2023年度入学式祝辞 亀田 誠治 様

祝辞 亀田 誠治 様

音楽プロデューサー、ベーシスト

新入生の皆さん、本当にご入学おめでとうございます。
また、この良き日を迎えられたご家族、ご関係者の皆さまにも、一卒業生として、心よりお祝いを申し上げます。

僕は1983年に早稲田大学第一文学部に入学しました。
当時は「イチブン」と呼ばれ、今この立派な早稲田アリーナが建っている場所には大きな体育館があって、そこで入学式を行って、文学部のキャンパスということから「文キャン」と呼ばれていました。

今日は、みなさんに「夢のかなえ方」の話をしたいと思います。
中学生の頃、僕は音楽に夢中になりました。
そして卒業文集に、根拠もなく
「10年後に武道館で会おうぜ!」
と寄せ書きを書いたほどです。

高校生の頃には、僕の根拠のない夢はどんどん膨らみ、
早くプロのミュージシャンになりたくて
大学に進学せずに、音楽家になるために修業したほうがいいんじゃないかと真剣に考えるようになりました。
で、ある日、「ミュージシャンになって人の心を動かしたいんだ」と両親に話すと、
いつもは穏やかな父に「人の心を動かすよりも、日本の政治や経済を動かす人間になれ!」と厳しく突き放されました。
10代の多感な時期、この両親からの言葉は重くて、正直途方に暮れました。
でも、一晩考え、背中を押してもらえるような自分を見せればいいんだと考えて、僕は早稲田への進学を決心しました。

僕が早稲田の文学部を選んだのは、
当時「早稲田を中退した人はその道の大物になる!」
とういう都市伝説のようなものがあったからです。
僕の尊敬するタモリさんも早稲田中退組です。大橋巨泉さん、寺山修司さん、早稲田を中退した先輩たちの華やかなラインナップは僕にとって
キラキラしたクリエイティブの日本代表のように感じました。
というわけで、僕は迷わず「早稲田に行って、プロのミュージシャンになって中退するぞ!」というヘンテコな夢を抱きながら、入学式にアテンドしました。

そんな不純な動機で通い始めたものですから、なかなかキャンパスライフに馴染めません。
音楽サークルの新人歓迎会なんかに出席しても、先輩が「ベースって楽器は、スケベじゃないと弾けないんだぜ!」とか訳のわかんないことを宣っておりまして、これはなんだか違うぞと思い、ゴールデンウイークが始まる頃には、すっかり大学に行かなくなってしまいました。
そして僕はBassの練習とバンド活動をするための資金作りのアルバイトに明け暮れていたものですから、案の定、単位を一つも取れずに見事落第。
つまり語学から再履修することになりました。もう一度一年生からのリスタートです。

ところが人生何が起こるかわかりません。
この落第先の語学のクラスが、男女仲良く屈託のない明るいクラスで
上から落ちてきた落第生の僕に
「亀田さん!今日飲み会いきましょうよ!楽しいですよ!」とか「亀田さん!バンドやってるんですか?ライブとかやる時教えてください!みんなで観にいきますよ!」
みたいな感じで声をかけてくれて、みんなが受け入れてくれたんです。

この出会いが僕にスイッチを入れてくれたんです。
あんなに憂鬱だったキャンパスライフが楽しくなっちゃったんです。
当時僕はバンドをやっていたので、楽器を運ぶためにポンコツですが自分のクルマを持っていました。
そのクルマで友達の引っ越しを手伝ったり、近所に住んでいる友達と相乗りしてキャンパスに通ったり。もう青春ドラマのような毎日が始まったんです。
この早稲田って、本当に多様性のある人たちが集まっていて、現役で入った人もいれば、浪人で入った人もいる。
地方から出てきて一人暮らしをしている子、小説家を目指して奮闘している子、司法試験を目指している子、将来は何も決まっていないけどサークルに打ち込んでいる子、さまざまな仲間が夢や夢のかけらを探し求めながら、「早稲田という場」で誰をも排除せず、調和しているとてもあったかい時空を感じました。

僕にとっては留年という、一見ネガティブな黒歴史が、人生の大きな財産になりました。
「早稲田に行ってプロミュージシャンになって中退する!」なんて自分勝手な夢に意気込んでいた僕、そんな地下に閉じこもっていた僕を、早稲田の仲間が、陽の光が降り注ぐ地上に引き上げてくれたのです。僕の早稲田での4年+1年の5年間は、目的や結果よりも、その過程にたくさんの尊いささやかな、砂金のようにキラキラした夢のかけらが隠れているということを教えてくれました。

ちなみに、中学生の時に宣言した「10年後に武道館で会おうぜ!」が実現したのは、10年どころか25年後、僕が40歳の時に東京事変で武道館に立った時です。夢が叶うにはこれくらいの誤差が平気で生まれるんですね。
5年10年の回り道が豊かな景色を見せてくれます。
だから大丈夫、みんな安心して、「いいこと」はきっとこの先君たちを待っています。

今日、目の前にいる新入生の皆さんは、コロナ禍というとても不自由で制限された3年間を経てここに集まっています。
この3年間、皆さん本当によく頑張ったと思います。
コロナ禍、本当にやっかいで、さまざまなリアル体験を奪いました。
マスク越しに読む表情、おしゃべり禁止の食事、パソコンの画面越しに受ける授業、楽しみにしていた部活やイベントの中止…

みなさんが失ったリアル体験を今ここから、ここ早稲田で、思い切り取り戻してください。
自分一人ではできなかったことが、誰かと一緒なら動き始めます。
あと、もう一つすごく大事なことは、世界情勢であったり、様々な困難がこれから先に待ち受けているかもしれません。本当にしんどくなったとき、大変なときや困ったときは、自分一人で悩まないで、遠慮なく、仲間に周りの人に「助けて」と声を上げてください。
そんな君たちを見ている大切な仲間が、この早稲田にはたくさんいます。

2023年春、社会が、人の心が、君たちのパワーで屈託なく明けていく、そんな時代になることを心から願っています。

みなさん 入学おめでとうございます。

(プロフィール)
1988年本学第一文学部卒業。椎名林檎、平井堅、スピッツ、GLAY、いきものがかり、Creepy Nuts、アイナ・ジ・エンドなど、数多くのアーティストを手がける日本を代表する音楽プロデューサー。東京事変でベーシストとしても活躍。日本レコード大賞編曲賞、日本アカデミー賞優秀賞を受賞。2019年より入場無料の音楽イベント「日比谷音楽祭」の実行委員を務める。また、日比谷野音は今年、開設 100 周年を迎え数々の記念事業が予定されており、「日比谷野音100周年記念事業」においても実行委員長を務める。
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