- 東京都立国際高等学校 2006年3月卒業
- 早稲田大学国際教養学部 2010年9月卒業
- 名古屋工業大学 准教授 2020年4月~
この原稿の依頼に先立つ数ヶ月前、偶然にも、「早稲田を見てみたい」という夫と息子を連れて早稲田を久しぶりに訪ねていました。大学は夏季休暇中で、残暑の感じられる雨の日だったせいか人は少なく、のんびりと思い出の場所を辿ることができました。ただその時に不思議に思ったのは、学生の頃に比べて大学が小さく感じられたことです。後から気が付いたのは、学生の時に感じた大学の大きさは人に由来するものだったということでした。
SILSには多様性豊かな教員と学生がいます。科目は多分野から選ぶことができ、様々なバックグラウンドをもつ教員の授業には世界を意識させる広がりがあります。そしてまた同級生には、2年次での留学や卒業後の進路について多種多様な計画・期待を抱いた学生・留学生がいます。このようにSILSは良い意味で特殊な環境ですが、学生はそこから一歩外に出て、歴史ある早稲田の他学部の講義を受講することもできます(私も在学中、全学オープン科目や他学部の講義を受講し、しばしば先生に許可をいただいた上で「もぐる」(履修登録をせず聴講する)こともありました。そこでも様々な人に出会うことができました)。
そしてやはりSILSの面白さは、さらに外に出て留学をすることが基本のカリキュラムとなっていることでしょう。私の在学時にはちょうどシンガポール国立大学(NUS)と早稲田大学との間でダブルディグリー・プログラムが締結され、私はプログラムの1期生として2年間NUSで学ぶ機会をいただきました。当時環境問題にどう取り組むべきかを考えていた私は、NUSで理学部の生命科学専攻に入り、遺伝学や生化学・生態学などの講義を履修し、卒業前には学部生に各研究室の研究に参加する機会を与えるUndergraduate Research Opportunities Programme in Scienceというプログラムの一環で、シンガポール周辺のマングローブ種の遺伝的多様性の研究に携わらせていただきました。学生間の競争が激しく、定期試験に向けた勉強は厳しくもありましたが、友人と一緒に切磋琢磨した日々は一生の宝物となっています。
SILSのような教養系の学部には、専門のある学部に比べて各分野の学びが浅くなりがちであるという弱みもあります。しかしまた教養系学部は、入学後に自分で自分の専門を作り上げることができる場所でもあります。SILSでは留学後にゼミの選択がありますが、私は生態学の勉強・研究を通して人間の環境の認識や環境との関わりに興味をもつようになり、当時SILSで教鞭をとっていらっしゃった竹田青嗣先生の哲学(現象学)のゼミに参加させていただきました。同級生や先輩・後輩と輪読会で哲学書を読んだり、ゼミや合宿で考えをぶつけ合ったりした経験は今の土台となっています。お忙しい中輪読会を頻繁に開催しご指導くださった先生には、心から感謝しています。
現在、私は名古屋工業大学で「技術と倫理」や「宗教文化論」といった授業を担当しながら研究をしています。研究分野は主に環境倫理学・技術哲学で、特に近代日本哲学の知見からこれらの分野に貢献しようと取り組んでいます。研究を進めれば進めるほど、環境や技術、善悪、責任などについての新たな見方が得られるのが今の仕事のやりがいです。また教育の場面では、授業を通して世界が広がり、多角的な視点から物事を捉えるよう心掛けるようになったという学生の言葉が喜びとなっています。研究においては海外の文献の調査や国際学会への参加が頻繁にあり、加えて教育においては他国の状況について言及することも多く、SILSや留学先での経験は大いに役立っています。
上述の流れで進路はあまり迷うことなく決まりましたが、研究者になるにあたって苦労したことは専門分野の知の習得です。先に述べたように、教養系学部は他の学部に比べて各分野の学びが浅くなりがちで、深く学ぼうとする際には自力で遅れを挽回する意識が必要となります。SILSなら在学中に英語文献などを読む力は一定程度養われますので、後は主体的に課外の時間に学ぶことが求められます。
そして現在思うのは、学びは早くから始めるに越したことはないということです(私の場合は遅かったと常々悔やまれます)。これを読んだ高校生の方には、是非今の貴重な時間を大切に学びに充ててもらえたらと思います。学びは書物から得るのがやはりどの分野でも基本とはなりますが、その書物が置かれる文脈を形成する人との出会いも重要です。同じ書物が、その著者との出会いの後には光って見えることもあります。同じ書物が、それが書かれた国の人との出会いの後には香りを放つこともあります。書物との出会い、人との出会いを今から積極的に求め、世界を広げていってください。SILSに入学した際には、それまでの学びで培った知があなたの世界を更に豊かにするための土壌となり、同級生にとってもあなたが世界へとつながる扉となるでしょう。
掲載情報は、取材時点のものになります。