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悪臭問題を解決できるスルフィド合成

悪臭問題に解決策 芳香環交換反応を利用したスルフィド合成法の開発
~独自の金属触媒でスルフィド類の芳香環を付け替える~

発表のポイント

  • 芳香環交換反応により芳香族スルフィド部位を他の芳香族化合物に移動させることに成功。
  • 独自に開発した金属触媒を用いて幅広い芳香族スルフィド化合物の合成を実現。
  • 悪臭の原因となるチオール類を用いない、新たなスルフィド合成法を提供。

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、独自に開発した金属触媒により、芳香環※1のスルフィド部位を異なる芳香環へと移動させるスルフィド合成法の開発に成功しました。

芳香族スルフィド※2は医農薬、有機材料に頻出する重要化合物です。これまで芳香族スルフィドをつくる場合、「強烈な悪臭を発するチオール※3」をスルフィド化剤として使用する手法が一般的でした。その悪臭、毒性からチオールの使用、保管に際しては特別な排気設備や周囲環境への配慮など細心の注意を払う必要があります。そのためチオールを用いない芳香族スルフィド合成法が求められていました。

今回の研究では、独自に開発したニッケル触媒(Ni/dcypt)と芳香環交換反応※4という概念を用いて、新たな芳香族スルフィド合成法の開発に成功しました。取扱いが容易な無臭の芳香族スルフィドをスルフィド化剤として使おうというユニークな発想のもとに生まれた新反応です。

今回の研究により、医薬品などを含む40種類以上の化合物を様々な芳香族スルフィドに変換可能であることが分かっており、悪臭問題を解決できる斬新な芳香族スルフィド合成法を提供することとなります。

本研究成果は、アメリカ化学会『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に2021年6月28日(月)(現地時間)に掲載されました。

論文名:Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction (ニッケル触媒による芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィド合成)

(1)これまでの研究で分かっていたこと

芳香族スルフィドは医薬品や農薬、有機材料といった有用化合物に頻出する重要化合物です。これらの芳香族スルフィド化合物はチオール類を用いたSN2反応※5やクロスカップリング反応※6など様々な手法で合成できます。これらは信頼性の高い手法であるもののチオール類は高い毒性や悪臭を有する化合物であり、取扱いに際し、特別な排気設備や周囲環境への配慮が必要といった課題が残されていました。さらに、これらの反応の多くは塩基を必要とするため適用可能な化合物にも制限がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科博士後期課程3年一色遼大さん、同1年黒澤美樹さん、高等研究所武藤慶講師、理工学術院山口潤一郎教授)は芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィドの新たな合成法の開発に挑戦しました。

研究グループ 前左:一色遼大さん 前右:黒澤美樹さん 後左:山口潤一郎教授 後右:武藤慶講師

今回見出したスルフィド合成法により40種類以上の化合物を様々な芳香族スルフィドに変換可能であることが分かりました。複雑な構造を有する医薬品候補化合物を変換することも可能であり、新たな医薬品候補化合物を簡便に提供することにも成功しています。悪臭問題を解決するのみならず、これまでのスルフィド合成法で必須であった塩基を用いる必要がないため、比較的温和な条件で進行します。また詳細な機構解明研究により、この新形式反応の反応機構が明らかとなりました。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究グループは2020年2月に、芳香環交換反応を利用した世界初のエステル合成法の開発に成功しました (参照: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.0c00291)。

今回、この芳香環交換反応で得られた知見を応用すれば、チオールを用いないスルフィド合成が実現できると考えました。膨大な反応条件検討の結果、研究室で開発したニッケル触媒(Ni/dcypt)を用い、ピリジルスルフィドをスルフィド化剤とすることで種々の芳香族化合物(芳香族エステル、フェノール誘導体、芳香族ハロゲン化物)との芳香環交換反応が進行し新たな芳香族スルフィドが生成することを見出しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回開発したスルフィド合成法はチオールを使用しないため、その悪臭や毒性問題を解決できます。また、安価で容易に入手可能な様々な芳香族化合物を変換することができ、医薬品化合物の直接変換にも利用することができます。環境調和に優れた芳香族エステルやフェノール誘導体を原料にできる点や、調製や取扱いが容易なピリジルスルフィドをスルフィド化剤にできる点から研究室スケールはもちろん、工業規模での応用も期待できます。

(5)今後の課題

適用可能な化合物も多く非常にユニークな方法であるものの、反応に高温を必要とすることが今後の課題です。反応はまだ発見されたばかりであるため、今後、より綿密な触媒改変、反応条件の検討により、これらの課題を克服したいと考えています。

(6)研究者のコメント

安価に得られる芳香族化合物を有用化合物に変換する新奇反応の開発を継続して行ってきました。3つの新しい反応形式を開発し、その1つがこの芳香環交換反応です。すでに反応のコンセプトは昨年報告することができましたが、有用化合物に変換するという課題を乗り越えたのが本研究の成果となります。一色さん、黒澤さんの活躍がなければこの考えを実現するには至りませんでした。今後も、あっと驚くような高難度有機反応を開発していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 芳香環
ベンゼン環をもつ環状構造。これらをもつ有機化合物を芳香族化合物という。芳香族化合物は特有の香りを発する。

※2 芳香族スルフィド
芳香環にメルカプト基(SR)がついたもの。医農薬や機能性材料に用いられる。

※3 チオール
末端に水素化された硫黄をもつ有機化合物(HSR)。悪臭をもつ。

※4 芳香環交換反応
2種類以上の芳香環(アリール)を交換すること。概念は単純ではあるが、実際は互いの芳香環を同時に反応させることができる触媒が必要である。

※5 SN2反応
有機化学における一般的な反応形式の一つ。二つの化合物が結合の切断を伴いながら新たな結合を作り出す反応。

※6 クロスカップリング反応
金属触媒を用いて二種類の化合物を連結させる反応。2010年のノーベル化学賞にも選ばれている。

(8)論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction (ニッケル触媒による芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィド合成)
著者:Ryota Isshiki, Miki B. Kurosawa, Kei Muto, and Junichiro Yamaguchi(一色遼大、黒澤美樹、武藤慶山口潤一郎
掲載日(現地時間):2021年6月28日(月)
DOI:10.1021/jacs.1c04215
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.1c04215

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