School of Culture, Media and Society早稲田大学 文化構想学部

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参加報告「バーミンガム大学シェイクスピア・インスティテュート木曜セミナー」

2016年の共同研究の戦略パートナーシップ締結以降、両校は多くの分野で共同研究が進んでいます。11月26日(月)~27日(火)に開催するイベント「早稲田大学におけるバーミンガム大学デー」に先立ち、昨年秋にバーミンガム大学にて開催された「木曜セミナー」に本学文学学術院児玉竜一教授が参加して参りました。以下報告書をご参照ください。

SGU国際日本学拠点共催イベント

「バーミンガム大学シェイクスピア・インスティテュート木曜セミナー」

 

イギリスはバーミンガム大学に置かれているシェイクスピア・インスティテュートは世界有数のシェイクスピア研究施設として、シェイクスピアの故郷、ストラットフォード・アポン・エイヴォンに本拠地を構えている。大学院の修士レベルから博士レベル以上の研究者の育成を中心に、業界屈指の教員陣(研究者)が多く所属している。在学生のカリキュラムの一環として、毎週木曜日に行われる講演会への参加が勧められており、近隣に住む一般人・卒業生なども参加するイベントには、初回を除き外部からの招聘教員が招かれる。10月5日(2017-8年度第二回)に本学の児玉竜一教授をお招きいただいたことから、当地でSGU国際日本学拠点との共催が実現された。なお、昨年逝去された演出家の蜷川幸雄氏に触れる講演内容であったため、同演出家との親交の深かった朝日新聞記者の山口宏子氏にもご登壇いただいた。

児玉竜一教授は文学学術院教授であり、現在は坪内博士記念演劇博物館の副館長を勤めておられる。ご専門は歌舞伎・浄瑠璃 歌舞伎を中心とする日本の古典演劇、19世紀から20世紀にかけての日本の近代芸能に造詣が深く、演劇批評も手がける。山口宏子氏は朝日新聞社に入社後、演劇の取材と劇評を担当され、早稲田大学演劇博物館(現坪内博士演劇博物館)の客員研究員を勤められたご経験を持つ。蜷川幸雄氏との交流については、『蜷川幸雄の仕事』(新潮社とんぼの本)で取材・構成・執筆を担ったことなどから窺える。

児玉竜一教授

英語で行われた講演は1929年に設立された坪内博士演劇博物館への言及から始まり、設立のきっかけが坪内逍遥の古希(70歳)とシェイクスピア全戯曲の翻訳の完成を祝してのこととされた。転じて、エドワード・リットン(Edward Lytton)による1840年の『マネー』を河竹黙阿弥が1879年に『人間万事金世中』として歌舞伎翻案したことは、当時の外国作品がどのように日本で受容されていたかを示すとされた。その手法としては物語の本筋を残しつつも、登場人物の名前と場所設定を変更するというものが挙げられた。これは後に坪内逍遥が実践した直接翻訳とは異なり、作品をより日本化したものと考えられた。

こうした翻訳と翻案の区別があるのかで蜷川幸雄のシェイクスピア劇、特に『NINAGAWAマクベス』(1980年初演、1985年再演、同年オランダ・スコットランド公演、1987年イギリス公演、1989年再演、1990年アメリカ・カナダ公演、1992年シンガポール公演、1997-8年再演、2015年再演、2017年再演)は特異なものと指摘された。本来であれば時代設定を16世紀の日本に変更した際、黒澤明が『蜘蛛巣城』で行ったように、登場人物の名前も日本化されるところが、蜷川幸雄はそれをやらず、呼び名はシェイクスピアの原作を踏襲している。役者が白人化を目指すことが多かった1960年代前の日本演劇界を鑑みると、蜷川幸雄が1980年に行った演出上のアプローチは、翻案がどのように変わってきたのかを示しているとされた。

1987年に初めてロンドンで公演された『NINAGAWAマクベス』はガーディアン社の劇評でマイケル・ビリントンに‘Rising sun’(日の出)と賞賛され、それはまさしく高度経済成長期であった日本を象徴するような舞台として、そうした時流の中で受け入れられる作品であったことが窺われた。爾来同バージョンはしばらく封印され、2015年の再演は蜷川幸雄がリハーサルから千秋楽まで参加できた最期の演目となった。この背景も合わさり、ロンドンでの追悼公演も一定の成功は納めると考えられるものの、日本の状況の変化(経済面と生活面)なども指摘された。つまり演出に使われている和風のコンセプトの幾つかは、もはや日本的とは言えなくなっているのが現状とされた。例えば家庭内に仏壇を持ち、扉を開けることで死後の世界とつながりを持つ考え方などは、現代人の生活からは消えつつあると言っても過言ではない提言された。とはいえそうした精神こそ日本人の懐古的な感性を刺激することも予想され、『NINAGAWAマクベス』は今日の日本にとっては一般的でありながら特異という作品になり、時代、地域、生活習慣の変化した今日に日本人にどのように受容されるか、またイギリスでどのような評価を受けるか知ることこそ興味深いとされた。

講演はここから日本語・通訳を併用し、舞台写真や公演の収録映像などの紹介と解説が行われた。

1985年に初演された『NINAGAWAマクベス』のオープニングシーンから、三姉妹が男性俳優たち、特にその中の1人が歌舞伎の女方(嵐徳三郎)によって演じられていたことが解説された。本年のプロダクションでは中村京蔵が同役を担っているのだが、実は『NINAGAWAマクベス』の中に込められた歌舞伎的要素はこれに限るとされた。観客たちが歌舞伎の雰囲気を感じる理由として、時代背景が歌舞伎発祥の頃とされているために、その土壌が舞台に込められている点が挙げられた。

続いて蜷川演出の『ハムレット』が紹介され、ひな壇状にセットが組む特徴的な演出が映像で見せられた。それ以外にも、前の世代のキャラクターに古い日本語を、現世代の登場人物には現代日本を話させるという演出も注目された。一本の演目の中に異なる翻訳台本を用いて、登場人物たちを差別化することは非常に稀なケースと考えてよい。

対照的に完全に歌舞伎化された『ハムレット』も例として挙げられた。今回は主人公のハムレットとヒロインのオフィーリアが1人の役者(市川染五郎)によって演じられ、役の交代を歌舞伎特有の早変わりで実践していた。ここに登場していた市川染五郎の父は9代目松本幸四郎となり、その父もオセローを演じたことから、世界を見渡して見ても、オセローの役を三代に渡って演じた家庭があるだろうかと紹介された。歌舞伎の世界では当たり役を代々受け継ぐ伝統があり、それがシェイクスピアでも実現されたということは非常に興味深い。

次に映し出された『ヴェニスの商人』は前進座の俳優たちの第二世代によって作られ、早稲田大学演劇博物館に残されている初演の映像に倣って、90年代に全時代的な表象を行った例として注目された。近年の企画として早稲田大学小野梓講堂で行なわれた朗読会も紹介され、女方として『NINAGAWAマクベス』出演中の中村京蔵が男役のシャイロックを演じた珍しい例として見せられた。ここから伺える実態は、歌舞伎役者の演技の幅と、歌舞伎自体の演劇としての幅を象徴するようなものであった。歌舞伎に限らず、日本の伝統芸能にはそのような許容力のようなものがあり、それを現代でも見ることができる。『NINAGAWAマクベス』で実践された仏壇を開けて始まり、閉じて終わるという演出は、万物の循環性を象徴しており、歌舞伎よりも能のコンセプトに近いものがある。演者と楽団の入退場で劇が完結する能の流れは、シェイクスピアの元々の上演スタイルに似通うところがあり、意外な共通点というのは不意に見つかることが多いとされた。

最後にこのような見地も考慮に入れながら、ますます日本のシェイクスピア本案への興味が会場に訴えられた。

山口氏は演劇の記者として、蜷川幸雄との交流はおよそ30年にもなる。講演では人物としての蜷川幸雄と彼の作品の演劇性に焦点を当てた。まず自著の表紙写真が闘病中の姿を撮影したものになっている点から、自身の境遇を隠さない蜷川氏の実直な姿勢を見た。

蜷川氏は非常に多作だったことで知られているが、講演では三つの要素に集約して話が展開された。それらは日本でもっとも有名な演出家としての活動、続いて公共劇場である彩の国さいたま劇場の芸術監督として、また商業劇場シアター・コクーンの芸術監督として活動、そして彩の国さいたま劇場で二つの劇団を運用していたことに分類される。若かりし頃、画家を目指していた蜷川氏は、東京芸術大学の受験不合格をきっかけに劇団青俳に俳優として加わることになった。劇団の方向性にズレを感じた蜷川氏は、1967年に現代人劇場を立ち上げた。1969年には『真情あふるる軽薄さ』を演出し、これが本格的な演出家としてのスタートとなった。本作の特徴としては、舞台上に階段が設置され、高齢の役者たちが整然と立ち並ぶのに対し、若い俳優たちが階段上の面々を嘲笑する演出だった。劇の前半部分で許容されていた若者たちも、後半では抑圧され、最終的には殺されてしまうという展開は、当時の学生運動などを象徴するものであった。すなわち劇場の中で起こっていたことは、劇場の外で起こっていた出来事を反映するもので、演目の終わりで暗転が明けると警察に扮した俳優たちが劇場を囲んでおり、現実世界さながらの暴動と混乱が劇場にいた観客によって引き起こされたという。劇場の外と中を結びつけ、観客を刺戟し、引き込むスタイルこそ、蜷川演劇の中核であり、同氏のアプローチ方法を理解する上で非常に重要となる。

日本の政治的状況が落ち着いてくるとともに蜷川氏の演出にも変化が見られ、その頃『ロミオとジュリエット』の演出の話が舞い込んでくる。依頼元が大手の商業劇団だったため、旧知の団員からは批判的な目を向けられるようになり、劇団は解散することとなった。現九代目松本幸四郎をロミオとして演出した本作品に日本的な要素はないが、すでに蜷川氏の考えるシェイクスピア劇の要素が込められていた。ここでも階段が舞台装置として利用され、高貴な人物を上段に、下段には貧しい人物を配置し、二人の若者の恋愛を名もなき市民たちに見させる演出が用いられた。ここにはロミオとジュリエットのような恋愛は誰にも起こるものではなく、選ばれた人間にのみ訪れるものだからこそ伝説的な物語となったという蜷川氏の解釈が反映されている。

当時の日本の一般的シェイクスピア演劇は、教養のある人間が静観するものとイメージされていたが、蜷川氏は物語の面白みに注目し、よりダイナミックな登場人物たちの描写を目指した。この取り組みは大型の商業劇場の演出は異なるものであったため、賛否両論を呼んだものの、観客からの絶大な支持を得た蜷川氏は、次々に演出作品を発表していくようになった。1980年代になると日本での公演に留まらず、海外に演目を発信していき、今後の活動の基盤を築いた。

シェイクスピア演劇をイギリスの難しい古典としてではなく、日本人にも納得されるような演出を志し、視覚的な美と物語の面白みを出す点が重要視されていた。その象徴的な作品が『NINAGAWAマクベス』となる。彩の国さいたま劇場では、シェイクスピアの全作品を上演するプロジェクトもあり、32作品を演出したところで途切れてしまったが、その中にはオールメイルキャストの演出も含まれていた。そこでは芸能としての猥雑な部分を見せることも蜷川氏は尊重していた。こうしたアプローチには常に観客を楽しませるという基本理念に支えられていたようである。2012年に日本だけではなく、ロンドンでも公演を行った『シンベリン』はキャスティングに特殊性があったわけでも、過度に日本化されたわけではなかった。しかし、2011年の東日本大震災を受け、物語の結末で家族が再会する内容を日本国民求めているという主張が、蜷川氏の演出には込められていた。すなわち、演出作品全般に言えることは、イギリスの古典と現代日本をどのように結びつけるかで、それが海外の観客たちの興味を惹いたという点である。

ギリシア悲劇においては、コロス(合唱隊)を民衆として扱うことが蜷川演出の特徴として挙げられ、戯曲と演出の有機的に混合されているように思われた。日本とイスラエルの国交60周年を記念して2012年に上演された『トロイアの女たち』では、蜷川氏のこだわりとして、日本人とイスラエル人のキャストの中にアラブ人も参加させるということだった。イスラエルにおいてマイノリティーにあたるアラブ人を平等に演目に加えることで、祖国における環境に多少なりとも力添えができないかと考えられた配役だったという。ここにはアジア人として演出に取り組む蜷川氏の姿も垣間見られた。

晩年の活動として、彩の国さいたま劇場に高齢者に限定して団員を構成したゴールドシアターというものが重要視される。団員たちは単純に老いた俳優なのではなく、演劇未経験者という特徴までも持っていた。その理由としては、一般人として長年生きてきた彼らの中に堆積したそれぞれの経験を演劇に加えることで、新しい舞台を創り出そうとした点が挙げられる。これに並行して運営されていたネクストシアターという二十代の俳優に限定した劇団もあり、ゴールドシアターと協力して演目を完成させることもあった。中でも注目されるのが2015年の『リチャード二世』であり、ここには蜷川氏の積み上げてきたシェイクスピアが多岐にわたって込められていた。特に「開幕3分で観客をどこか遠い世界に連れて行かなければならない」という理念は色濃く、同作では当時蜷川氏も使っていた車椅子に乗った俳優を多く配置し、イギリスの王族の物語を日本の高齢な家族に移し替えて表現していた。こうして蜷川氏の演出スタイルを初期から晩年まで紹介することで、同氏演出の特徴や裏に込められているものが少しでも伝われば幸いであるとして、講演は締めくくられた。

二つの講演後には盛んな質疑応答が展開され、シェイクスピア研究所の恒例であるレクチャー後のお茶会でも和気藹々とした雰囲気の中で情報交換は続き、盛況の中、一連の企画は終了した。

 

児玉竜一教授講演-同時通訳 梅宮悠(本学文学学術院講師)
山口宏子氏講演-同時通訳 本山哲人(本学法学学術院教授)、ロザリンド・フィールディング(シェイクスピア・インス    ティテュート博士課程)

 

 

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