福岡教授らによる論文発表からわずか2年ほどで実用化されました。メソポーラスシリカもすでに30年近い歴史がありますから、いろいろなケースで実用化に向けた研究が進んでいます。

メソポーラス材料自体も様々に展開してきています。シリカの代わりに金属や炭素を使うとか、有機物や錯体を用いるとか、孔もハニカムではなくて籠状とかジャイロイド構造もあります。今、「メソポーラス」というキーワードで論文検索すると年間五千報以上出てきます。

研究は真剣に。でも深刻にならない

──黒田・下嶋・和田研究室の紹介に「無機合成化学・無機固体化学を研究し、無機と有機の協同作用により精緻に制御された無機物質を合成」とありますが、具体的に何をやっているのでしょうか。

テーマは多岐に亘っています。個別にテーマをあげることは控えますが、研究室に沢山人が居ますので、幅広く無機物質に関わることをやるようにしています。ただし、基本の一つには合成化学がありまして、私も一番好きなことです。研究室では合成のスキルと、きちんと合成できているかを解析できるスキルは必ず身につけさせたいと思い、努力しています。勿論、研究が首尾よく進んだ場合の出口(応用)にも目配りし、学術と応用の両面で研究の意義を周囲の人に説明できるように、と指導しています。将来にわたって興味を持ち続けられるようにと願っています。

研究者としての姿勢については、とにかく起点となる研究をしてほしいと言っています。野依良治先生もよくおっしゃいますが、「わかっていることを拡げる」よりも「誰もわかっていないことをやる」。つまり、1を10にする研究よりもゼロを1にすることをやってほしいと思います。一見ネガティブな結果にみえても、思いもかけない展開に繋がる可能性もあります。

──今の学生に対して思うところがありますか。

とにかく、みなさん優秀かつ熱心で、とても頼もしく思っています。敢えて言えば、「果たしてこれでいいのか」という追求の気持ちを忘れないでほしい。私たちの世代は、大学生は当然、高校生であっても社会的な問題とか、生き方、働き方まで「これでいいのだろうか」という意識を常に持っていました。私の受け止め方が表層的かもしれませんが、今では「これだけやればいい、これだけ知っていればいい」に変わったような気がします。時代の流れかもしれませんが、私とすれば現状に満足することなく、その先を考えるようにしてほしいと思います。

──ほかにアドバイスがありましたらお願いします。

研究室ではいろんなことを言っています。たとえば「効率的に生きていくだけでなく、志を高く持て」「すべての事象、すべての経験には意味がある」などなど。特に後者は、実験に失敗したとか、投稿論文が却下されたとか、受け入れがたいネガティブなことほど受け入れて、次につながる活力にしてほしいという意味です。

卒業研究で4年生が研究室に入った時に言う言葉ですが、「研究は真剣に。でも深刻にならない」。卒論の研究テーマがなかなかうまく進まずに深刻になる人がいます。特に周りが成功すれば焦ってしまいますね。しかし、私たちスタッフからすれば、テーマが難しければ、ある意味、できなくて当たり前。私自身、最初に述べたように卒論のときは全くお手本の無い研究でもがき苦しみ、何をやっても成果ゼロ。修士論文も満足のいく成果が得られず、博士課程の3年目でようやく一つ成功したくらいですから。卒論では、真剣に取り組んでいるプロセスをわれわれは重要視し、評価するのであって、結果だけを評価するわけではない。研究を進めるうちに、「なぜできないのか」「こうすればいいのではないか」といった考える力や工夫する力がついてくればとても嬉しいことです。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/fsci/zaiken/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる