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「ロシア文学の森から、「今ここ」とは違う世界を想像する」文化構想学部 松下隆志教授(新任教員紹介)

「ロシア文学の森から、「今ここ」とは違う世界を想像する」文化構想学部 松下隆志教授(新任教員紹介)
Posted
Mon, 08 Jun 2026

自己紹介

私はおもに現代ロシアの文学や文化の研究をしています。高校生の頃に『罪と罰』を読んで衝撃を受け、ドストエフスキーの小説に耽溺したことがきっかけでした。大学ではドストエフスキー研究をしたいと意気込み、地元大阪から遠く離れた北の大地へはるばる渡りましたが、ひたすら大学の図書館にこもってさまざまな文学書や哲学書を読み漁っているうちに、関心は次第に現代へと移り、卒論ではウラジーミル・ソローキンの『青い脂』というかなり奇想天外な作品を取り上げました。「現代文学のモンスター」という異名を持つソローキンは、当時はまだカルト的な作家で、「専門はソローキンです」なんて言うと、偉い先生から冗談まじりに「ご愁傷様」と言葉をかけられたものです。とはいえ、今や現代ロシアを代表する作家の一人としてノーベル文学賞候補にも名前が挙がるほどですので、研究においては(研究に限らずですが)、いたずらに周囲の声に惑わされず、自分の直観を信じることが何よりも大事だと思います。

ドストエフスキーが「地球上でもっとも抽象的で人工的な都市」と呼んだサンクト・ペテルブルグ。博士課程時代に一年間滞在した。

さらに幸運だったのは、大学院生時代から研究と並行してソローキン作品の翻訳に従事できたことです。ロシア留学中にはデンマークで開催されたソローキンのシンポジウムに参加して作家本人と知り合う機会に恵まれ、その縁もあって2013年に来日が実現し、早稲田大学戸山キャンパスで作家の藤野可織さんをまじえて公開トークが行われました。「現代文学のモンスター」の話を聴こうと300名以上入る大教室に収まりきらないほどの聴衆が集まり、あのとてつもない熱気は今でも忘れられません。もちろん、当時は自分が将来早稲田大学で教鞭を執ることになるとは想像もしていませんでしたし、思えば不思議な巡り合わせです。

現在翻訳中の近未来のロシアを舞台にしたソローキンの連作。左『ドクトル・ガーリン』、右『吹雪』(ともに河出書房新社)。

 

私の専門分野、ここが面白い!

私が研究・翻訳の両面で取り組んでいるソローキンは、よく比較されるヴィクトル・ペレーヴィンと並んで、現代ロシアのいわゆるポストモダン文学を代表する作家の一人です。ポストモダニズムはもともと1980年代に欧米で流行した思想・文化潮流ですが、後に日本で東浩紀がオタク文化を軸に独自のポストモダン論を展開したように、ロシアでも独自の展開が見られました。たとえば、ミハイル・エプシテインという批評家は、ジャン・ボードリヤールのシミュラークル論を援用しながら、ソ連社会をディズニーランドになぞらえ、実体を持たない記号(イデオロギー)の集積からまったく新たな現実を創出する共産主義にポストモダン的なハイパーリアリティ(超現実性)を見出しました。

こうした理論の実践とも言えるソローキンの『ロマン』という作品では、途中まではトゥルゲーネフやチェーホフの作品を髣髴とさせる19世紀リアリズムさながらの重厚な物語が紡がれますが、後半で物語は突如暗転し、主人公ロマンが物語の全登場人物を斧で斬殺したうえ自殺し、それと並行して文章からは段落が消え、接続詞が消え、テクストは目的語も修飾語もない果てしない主語と動詞の反復と化してしまいます。この極めて前衛的で破壊的な作品で作者は、ロシア文学の伝統であるロマン(=長編小説)の死を宣告するとともに、ロシア文学が持つある種のハイパーリアルな自律性とでも言うべきものを、逆説的な形で浮かび上がらせているのです。

20世紀のアメリカを代表する作家であるカート・ヴォネガットは、ある小説の中で、人生について知るべきことはすべてドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にあるが、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」と書いています。ひるがえって、21世紀の現在はどうでしょうか? 欲しいものや知りたい情報は(ほぼ)すべて、家にいながらネットや動画やSNSを通じてすぐに手に入れることができます。近い将来、個人の生き方や人生の意味もAIに教えられるようになる日がやって来るかもしれません。しかし私は、そうやって世の中が手軽で便利になればなるほど、「だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」と言いたくなる気持ちがどこからかふつふつとわいてくるのを感じるのです。

かつて、ドストエフスキーを読むことはたんなる読書を超えた「体験」と呼ばれました。私たちの常識を揺さぶり、ときにそれを軽々と踏み越えてしまうロシア文学は、ファストフードのように簡単に噛みこなすことはできませんが、だからこそ挑みがいがあります。「今ここ」とは違うもう一つの現実にいざなうロシア文学の深い森へと、少しでも多くの皆さんが足を踏み入れてくださることを願っています。

ロシアのファッションに関する調査で訪れたエカテリンブルグのエリツィン・センター。近年は文学だけでなくポップカルチャーの研究にも関心を持っている。

プロフィール

まつした たかし。北海道大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(学術)。岩手大学准教授を経て、2026年4月より現職。著書『ロシア文学の怪物たち』(書肆侃侃房、2024年)、『ナショナルな欲望のゆくえ──ソ連後のロシア文学を読み解く』(共和国、2020年)、訳書ウラジーミル・ソローキン『ドクトル・ガーリン』(河出書房新社、2025年)、ユーリー・マムレーエフ『穴持たずども』(白水社、2024年)、ザミャーチン『われら』(光文社古典新訳文庫、2019年)など。

(2026年6月作成)