全身孔あき極薄炭素シート合成に成功

全身孔あきで極薄の炭素シート合成に成功

~電極触媒や二次電池などエネルギー変換・貯蔵材料への応用に期待~

概要

  1.  国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)や学校法人早稲田大学(早大)を中心とした国際共同研究チームは、これまで細孔をあけることが難しかった炭素ナノシートに無数の孔をあける手法を開発し、多孔性炭素ナノシートの合成に成功しました。無孔質の二次元ナノシートでは、積層すると比表面積を大幅に失うため、電気化学的な特性を生かしきれません。今回、有機金属構造体(MOF)と呼ばれる物質がナノシート状に剥離できる事に着目し、剥離後のMOF由来ナノシートの炭化によって新材料の合成に成功しました。本研究成果で合成された多孔性炭素ナノシートは、再積層して3次元材料にしても多くの触媒活性部位を保持することが確認されており、燃料電池や二次電池への応用が期待されます。

    図 : 多孔性炭素ナノシートの合成プロセス。(左)MOFを剥離後、(中央)炭化することにより多孔性炭素ナノシートを合成します。その後、(左)触媒サイトを修飾することで、酸性下での酸素還元反応用の電極触媒を調製しています。

  2. 有機種を基本ユニットとする空間物質、又は有機配位子と金属イオンの「配位結合」からなるMOFは、ガス吸着、分離、分子認識などとしての応用には最適です。しかし、電極触媒、キャパシタ、二次電池、燃料電池などの幅広い電気化学的な応用を考えると不向きであり、そのためには導電性のある化学的に安定な物質で骨格を形成した多孔性物質を創製する必要がありました。
  3. 今回、国際共同研究チームが開発した多孔性炭素ナノシートは、厚さ1.5nmの極薄二次元シートになっており、その表面には無数の細孔が存在し、それらはシート中を貫通しています。そのため、他の分子でシート内の細孔表面を修飾し、新たな機能を付加することも容易です。例えば、MOFに含まれている窒素(N)原子を残して、窒素ドープされた多孔性炭素ナノシートを合成したのちに、細孔内を鉄(Fe)原子で適切に修飾すれば、多くのFe-N4活性サイトを凝集することなく、均一かつ高密度で形成できます。これは、燃料電池において、酸性下での酸素還元反応(ORR)活性を高める重要技術となります。このように、本炭素物質は、将来的に、エネルギー変換・貯蔵などの幅広い電気化学的用途へ応用されると期待されます。
  4. 本研究は、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)メソスケール物質化学グループの山内悠輔グループリーダー(豪州クイーンズランド大学・教授/早大・客員上席研究員/JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト・研究総括)、及び早稲田大学、クイーンズランド大学、華東師範大学、南京航空航天大学などの国際共同研究チームで行われ、JST-ERATO山内物質空間テクトニクスの支援を受けて実施されました。
  5. 本研究成果は、日本時間2022年5月23日に、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

研究の背景

ゼオライト,活性炭,シリカゲルに代表されるナノ空間を有する多孔質材料は,環境,エネルギー,光学,医療,エレクトロニクスなどの幅広い分野での応用が期待されています。2013年からの国の戦略目標である「選択的物質貯蔵・輸送・分離・変換等を実現する物質中の微細な空間空隙構造制御技術による新機能材料の創製」に基づき,いくつかのさきがけとCREST(例えば,CREST:超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製,さきがけ:超空間制御と革新的機能創成など)が立ち上がっています。ナノ多孔体は,高い比表面積と大きな細孔容積のような独特の特徴を持つことで,伝統的にはゼオライトが研究されてきており,1990年代からメソポーラス物質の研究が世界中で活発になってきました。しかしながら,本物質系の骨格組成としてはシリカ系(絶縁体)と 一部の金属酸化物(半導体含む)に限定されており,応用先としても触媒担体,(光)触媒,吸着などに限られていました。

一方,JSTの大型研究としては,2000年から始まっているERATO相田ナノ空間プロジェクト(東京大学)では,超分子化学に基づき,多くの空間素材を生み出しています。また,錯体化学の方でも,金属イオンと有機配位子による多孔性配位高分子(PCP)(別名:金属有機構造体,MOF)※1の研究は,2007年からERATO北川統合細孔プロジェクト(京都大学)などで活発に研究が行われ,このERATOの開始により,MOFの研究は世界的に劇的に成長しています。さらに,東京大学の藤田教授は自己組織化による金属と有機の構造体からなる新しい配位錯体を発見し,これらはJST-ACCEL(自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析)により,更なる開発が進められています。しかしながら,有機種を基本ユニットとする空間物質,又は有機配位子と金属イオンの「配位結合」からなるPCP/MOFは,ガス吸着,分離,分子認識などとしての応用には最適ですが,電極触媒※2 ,キャパシタ※3,二次電池※4,燃料電池※5などへの応用を考えると,原子が共有結合または金属結合によって結合されており,化学的な安定性と高い電気伝導性を有している無機固体で骨格を形成した新規な多孔性物質・材料を開発する必要がありました。

研究内容と成果

NIMS,及び早稲田大学,クイーンズランド大学,華東師範大学,南京航空航天大学などの国際共同研究チームは,有機金属構造体を新しい手法で剥離し,炭素化することで,多孔性を有する炭素ナノシートを合成しました。様々な電気化学応用に展開可能な電極物質として,新たな可能性を切り拓きました。有機配位子と金属イオンからなる有機金属構造体(MOF)(別名,多孔性配位高分子(PCP))に着目し,それらを剥離後に炭化することにより,二次元多孔性炭素ナノシートの合成に成功しました。一般的な無孔質の二次元ナノシート※6は,互いに積層してしまうと,最終的に比表面積を大幅に失ってしまい,多くの電気化学応用への可能性を低くしてしまっていました。このたび,本国際共同研究チームが開発した多孔性炭素ナノシートは,シート内に多くの細孔を有しており,電極化した際でも(再積層しても),多くの触媒活性部位を保持することが可能となりました。この多孔性炭素シートは,厚さ1.5nmの極薄二次元シートになっており,その表面には無数の細孔が存在し,それらはシート中を貫通しています。二次元多孔性炭素シート中に存在する細孔径は,マイクロ細孔領域からメソ細孔領域5 nm程度まで分布があり,MOFの剥離条件や炭化条件などを変えることで,ある程度調節が可能です。シートの膜厚よりも大きな細孔がシート中に存在するため,メッシュのような形態の炭素ナノシートとも言うことができます。このため,細孔径よりも小さな分子でシート内の細孔表面を簡単に修飾したりすることも可能になります。例えば,出発物質由来の窒素がドープした炭素物質を得ることができるため,酸性下での酸素還元反応(ORR)※7活性を発揮できるように,凝集することなくFe-N4活性サイトを均一に形成させることもできます。酸性条件において酸素還元反応を調査したところ,half-wave potentialが0.83 V vs. RHEとなり,他のこれまで開発されてきた炭素電極と比較して,最も良好な値を出しており,実際のH2/O2燃料電池試験においても,634 mW cm2という高い値を出しています。論文では,第一原理計算を用いて,同定されたFe-N4活性部位と細孔径分布分析に基づいて,反応メカニズムをさらに解明しています。

今後の展開

本多孔性炭素ナノシートは,二次元形態,高い多孔性などの他の二次元ナノシートや空間物質にはない特徴を有しており,エネルギー変換・貯蔵などの幅広い電気化学的な応用で活躍できると期待されます。細孔表面にFe-N4部分を均一分散および固定し,Fe原子を用いたシングルサイト触媒※8の合成に成功しています。酸性電解質中の酸素還元反応(ORR)において,前例のない触媒活性を持っていることも明らかになりました。更なる触媒活性向上の実現のために,マテリアルズインフォマティクスを活用し,性能に起因する重要因子や最適値を抽出し,その結果に基づいて窒素含有量,表面積,細孔径などを調節し,他の金属元素を用いたシングルサイト触媒の開発を進めていきます。

掲載論文

題目 : Metal–Organic Framework-Derived Graphene Mesh: a Robust Scaffold for Highly Exposed Fe–N4 Active Sites toward an Excellent Oxygen Reduction Catalyst in Acid Media
著者 : Jingjing Li, Wei Xia, Jing Tang, Yong Gao, Cheng Jiang, Yining Jia, Tao Chen, Zhufeng Hou, Ruijuan Qi, Dong Jiang, Toru Asahi, Xingtao Xu, Tao Wang, Jianping He and Yusuke Yamauchi
雑誌 : Journal of the American Chemical Society
掲載日時 : 日本時間2022年5月23日
DOI : 10.1021/jacs.2c00719

用語解説

※1:多孔性配位高分子(PCP)(別名:金属有機構造体,MOF)

金属と有機配位子が互いに配位結合することで,ネットワークが形成し,活性炭やゼオライトをはるかに超える高表面積を持つ多孔体の総称。

※2:電極触媒

あらゆる電極表面上で起こる電気化学反応を促進させる触媒。

※3:キャパシタ

電気を蓄えて放電できる蓄電装置のこと。

※4:二次電池

化学電池のうちの一つであり,充電と放電を繰り返して使用することができる電池。蓄電池,充電池など。

※5:燃料電池

電気化学反応によって燃料の化学エネルギーから電力を取り出す電池のこと。水を電気で分解すると,水素と酸素が発生する。燃料電池は,その逆であり,水素と酸素を反応させ水と電気を作り出す。

※6:二次元ナノシート

厚さが1~100 nm程度の2次元ナノ構造体。ナノシートの典型例としては,グラフェンなどがある。

※7:酸素還元反応(ORR)

燃料電池の正極で用いられる電極反応。

※8:シングルサイト触媒

金属原子が孤立された状態でマトリクス中に分散された触媒であり,活性点が単一であることが特徴である。

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