JST戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究領域「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」において、H27年度新規課題として「軌道/電荷の揺らぎを用いた低熱伝導性 高電気伝導性素子の開発」(研究代表者 勝藤 拓郎)が採択されました。
ご承知のように、環境からエネルギーを得るenergy harvestingが近年注目を集めています。中でも、排熱などを利用して電力を得る熱発電の技術の重要性が増しています。この技術においては、温度差によって起電力が発生する熱起電力という現象を用いますが、材料(熱電材料)としては「ゼーベック係数(温度差に対する起電力の比)が大きく、熱伝導度が小さく、電気伝導度が大きい」ものが発電にとって有利になります。特に熱伝導度が低いことは重要で、熱発電においては熱伝導度がゼロになることによってカルノー効率が達成されることが知られています。
もちろん現実の物質では、熱伝導度をゼロにすることはできません。物質中の熱は電子によって運ばれるものとフォノン(格子振動)によって運ばれるものの2種類がありますが、電子によって運ばれる熱の伝導度(電子熱伝導度)は電気伝導度に比例するというヴィデーマン-フランツ則が、実験的にも理論的にも成り立つことが知られています。したがって、「熱伝導度が小さく電気伝導度が大きい」物質をつくろうと思えば、フォノンによって運ばれる熱の伝導度(フォノン熱伝導度)を低減する他はありません。
こうした問題に対して、我々のグループは「軌道の揺らぎ」を用いてフォノン熱伝導度の低減を図っています。軌道のゆらぎとは多くの人にとってなじみの薄い言葉かもしれません。量子力学によれば、原子の軌道はその形によって(=その角運動量によって)s軌道、p軌道、d軌道などに分けられます。このうちs軌道やp軌道は、固体中においては隣の原子との混成によって遍歴軌道と呼ばれる広がった軌道に変化します。一方、遷移金属中に存在するd軌道は、隣の原子との混成が少ないため、固体中でも局在軌道と呼ばれるもとの原子軌道の性質を保った状態となることが知られています。このとき、d軌道は同じエネルギーを持つ軌道が複数個あるため、電子が同じエネルギーを持つd軌道(縮退したd軌道)のどれを占有するかという自由度が存在します。これを軌道自由度と言います。この自由度が整列した状態を軌道秩序と言います。近年、多くの遷移金属酸化物においてこの軌道秩序状態、すなわち遷移金属のサイトごとに異なるd軌道を電子が占有する状態になることが、我々の研究によって明らかになってきました。
軌道揺らぎとは、このような軌道秩序が起こる前の揺らいだ状態、具体的には軌道秩序が相転移として起こる温度より高温の状態を指します。ここでは、電子が縮退した複数のd軌道の間を揺らいでいます。d軌道は空間的な異方性をもち、縮退した軌道は異なる異方性を持つため、その間を電子が揺らぐということは、電子雲の形が揺らぐことになります。この揺らぎがフォノン(格子振動)を強く散乱するため、フォノン熱伝導度が強く抑制されることが明らかになってきました。
本研究においては、この軌道揺らぎによってフォノン熱伝導度が低減する物質を開発すること、単結晶の微細加工、超格子薄膜の作製等のナノ構造を導入によって更なる熱伝導の低減を図ること、フォノン熱伝導の散乱メカニズムを明らかにすることにより熱伝導の学理を明らかにすること、などを目指します。さらに、軌道自由度がゼーベック係数を増大することも知られているため、こうした研究成果を総合することにより、より効率のよい環境発電を実現するのが最終目標となります。
材研においては、特にパルスレーザーを用いた薄膜や結晶表面における熱伝導度の測定を行います。これは測定技術として大変難しいものですが、基板からの影響をさけた純粋な薄膜の熱伝導度を測定できるという野心的なものであり、「材研だからこそできた研究」と評価されるように頑張りたいと思っています。皆様のご指導ご佃撻を頂ければ誠に幸いです。