銀河宇宙線ヘリウム 高精度観測に成功

銀河宇宙線のヘリウム成分を250テラ電子ボルトまで直接観測に成功
30テラ電子ボルト以上でスペクトル軟化の兆候を検出

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟搭載高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による測定

発表のポイント

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、銀河宇宙線の一つであるヘリウムのエネルギースペクトルを250テラ電子ボルトまで高精度に観測することに成功し、30テラ電子ボルト以上でエネルギー軟化の兆候を検出しました。
陽子とヘリウムは核子当たりのエネルギーで60テラ電子ボルトまで、スペクトルの冪の変化においては同様な構造を持つことがわかりました。
一方で、冪の傾きが陽子とヘリウムでは異なっていることから高エネルギー領域では何か異なる加速・伝播機構がある可能性が生じたため、その理論的な検証が求められています。

図 「きぼう」船外実験プラットフォームに設置されたCALETの様子。(画像出典JAXA/NASA)

早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員 小林兼好(こばやしかずよし)早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居祥二(とりいしょうじ)、シエナ大学研究員 Paolo Brogi、と宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関、イタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)は、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(以下、CALET*1:高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線*2のヘリウムのエネルギースペクトル*3を250テラ電子ボルトまで高精度に観測し、30テラ電子ボルト*4以上の領域でエネルギースペクトル軟化*5の兆候を観測しました。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2023年4月27日(木)<現地時間>にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

宇宙線は星の進化の過程で生成された元素が、特にその最終段階で超新星爆発などにより宇宙空間にばら撒かれ、超新星残骸で生成された衝撃波によって加速されると考えられています*6。しかし、この衝撃波加速やその後の宇宙空間への拡散などについては、まだまだ不明な部分が多く、その解明には宇宙線諸成分のエネルギースペクトルの高精度観測が不可欠です。

宇宙線の生成、加速、伝搬過程は「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という”標準モデル”による理解が進められてきました。このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪(べき)型のスペクトル*7が予測されます。しかし、この予測に反する数100ギガ電子ボルトにおけるスペクトルの単一冪からのズレとして、宇宙線の主成分である陽子やいくつかの原子核についてはテラ電子ボルト領域に至る漸次的な「スペクトル硬化*8」が報告されています。これは”標準モデル”では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。

「きぼう」で定常観測を継続するCALETはこれまでの実験に比べ、高精度なエネルギースペクトルの直接観測に成功してきました*9。既に陽子を始め、ホウ素、炭素、酸素でスペクトル硬化を報告しており、スペクトル硬化の高精度観測に注目が集まっています。さらに陽子ではエネルギーのより高い領域で「スペクトル軟化」も観測され、昨年発表しました。

近年の目覚ましい発展により明らかになってきた、エックス線やガンマ線を含む宇宙における高エネルギー放射の最終的な理解には、その源となっている荷電宇宙線の理解が必須となります。これは、電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

陽子ではエネルギーの高い領域で新たにスペクトル軟化が観測されましたが、陽子固有の現象なのか、スペクトル硬化のように複数の原子核で共通の現象なのか、陽子の次に重い原子核、ヘリウムにも同様にスペクトル軟化の傾向があるのかが注目されています。2021年にはDAMPE(DArk Matter Particle Explore)*10実験によりヘリウムのテラ電子ボルト領域に至る漸次的なスペクトル硬化および30テラ電子ボルト付近からスペクトル軟化の兆候が報告されました。そこで今回我々はヘリウムの高精度解析を行い、40ギガ電子ボルトから250テラ電子ボルト*2と、DAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高いエネルギー領域まで、宇宙線ヘリウムスペクトル*3、4の高精度直接観測に成功しました。

CALETによって科学観測を開始した2015年10月13日から2022年4月30日までのデータを用いて、測定されたヘリウムのエネルギースペクトルを図1に示しました(赤点)。灰色のバンドはCALETの観測に伴う現時点での系統誤差を含む全誤差です。青色で示したDAMPE実験とは絶対値も誤差の範囲内で一致しています。さらにDAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高い、250テラ電子ボルトまでスペクトル軟化の傾向が続いていることを明らかにしました。

図2では昨年発表した陽子のデータを用い、陽子とヘリウムの比の核子当たりのエネルギースペクトルを示しました(赤点)。先行実験から大幅に誤差を縮小し、傾きが大きく変わることなく核子当たり60テラ電子ボルトを超える領域まで続くことがわかりました。また、図からわかるように、エネルギーの増大とともに陽子に対するヘリウム割合が増えていることがわかります。”標準モデル”からは変化しないことが予測されることから、陽子とヘリウムには高エネルギー領域では何か異なる加速・伝播機構があるということを示唆しており、今後に理論的な検証が必要な課題となっています。

(3)そのために新しく開発した手法

CALET は世界で初めて宇宙機に搭載された宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。これまでは磁石を採用したマグネットスペクトロメータ型のPAMELA とAMS-02 が、電荷の正負の判定による反粒子を含む観測に現在成果を挙げていますが、カロリメータ型装置は、電荷の正負の判定ができないものの、よりエネルギーの高いテラ電子ボルト以上まで可能です。CALETはこれまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域での観測を行い、ヘリウムのスペクトル軟化兆候を得ることができました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究グループによる今回の成果は、CALETが昨年発表した宇宙線の主成分である陽子の10テラ電子ボルト以上でのスペクトルの軟化に続き、ヘリウムでもスペクトルの軟化が起こっている兆候を観測しました。陽子とヘリウムは核子当たりのエネルギーで250テラ電子ボルトまで、スペクトルの冪の変化においては同様な構造を持つことがわかりました。スペクトルの軟化が何らかの共通の原因で陽子とヘリウムで起こっており、今後、宇宙線の加速・伝搬機構の議論が活発化することが予想されます。

(5)今後の課題

スペクトル硬化の現象はこれで陽子、ヘリウム、ホウ素、炭素、酸素で観測されました。これまでの宇宙線加速・伝播機構の理論的解釈では、”標準モデル”により説明することが難しく、新たな加速もしくは伝播機構による解明が急がれています。今のところCALETでは酸素より重い原子核である、鉄、ニッケルでは観測されておらず、より高いエネルギー領域でスペクトル硬化が起こるのか、検証を進めてきます。

一方で、陽子、ヘリウムのスペクトル軟化の1つの解釈として、”標準モデル”による超新星残骸における衝撃波加速は、電荷に比例した加速限界を予見します。超新星残骸で達成可能な最高エネルギーは典型的に、陽子で60テラ電子ボルト、ヘリウムで120テラ電子ボルトと見積られています。一方で地上観測実験により3ペタ電子ボルト付近でスペクトル軟化(スペクトルの形状が足の膝に似ているので、ニー:Kneeと呼ばれている。) が測定されています。これは超新星残骸での衝撃波加速が限界を迎え、宇宙線組成が電荷に比例して軽原子核からより重原子核へシフトすることによる構造と考えられています。地上観測実験では粒子の判別が困難なため、上記の超新星残骸モデルの検証には、陽子、ヘリウムを始めとする原子核の系統的なスペクトル軟化を宇宙空間で計測するCALETによる観測は決定的な役割を果たすことができます。

CALETは今後、さらにデータを蓄積し、また高エネルギー側での系統誤差を減らすことにより、酸素よりも重い重原子核成分の核子あたり10テラ電子ボルト付近でのエネルギー硬化、また核子あたり10テラ電子ボルトを超えるエネルギー領域の陽子・ヘリウムスペクトル軟化を高精度に決定することで、さらなる宇宙線加速、伝搬機構の検証を目指します。

(6)研究者のコメント

本研究で観測しているエネルギー領域の宇宙線は超新星爆発が起因で、地球に届く過程で加速、伝搬が起こり地球にたどり着くため、宇宙線を観測すると宇宙の多くのことがわかります。CALETでの観測で電子、陽子、今回のヘリウムを始めさまざまな原子核でのスペクトルを解明してきました。これからも安定的な観測を続け宇宙の謎を解明していきたいと考えています。

(7)用語解説

1:CALET(高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)

2015年8月にISS・「きぼう」に搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始した宇宙線電子望遠鏡「CALET」は、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験で、すでに7年以上安定的な観測を行っています。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置ですが、確実な電荷決定と広いエネルギー測定範囲により、陽子や原子核成分の観測にも強力な性能を有しています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図3のように3つの層からできています。

図3の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、入射粒子の電荷を測定します。第2の層(IMC)では、主に粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線についてかなり広範囲に理解することが可能と考えています。特に第三の層の厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まります。CALETはとりわけこの点においてCALET以前の観測装置に比べて高い性能を保有しています。

2:宇宙線

宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは原子よりもさらに小さい陽子や電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。

3:スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギーになるにつれ急激に流束が減少します。

4:電子ボルト

エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。

5:スペクトル軟化

スペクトル硬化とは逆に、冪の絶対値が大きくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことを示します。

6:宇宙線加速

高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。

7: 冪型スペクトル

変数xに対しする分布関数がxα になる分布を、冪の値がαの冪関数型分布と呼びます。変数をエネルギー(E)にとった場合の流束の分布をエネルギースペクトルと言い、宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、Eγで表されます。冪の値はマイナスでγの値は2.7程度であるので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。

8:スペクトル硬化

冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。

9:これまでのCALETによる宇宙線諸成分(電子、水素(陽子)、炭素、水素、鉄、ニッケルなど)の観測
10: DAMPE

中国科学院が2015年12月に打ち上げた宇宙線観測を目的とした初めての科学観測衛星。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Letters 130, 171002, (2023)
論文名:Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
執筆者名(所属機関名):O. Adriani et al. (CALET Collaboration), Corresponding Authors: K. Kobayashi, P. Brogi
掲載日時(現地時間):2023年4月27日(木)
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.130.171002#fulltext
DOI10.1103/PhysRevLett.130.171002

(9)研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:CALET長期観測による銀河宇宙線の期限解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名):鳥居祥二(早稲田大学)

 

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