多孔質ナノ粒子の配列・配向制御
世界で初めてアイステンプレート法による二次元超構造体の作製に成功
発表のポイント
これまで、MOFナノ粒子超構造体の合成は極めて限られた方法のみに留まっており、実用化のためには方法の簡便化や合成法のスケールアップが望まれていた。
アイステンプレート法という低コスト、簡便かつ汎用性の高い手法を用いることで、MOFナノ粒子からなる超構造体を合成することに成功した。
超構造を持たないMOFナノ粒子由来の多孔質カーボン粒子と比べて、0.8 V vs. RHEにおいて10倍も高い酸素還元電流を得ることを達成した。
早稲田大学でのJST-ERATO山内物質化学テクトニクスプロジェクトにおいて、同大各務記念材料技術研究所 山内悠輔(やまうちゆうすけ) 客員上級研究員(客員研究院教授)(クイーンズランド大学 化学工学科/オーストラリア生物工学ナノテクノロジー研究所 教授)、同大各務記念材料技術研究所 奈良洋希(ならひろき)招聘研究員(物質・材料研究機構 NIMS特別研究員)、及び同大理工学術院 菅原義之(すがはらよしゆき)教授、らを中心とする国際共同研究チーム(以下、本研究チーム)は、水が凝固する過程で生じる濃縮という現象を利用したアイステンプレート法*1を用いて、金属と有機配位子からなる金属有機構造体(MOF)*2ナノ粒子を自己組織化現象によって、二次元的に配列させることで、新しい二次元超構造体*3の合成に成功しました。また、それらを前駆体として、炭化させることで、高い活性を有する電極触媒としての可能性を示しました。
これまで様々な金属、酸化物、硫化物といった単分散ナノ粒子をビルディングブロック*4とした超構造体が報告され、光学的、電子的、触媒的に特異な機能を発現することが示されてきました。これらのナノ粒子の集積化には、界面活性剤や鋳型などの添加や外部(磁界、電界など)の印加が必要とされてきました。一方で、これまでのナノ粒子とは異なり、MOFナノ粒子は、有機部位と無機部位を適切に組み合わせることで、細孔構造や表面機能を自由に調製可能な魅力的な物質です。しかしながら、MOFナノ粒子の超構造体の合成は極めて限られた方法のみに留まっており、それらの生成物の量や収率は低く、実用化のためには方法の簡便化や合成法のスケールアップが望まれていました。
本研究では、アイステンプレート法という低コスト、簡便かつ汎用性の高い手法によりMOFナノ粒子からなる超構造体を合成しました。本手法は、MOFナノ粒子の単分散水溶液の濃度を制御するだけで、単層や二層からなる二次元規則配列超構造体を選択的に合成することができました。また、その他様々なMOFナノ粒子やそれらの混合系においても、超構造体の合成が可能であることを見い出しました。
さらに、上記のMOFナノ粒子同士が隣接した二次元超構造体を前駆体とすることで、炭化処理により中空炭素ナノ粒子からなる超構造体への転換に成功しました。この中空構造、かつそれらの二次元配列は、物質拡散および電子伝導性の観点で大きな利点を有し、優れた酸素還元能を示すことを確認しています。アイステンプレート法というシンプルな手法は工業的にも魅力的であり、今後、MOFをはじめとする、あらゆる多孔質ナノ粒子からなる超構造体の派生につながると期待しています。
本研究の一部は、JST ERATO 山内物質空間テクトニクスプロジェクト(JPMJER2003)*5の一環として行われました。本研究成果は『Journal of American Chemical Society』誌にて2022年9月14日(現地時間)で掲載されました。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
金属、酸化物、硫化物といった単分散コロイド状無機ナノ粒子は、自己組織的に規則的な超構造を形成することが知られています。その階層構造や組成を制御することで、特異的な光学的、電気的、機械的、触媒的な機能を発現することが報告されてきました。この自己組織化には、均一な粒子径や形状、また凝集しないための表面キャッピング剤の使用が必要とされています。これまでに報告された様々な超構造体の中で、特に二次元超構造体が電気化学・触媒化学の分野において注目されています。これは、ナノ粒子が無秩序に凝集した構造であるのに対して、規則的な二次元超構造は、反応活性サイトの露出を最大化することができ、また反応物・生成物の物質移動、ナノ粒子間の電子移動の面で優れているためです。
多孔性無機物質の新たな物質群としてZIF-8*6、UiO-66*7、MIL-88*8といった金属有機構造体(MOF)も、自己組織的な超構造形成のビルディングブロックとして研究が行われてきました。例えば、MOFナノ粒子の自己組織化には、ドロップキャスト法によるスライドガラス上に三次元規則配列ZIF-8超構造の形成、気液界面での二次元規則配列UiO-66単層超構造の形成、また外部電界印可による一次元規則配列ZIF-8超構造の形成などが報告されています。しかしながら、これらの超構造体の合成方法は、基板やMOFナノ粒子の表面修飾、電界・磁界といった外場の影響を大きく受けるのに加え、得られる生成物の量はごく僅かであり、実用化のための大量合成法に向かないという欠点がありました。
(2)今回の研究で新たに試みたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究チームは、アイステンプレート法という低コスト、簡便かつ汎用性の高い手法により、MOFナノ粒子からなる二次元超構造を合成しました(図1a)。
アイステンプレート法は、安価で利用しやすく汎用性の高い手法と知られています。アイステンプレート法の原理は、溶媒の凍結過程において、構造体を形成する物質が第二相へと分離することにより、構造体を形成することができ、その後、凍結乾燥により特異的な構造を得るものです。第二相には、溶媒に溶解、又は分散可能な物質を使用することが可能で、従来は多孔質セラミック材料の合成などに用いられてきました。また、様々な単分散ナノ粒子に適用され、Au、 Ag、 Pd、 Pt、 Fe2O3、 CdSe/CdSなどのナノ粒子から成る二次元超構造体の形成が報告されています。本研究では、このアイステンプレート法を用いて、MOFナノ粒子からなる超構造の形成とその可能性について検討しました。
前駆体となるMOFナノ粒子単分散液の濃度制御を行うことで、単層、及び二層の二次元超構造体が得られることを発見しました(図1 b、 c)。続けて、本アイステンプレート法の汎用性を評価するため、様々な形状を有する異なる種類のMOFナノ粒子(菱形十二面状ZIF-8、立方状ZIF-8、UiO-66、MIL-88)、あわせて、粒径の異なるMOFナノ粒子を組み合わせた際のアイステンプレート法の適用可能性も評価しました。その結果、アイステンプレート法は、様々なMOFナノ粒子に適用可能であり、異種MOF混合系においても同様に二次元超構造が得られることを確認しました。
さらに、超構造MOFを前駆体とし、熱分解プロセスによりカーボン超構造体の合成も行いました。一般的にMOFナノ粒子の熱分解は内側への収縮により多孔質カーボンナノ粒子が得られます。しかし、超構造MOFナノ粒子を前駆体とした場合、隣接するMOFナノ粒子との相互作用で外側へ収縮し二次元超構造が維持されたまま、各々のMOFナノ粒子は中空多孔質カーボンナノ粒子になることがわかりました(図2a, c)。窒素吸着測定の結果、マイクロ細孔とマクロ細孔が共存する多孔体であることを確認し、高い表面積を実現していることが明らかになりました(図2b, d)。この中空構造と二次元シート構造は、酸素還元触媒として用いた際に、効率的な物質拡散および電子移動パスを形成し、超構造を持たないMOFナノ粒子由来の多孔質カーボン粒子と比べて、0.8 V vs. RHEにおいて10倍も高い酸素還元電流を得ることを達成しました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究で用いているアイステンプレート法は、工業的な応用の観点からも極めて安価なプロセスであり、今後、本物質系の合成のスケールアップが可能となると思います。MOFは、世界ですでに大量生産されている物質であり、吸着剤、触媒担体、触媒などへの応用が期待されています。MOFの構造的・化学的安定性が乏しく、低い導電性であると理由で、これまで電子を介する電気化学的な応用への展開は実用レベルでは報告はありません。本研究を通して、MOFの新たな応用先を示すことができたと思っております。
(4)今後の展望
本研究では、電気化学的な評価を通して、中空構造と二次元シート構造では、効率的な反応物・生成物の物質拡散および電子移動パスを形成していることが明らかになり、超構造を持たないMOFナノ粒子由来の多孔質カーボン粒子と比較しても、高い活性を得ることができています。これは、同じ組成の物質であっても、それら粒子の配列・配向を制御することで、得られる物性が大きく変わることを示しています。同様のコンセプトを他の組成からなるナノ粒子に適用し、具体的な応用へと展開していきたいと思っております。
(5)研究者のコメント
アイステンプレート法というシンプルな手法は工業的にも魅力的であり、今後、MOFをはじめとする、あらゆる多孔質ナノ粒子からなる超構造体の派生につながると期待しています。
(6)用語解説
*1: アイステンプレート法
アイステンプレート法は、溶媒の凍結過程において、構造体を形成する物質が第二相へと分離することにより、構造体を形成することができ、その後、凍結乾燥により特異的な構造を得ることができます。
*2:金属有機構造体(Metal Organic Framework)
金属原子が有機配位子による架橋構造をもつ高い周期性を持つ結晶性化合物。金属と有機配位子の選択により細孔構造や比表面積、機能を設計可能で近年注目を集めている材料。
*3:超構造(Superstructure)
ナノ粒子が秩序を持って集合し、一次元、二次元、三次元状になった集合体構造。
*4:ビルディングブロック
ビルディングブロックは、最小の構成単位として利用することができ、それらの集合体を形成することで、特異的な形を有する材料を合成することができます。
*5:JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト
ERATOは、1981年に発足した創造科学技術推進事業を前身とする歴史あるプログラムです。既存の研究分野を超えた分野融合や新しいアプローチによって挑戦的な基礎研究を推進することで、今後の科学技術イノベーションの創出を先導する新しい科学技術の潮流の形成を促進し、戦略目標の達成に資することを目的としています。JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクトは、2020年10月に採択され、2026年3月まで続く予定です。
*6:ZIF-8
Zeolitic imidazolate framework-8の略。Zn原子がイミダゾールを有機リンカーとして架橋されたMOFの一種。
*7:UiO-66
University of Oslo-66の略。Zr原子がp-ベンゼンジカルボン酸を有機リンカーとして架橋されたMOFの一種。
*8:MIL-88
Materials of Institute Lavoisier-88の略。Fe原子がジカルボン酸を有機リンカーとして架橋されたMOFの一種。
*9:0.8 V vs. RHE
酸素還元反応は効率の観点から高い電位で起こる事が望ましく、酸素還元反応が起こり始める電位付近での反応量を比較するための電位。
(7)論文情報
雑誌名:Journal of American Chemical Society
論文名:Two-Dimensional Metal−Organic Framework Superstructures from Ice-Templated Self-Assembly
執筆者名(所属機関名):Yujie Song*f, Xiaokai Song*c,*d,*f, Xiaoke Wang*f, Jingzheng Bai*f, Fang Cheng*f, Chao Lin*e, Xin Wang*f, Hui Zhang*f, Jianhua Sun*f, Tiejun Zhao*g, Hiroki Nara*b,*c,*d, Yoshiyuki Sugahara*b, Xiaopeng Li*d, and Yusuke Yamauchi*a, *b,*c,*d
*a…豪州クイーンズランド大学、*b…早稲田大学、*c…物質・材料研究機構、*d…国際ナノアーキテクトニクス研究拠点、*e…Donghua University、*f…Jiangsu University of Technology、*g…Jiangsu JITRI-Topsoe Clean Energy Research and Development Co., Ltd
掲載日(現地時間):2022年9月14日(現地時間)
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.2c06109
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.2c06109
(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型(ERATO)
研究課題名:JST-ERATO物質空間テクトニクス
研究総括名:山内悠輔(早稲田大学、豪州クイーンズランド大学、物質・材料研究機構)
プロジェクトマネージャー:菅原義之(早稲田大学)、朝日透(早稲田大学)