国際宇宙ステーション搭載の高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による測定
宇宙線が銀河系内を伝播する様子の高精度観測に成功
発表のポイント
国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、宇宙線が銀河系内を伝播する間に生成されるホウ素の流量をTeV領域まで高精度に観測しました。
宇宙線が銀河系内を伝播する距離・時間の正確な観測には広いエネルギー領域での原子核の高精度な測定が望まれる一方、ホウ素の高エネルギー(TeV)領域での観測が困難な状況でした。
今回の観測成功により、これまで十分には解明されていなかった、星の元素合成では生成されないホウ素の宇宙空間における生成メカニズムの解明に重要な貢献が期待されています。
早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員(研究院准教授) 赤池 陽水(あかいけ ようすい)、早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居 祥二(とりい しょうじ)、イタリア・シエナ大学研究員 Paolo Maestroらは、神奈川大学、立命館大学、東京大学宇宙線研究所、弘前大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関とのイタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)として、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET、※1)がホウ素の流量をテラ電子ボルト(TeV)領域(※2)まで観測し、宇宙線が銀河系内を伝播する様子を高精度に明らかにしました。
本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“The Cosmic-ray Boron Flux Measured from 8.4 GeV/n to 3.8 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2022年12月16日(金)<現地時間>にオンラインで掲載されました。
図1:「きぼう」船外実験プラットフォームに設置されたCALETの様子。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
宇宙線は、星の進化の過程で核融合反応により生成された元素が、進化の最終段階で超新星爆発などにより加速されて、宇宙空間に飛び散ったものです。しかし、地球上などで見られるリチウム、ベリリウム、ホウ素などの元素は、星の進化の過程では生成されないため、宇宙線が銀河系内を伝播する間に星間物質(ガス)と衝突して二次的に生成されたものであると考えられています。したがって、これらの原子核は、これまでよくわかっていなかった、宇宙線が銀河系内にどのくらいの時間閉じ込められ、どのように銀河系外へ漏れ出していくのかを知ることができるユニークな情報をもたらしてくれます。
この中でもホウ素(B)は、それより少し重い炭素(C)が星間物質と相互作用して生成される確率が高く、両者の比(B/C)の観測により宇宙線が銀河内をどれくらいの距離と時間で伝播するかを、明らかにすることが可能になります。宇宙線は銀河磁場(※3)によって散乱されて拡散的に伝播するため、エネルギーが高くなるほどより直線的に進むことにより、地球に到達するまでの距離が短くなり、それに比例して星間物質との衝突確率が減ることになります。
この結果、エネルギーが高くなるほど、ホウ素の生成確率がさがりB/Cはエネルギーの増大とともに減少することになります。この減少の様子(正確にはB/C比のエネルギースペクトル(※4)の形状)は、宇宙線の散乱に寄与する銀河磁場の構造や宇宙線が衝突を起こす星間物質の分布を反映します。このため、それらの理論的推測に基づく宇宙線の銀河内モデルが数多く提案されており、そのモデルの決定のために広いエネルギー領域でのB/C比の高精度な測定が望まれていました。しかし、高エネルギーになるほどホウ素の量は極めて少なく、TeV領域では炭素の数%ほどに減少するため、観測は困難な現状がありました。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
ホウ素は宇宙空間で二次的に生成される原子核であるため、宇宙線が生成されてから地球に到達するまでの”歴史”を理解する鍵として、これまでに多くの観測が行われてきました。そのうち、2010 年代以降の代表的な観測として、PAMELA衛星や国際宇宙ステーション搭載AMS-02といった磁気スペクトロメータや、気球に搭載したカロリメータ型検出器(ATIC, CREAM など)が挙げられます。今回CALETは、図2に示すように、広いエネルギー測定範囲と確実な装置較正により、磁気スペクトロメータとカロリメータ型検出器によってカバーされていた領域を、単独の検出器として核子あたりのエネルギーで8.4ギガ電子ボルトから3.8テラ電子ボルトという広いエネルギー領域で、B/C比を高精度に観測することに成功しました。特に、高エネルギー側では宇宙線の銀河内伝播モデルの決定に重要なテラ電子ボルト領域での観測により、これまで未解決であった加速領域(超新星残骸)におけるホウ素の生成量について定量的な評価を与えています。
ほぼ同時に、同じカロリメータ型検出器DAMPEによって観測結果が報告されていますが、この観測ではB/C 比の結果のみが報告され、CALETのようにホウ素及び炭素のエネルギースペクトルの測定結果に基づくB/C比の観測ではなく、ホウ素や炭素の絶対値が報告されていません。このため、B/Cの観測結果に対する系統的誤差の見積もりが困難であり、誤差の評価が難しい状況にあります。今回の本研究グループによるCALETの観測では、炭素、ホウ素の絶対値に関する系統誤差に基づいて、B/C比の誤差を正確に求めており、正確なモデル選別のために貴重なデータを提供しています。
図2: CALETにより得られた核子あたりのエネルギーで8.4ギガ電子ボルトから3.8テラ電子ボルトの領域で得られたホウ素(B)、炭素(C)、及びB/C比のエネルギースペクトルの観測結果を、他の観測結果と比較して示す。ホウ素と炭素のエネルギースペクトルの縦軸にはエネルギーの2.7乗が積算されている。黄色のハッチ領域はCALETの系統的誤差を表し、その他の観測の誤差は統計誤差のみを示す。
(3)そのために新しく開発した手法
CALET は世界で初めて宇宙機に搭載された宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。CALET開発以降では、同種の観測装置である中国のDAMPE と米国のISS-CREAM が打ち上げられています。カロリメータ型の観測装置に対して、磁石を採用したマグネットスペクトロメータ型のPAMELA とAMS-02 が、電荷の正負の判定による反粒子を含む観測に現在成果を挙げています。カロリメータ型装置は、電荷の正負は判定できないものの、エネルギー測定がテラ電子ボルト以上まで可能です。これに対して、マグネットスペクトロメータ型装置は、テラ電子ボルト領域以下の観測に限られています。このため、両者はお互いの利点を生かして相補的な観測を実施しています。こうしたなかで、CALETはこれまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域での観測において成果をあげています。
(4)研究の波及効果や社会的影響
宇宙線は星の進化の過程で生成された元素が、特にその最終段階で超新星爆発などにより宇宙空間にばら撒かれ、超新星残骸で生成された衝撃波によって加速されると考えられています。しかし、この衝撃波加速やその後の宇宙空間への拡散などについては、まだまだ不明な部分が多く、その解明には宇宙線諸成分のエネルギースペクトルの高精度観測が不可欠です。今回の成果は星の元素合成では生成されない元素であるホウ素が、炭素と星間物質との相互作用により宇宙空間でどのようにして生成されるかを解明するために必要なB/C比の観測を世界で最も高精度にテラ電子ボルト領域まで達成しています。このことにより、これまで謎につつまれていたホウ素の起源を定量的に明らかにするために不可欠なデータを提供しています。
(5)今後の課題
星の元素合成で生成される宇宙線(一次成分)のエネルギースペクトルに加えて、それらの星間物質との相互作用によって宇宙空間で生成されるベリリウム、リチウム、ホウ素などの宇宙線(二次成分)の観測は、宇宙線の加速領域や銀河磁場構造の理解にとって重要です。しかし、これらの二次成分は絶対数が少ない上に、エネルギーの増大とともに一次成分に対してさらに減少します。そのために、これらの正確な理解のためには観測の継続により観測量を増やし、それぞれのエネルギースペクトル観測の精度をあげるとともに、より高エネルギー領域での観測が必要になります。このことにより、宇宙線の超新星残骸や銀河空間での伝播機構のさらに高精度な理解を目指します。
(6)研究者のコメント
CALETは2015年8月から約7年間の観測を継続的かつ安定して行い(※5)、これまでの観測が達成できなかった、テラ電子ボルト領域に及ぶ宇宙線諸成分の高度観測を達成しています。今回の研究成果は特に宇宙空間で二次的にしか生成されないホウ素の観測に成功し、これまで不確定性の大きかったホウ素の生成メカニズムを解明するために不可欠なデータを発表しています。
(7)用語解説
※1 CALET
CALorimetric Electron Telescope(CALET)はカロリメータ方式の宇宙線電子望遠鏡で、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験です。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置となっています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図3のように3つの層からできています。図3の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、原子番号を調べます。第2の層(IMC)では、粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。特に第三の層の厚さや使われている物質によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まるのですが、CALETはとりわけここが従来の観測装置に比べて高い性能を持っています。
図3:CALETの主検出であるカロリメータ部の装置概要。上から電荷測定器(CHD)、撮像型カロリメータ(IMC)、全吸収型カロリメータ(TASC)。1TeVの電子シャワーのシミュレーション例が上書きで示されている。
※2 TeV領域
エネルギーの単位の一つとして用いられる電子ボルト(eV)は、1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーを1電子ボルトとして定義されています。ここではその1兆倍のエネルギーがテラ電子ボルト(TeV)です。なお、現在地上で人工的に粒子を加速できるもっとも高いエネルギーは6.5TeVです。
※3 銀河磁場
銀河系内に存在する大局的な構造としての磁場のことで、宇宙線は電荷を帯びているので銀河内を運動する間に、磁場との間にはたらくローレンツ力によってその進行方向が変化します。このため、宇宙線が加速源から地球に到達するまでの時間や距離は、銀河磁場の強さや構造を反映します。
※4 スペクトル
本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線各成分のスペクトルは概ね冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7 程度ですので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。
※5 これまでのCALETによる観測
2015年8月に国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに設置され、同年10月より宇宙線観測を開始して以来、現在まで7年間以上にわたって順調に観測を継続しています。その結果、電子、陽子、ヘリウムから鉄、ニッケルまでの宇宙線各成分やガンマ線の観測で成果をあげています。このほか、太陽活動にともなう宇宙線流量の長期変動や宇宙天気予報観測を継続して実施しています。図1に、「きぼう」に設置されたCALETを示します。
(8)論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
論文名:The Cosmic-ray Boron Flux Measured from 8.4 GeV/n to 3.8 TeV/n with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
著者名:Yosui Akaike (Waseda University), Paolo Maestro (Siena University), Shoji Torii (Waseda University) et al. (CALET Collaboration)
掲載日(現地時間):2022年12月16日(金)
掲載日(日本時間):2022年12月17日(土)
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.129.251103
DOI:10.1103/PhysRevLett.129.251103
(9)研究助成
研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名: CALET長期観測による銀河宇宙線の起源解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名): 鳥居祥二(早稲田大学)
研究費名 : 科学研究費補助金 基盤研究(C)
研究課題名: 宇宙線原子核の直接観測による銀河宇宙線の加速・伝播機構の研究
研究代表者名(所属機関名): 赤池陽水(早稲田大学)