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国家権力から私たちの生活を守る“盾”としての刑法 (田山教授)

研究最前線

社会に貢献する最新の研究を取り上げて紹介します。

国家権力から私たちの生活を守る“盾”としての刑法

法学部教授 田山聡美 プロフィール

cn_tayama_eyecatch1996年早稲田大学法学部卒業、1999年同大学大学院法学研究科修士課程修了、2005年博士課程単位取得満期退学。帝京大学専任講師、神奈川大学准教授を経て、2014年早稲田大学法学学術院准教授、2015年より教授。

感情論を超えて社会のあるべき姿を規律

皆さんは、刑法に対してどのような印象をお持ちでしょうか。社会秩序の維持や被害者の権利・利益保護のため、犯罪者を処罰する法律であり、犯罪とは関係のない自分とは縁遠い存在。そう感じる方が多いかもしれません。

私も法律を専門的に学び始めるまで同様の印象を抱いていました。しかし早稲田大学法学部のゼミで、指導教授だった曽根威彦先生の思想に触れて、刑法の捉え方が180度変わったのです。

曽根先生は、刑法が持つ機能のうち、犯罪行為を処罰することで被害者や社会一般の法益を守る「法益保護機能」が、加害者の人権を守る「人権保障機能」と衝突した場合には、後者を優先すべきとの立場を取られています。それが、歴史的教訓より導かれた、刑法のあるべき姿だとされるからです。

これまでに国家権力はしばしば暴走を起こしてきました。時の権力者の意に沿わない人物には、犯罪者のレッテルを貼り、社会的・物理的に抹殺するというのが常套手段だったのです。しかし近代刑法においては、権力はその枠内でしか犯罪者を罰することができません。この人権保障機能を重要視し、運用面においては刑法の適用範囲を最小限にとどめるべきという「謙抑性」を訴える理論が、私には刺激的でした。

刑法とは、被害者の悲しみや怒りといった感情論を超越して、国家権力の濫用から、加害者ひいては社会や私たちの生活そのものを守る盾として存在するもの。その考え方に魅了され、私は刑法学者の道を歩むことに決めました。

ちなみに修士論文では、不法原因給付という民法上の概念と刑法に規定される横領罪を題材に、刑法の謙抑性について論じたのですが(下図参照)、それが評価され早稲田大学の法研論集に掲載されたことが、研究者としての第一歩を踏み出す大きな励みになりました。

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そうした経緯もあり、私は民法との関係が深い横領罪や詐欺罪といった財産犯の分野について研究を進め、現在にいたっています。また、早稲田大学赴任後に初めて担当した経済刑法の分野も、刑法の謙抑性の観点から注目すべき動きが見られるため、今後の研究活動でさらに掘り下げたいと考えています。

※ 賭博や賄賂などの不法な原因に基づいてなされた給付のこと

対立する理論への理解が自分の主張を通す一歩

法学の特徴として、膨大な条文や判例、学説、専門用語が存在するため、若い人を中心に敬遠する方が増えています。ただ、私自身は授業でこうした細かな知識を覚えてもらうことが第一優先とは考えていません。法律のより本質的な部分や説得的な弁論方法などを通じて、社会のあり方、あるいは人とのコミュニケーション方法について考え、実生活に生かしてほしいと思っています。

ゼミでは特に、「相手の主張を理解する」「物事を多角的に見る」「犯罪者に対しても理解を」といった点について強調しています。なかでも、相手の主張を理解するというのは法廷活動の基本といえます。弁護士と検事が対立する論を張るなか、自分の意見を突き通すだけでは、説得力のある理論展開はできないからです。きちんと相手の主張を押さえた上で、それを覆す理論を組み立てて初めて、強い説得性が備わるのです。こうした習慣を身に付けておけば、仕事や生活で広く役立てられるはずです。

また最近、社会では被害者感情にフォーカスしたり、凶悪犯罪の増加を印象づけたりする扇情的な報道の影響もあって、厳罰化を求める声が強くなっています。しかし、戦後の日本では強盗や殺人など、凶悪犯罪の数は減少傾向にあります(グラフ参照)。そうであるにもかかわらず、世論に後押しされるかたちで国は相次ぐ法改正を行っています。でも実はこうした刑法の厳罰化が国家権力の濫用と結びつくことで、私たちの生活を脅かす可能性がないともいえないのです。私は授業を通じて、そうしたことを学生たちに伝えられるよう心がけています。

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多様な人材が活躍できるように

研究・教育活動の一方で、もう一つ私が負うべき重要な役割があると考えています。私は今、プライベートでは2人の子どもの母親であり、子育てに多くの時間を費やしています。ただ以前は、職場で子どもの話をすることは極力控えていました。

研究にあてるべき時間を出産・育児に取られてきたという負い目。遅出や早退の理由が子どもの体調不良だと、「これだから」と言われてしまうのではないかという恐れ。そうしたことから意識的に話題を避けてきたのです。

しかし、社会でダイバーシティーといった言葉が広がっているように、大学でも性別やライフステージに関係なく多様な人材が活躍すべき時代となりつつあります。私自身、子育て経験によって通常の研究活動では得られない視点・考えが養われていることを実感しており、それが私の武器になると捉えています。

そのため最近は、研究・教育活動に従事しながら子育てや介護にあたる人でも活躍できる環境を開拓するつもりで、周囲への理解促進のため敢えて子どもの話をするようになりました。

特に法学は数ある学問のなかでも、まだまだ女性学者の少ない分野です。しかし、もともと法律は生活に広く関係するものであるため、立法や司法、研究などあらゆる分野で女性が増えることが期待されます。私の姿を見て、より多くの女子学生たちが進路先として興味を持ってくれると、うれしいですね。

早稲田のポジション向上にも貢献したい

また法学部を目指したいという高校生がそもそも減ってきています。理由は、やはり垣根が高いと感じられるからでしょうか。しかし法学部での学びで得られる“法的感覚”は、法曹界などの専門職に限らず、社会に出たら広く役立てられるもの。例えば会社で不利益を受けても、ここは泣き寝入りすべきではないといった判断ができるようになり、自分の身を守ることにつながります。

そうしたことをアピールすることで法学の魅力を伝えつつ、早稲田大学の強みや独自性をアピールすることで、日本の法学分野におけるポジション向上も目指したいと考えています。

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