Notice大切なお知らせ

類を見ない大学

※この記事では、2018年夏に発行されたWASEDA USAのニュースレター Vol. 12に掲載されたMichael Tangさん(2013年、国際教養学部へ留学)の寄稿記事を転載しています

私の「早稲田ジャーニー」は兄が日本文化を紹介してくれた時から始まりました。毎週土曜日の朝に私達はテレビを付けて、ポケモンで遊んだり、アニメを見たりしたものです。日本文化に触れた私の最も古い思い出です。

Michael Tangさん

好奇心溢れる中国系米国人の少年が家のPCの前に座ってAOLアイコンをダブルクリックしている場面を想像してみてください。まるで救いを求める叫び声のような音で立ち上がる古いPCの前で待ち焦がれていると、ふとアニメの中の黄色いキャラクターが透明怪物から必死に逃げようとしていたり、見えない箱を運んでいるといったシーンが映って来ました。

苦痛なほどゆっくりとしながらダウンロードされてくる日本についての画像を興味深く眺めていると、そのうちだんだんと見慣れぬ異国、異文化、外国人(日本人)等が現れ、PCのスクリーンは、美しい山脈、巨大な相撲取り、超高層ビル、そして神秘的な「ギャル」の画像でいっぱいになりました。その日から私は日本の魅力の虜になり、実際に行って日本を体験することを決めたのです。

大学一年生になった私の唯一の目標は、日本で暮らし勉強することだけでした。国際教養学部SILS(旧国際部)の学生であった私にとって、早稲田大学での経験は、一生忘れることのない思い出がたくさんできただけでなく人生そのものを変えました。

今まで知らなかった食べ物を食べたり、できる勇気がないと思っていることをやったり、周りが全て外国語の中で暮らしながらコミュニケーションを取りました。より強く思い出に残っているのは、救急車で病院に運ばれたことや、群馬県にある橋からのバンジージャンプ、東京から四国までの40時間を超す各駅停車だけでの旅行です。いずれもそのときできると思ったことです。

早稲田大学に留学したことによって、私が子供の頃から持っていた日本に対する興味が爆発しました。それでもまだまだ興味への欲求は満たされていませんでした。

後で分かったことは、私が早稲田で過ごした一年間は、多くの外国人学生が体験する典型的なものということです。旧国際部(SILSの前身)の最初の学生からSILSの新卒業生までの全員がみなポジティブな話ばかりをします。「ある日、高田馬場でね…」みたいな話です。

現在、私はLAに本部がある国際教育団体に勤めています。私の社会人のキャリアは始まったばかりですが、留学生として早稲田大学で過ごした経験が、私が採用段階で最適な候補者として目に止まった理由の1つでした。

大学を卒業してから6回も日本へ戻りました。毎回、必ず早稲田大学を訪問することを日程に組み入れています。私は一度きりの人生の中で早稲田大学を体験できたことを誇りに思い、光栄に感じています。

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WASEDA University

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