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神経発達障害での認知行動異常を解明

神経発達障害の認知行動異常のメカニズムを解明

発表のポイント

  • ASDにおける神経回路、認知、行動、脳の計算過程の関係性を包括的に説明するモデルを構築した。
  • ニューロンの活動性が一様になるとASDに似た認知行動異常が示されることを解明した。
  • ASDの人々の認知特性についての理解促進、症状軽減のための臨床への貢献も期待される。

早稲田大学基幹理工学研究科博士後期課程2年の出井 勇人(いでい はやと)氏および理工学術院の尾形 哲也(おがた てつや)教授、国立情報学研究所の村田 真悟(むらた しんご)助教(研究・論文投稿時、現:慶應義塾大学)、国立精神・神経医療研究センターの山下 祐一(やました ゆういち)室長らの研究グループは、神経回路モデル※1を搭載したロボットの学習実験を通じて、神経細胞であるニューロンの活動性が一様になることで自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder、以下ASD)に類似する多様な認知行動異常が示されることを明らかにしました。

従来の神経発達障害の研究は、神経科学、認知科学など個々に進められてきていましたが、今回の研究では、ASDにおける神経回路、認知、行動、脳の計算過程それぞれが持つ特性の関係性を包括的に説明できるモデルを構築しました。今回の研究成果は、ASDの人々の認知特性について筋道立った理解を与え、自己理解と社会的な共有を促すことが期待されます。また、ASDの症状を軽減するために、認知・感覚特性に合わせて生活環境を調整したり、装着器具を開発したりする上での理論的な示唆を与えるという臨床への貢献も期待されます。

本研究成果は、2020年8月12日(水)午前6時(中央ヨーロッパ時間(夏時間))に『Frontiers in Psychiatry』のオンライン版で公開されました。

論文名:Homogeneous intrinsic neuronal excitability induces overfitting to sensory noise: A robot model of neurodevelopmental disorder

(1)これまでの研究で分かっていたこと

ASDは、多くの遺伝的要因が複雑に関与して起こる神経発達障害です。その症状は多様で、社会的コミュニケーションにおける持続的な欠陥や、限定された反復的な行動様式、さらには感覚刺激への過敏さまたは鈍感さにまで及びます。ASDの原因を探るため、これまで神経科学、認知科学、心理学など様々な分野で研究が進められてきました。例えば、神経科学においては、ニューロンの活動のしやすさ(活動性)を制御する分子の異常とASDとの関連が指摘されています。一方、ASDの認知的な特徴としては、経験した物事や情報を過度に“丸暗記”してしまい、未経験の刺激に対して知識を汎化※2することが苦手であることが示唆されてきました。しかし、ニューロンの活動性の異常と認知的な汎化能力の低下との関係性や、ASDの多様な症状が生じる具体的なメカニズムについては明らかになっていませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、脳の計算プロセスを模した再帰型神経回路モデル※3を、実環境に働きかける身体としてロボットに搭載しました。そして、再帰型神経回路モデルにニューロンの活動性の異常を人工的に引き起こさせ、その変化がロボットの学習発達、認知・行動特性に与える影響を調べました。これにより、脳の計算理論の観点から、ニューロンの活動性の異常とASDの認知・行動特性との関係を明らかにすることを目的としました。

実験では、ニューロン群の活動性が多様な定型モデルと一様なASDモデルを用意しました。そして、それぞれの再帰型神経回路モデルを搭載したロボットに実験者とのボール転がし遊びを右腕、左腕の両方で学習させました。続くテスト実験では、実験者とのリアルタイムでのボールパス交換を通じて汎化能力と認知の柔軟性を評価しました。実験の結果、定型モデルにおいては、ロボットは学習後の高い汎化能力と環境変化に応じた柔軟な行動の切り替えを示しました。一方で、ASDモデルにおいては、過敏なニューロン活動や、シナプス結合の過剰発達といった神経系における異常が観察され、学習における過剰適合(丸暗記)が確認されました。これは、ニューロンの活動性が一様であることによって、感覚刺激に対するニューロン群の反応が過剰になり、神経回路の情報表現能力が過度に上昇したことを示唆します。その帰結として、ロボットは認知の柔軟性の低下や汎化能力の低下、運動のぎこちなさ、感覚過敏といったASDに特徴的な多様な認知行動の異常を示しました。これらの結果は、ニューロン活動、シナプス発達、認知、行動、脳の計算過程といった様々なレベルで蓄積されてきたASDの知見と整合性のあるメカニズムを提示しています。

今回の実験結果から、神経回路を構成するニューロン群が、異なる多様な活動性を持っているのか、それとも一様で類似の活動性を持っているのかによって、認知行動における違いが引き起こされる可能性が示唆されました(図1)。

図1:ニューロンの活動性が一様になることがもたらす様々な変化

(3)そのために新しく開発した手法

ASDにおける神経回路、認知、行動、脳の計算過程の関係性を包括的に説明するために、神経回路の特性を反映し、認知機能の計算原理が実装され、かつ実環境に働きかける身体を持ったモデルの枠組みを構築しました。具体的には、再帰型神経回路モデルに、近年ASDとの関連が注目されている予測符号化※4と呼ばれる認知機能の計算原理を実装し、これをロボットに導入しました(図2)。予測符号化理論においては、脳の階層的な予測情報処理の異常によって、多様なASDの症状が説明できることが示唆されています。このことから、低次の”感覚運動”処理を担うニューロンと高次の“意図”の働きをするニューロンが階層をなす再帰型神経回路モデルを使用しました。これにより、ロボットに階層的な予測情報処理に基づいた学習機能と、環境変化に応じて意図・行動を切り替える機能を持たせることができます。本研究グループは、このモデルの枠組みを用いることで、精神疾患の症状をシミュレートする研究を行ってきました。しかし、これまでの研究では、正常に学習が完了したモデルに損傷が発生したときに生じる認知行動への影響に焦点を当て、神経発達障害の理解に重要な学習発達過程の側面は考慮していませんでした。今回の研究では、ニューロンの活動性が一様になっているというASDの神経回路に関する新しい仮説を提案し、再帰型神経回路モデルに導入することで、それが学習発達に与える影響を調べました。これにより、学習発達過程を通じて生じる、ニューロン活動やシナプス発達といった神経系の異常から、認知行動の異常までを包括的に扱うことができる計算モデルの枠組みを初めて構築しました。

図2:再帰型神経回路モデルとロボットを用いた知見の橋渡し

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回の研究では、ASDにおける神経回路、認知、行動、脳の計算過程のそれぞれの特性の関係を包括的に説明できるモデルを提案しました。本成果は、ASDの人々の認知特性について筋道立った理解を与え、自己理解と社会的な共有を促すことが期待されます。また、ASDの症状を軽減するための対処方法として、感覚特性に合わせて部屋の明るさを調整したり、あるいはサングラス、ヘッドホンを使用するなどといった介入が有効であることが言われていますが、そうした環境調整的な介入法を開発する上での理論的な示唆を与えるという臨床への貢献も期待されます。

(5)今後の課題

ニューロンの活動性の一様さによって実験で示されたもの以外のASDの症状、例えば、言語発達の遅れや社会的コミュニケーションの欠陥といった症状も説明できるのかについては今後の課題です。

(6)研究者のコメント

従来の神経発達障害の研究は、観察可能な生物的な特性の発見と、必ずしも観察可能ではない脳の認知過程の理解を個々に進めてきました。しかし、神経発達障害の複雑な病態を理解するためには双方の関係性を明らかにしていくことが大切だと思われます。神経回路モデルとロボットを用いた我々の研究が架け橋となって、断片化されていた様々な知見が繋がり、神経発達障害の包括的なメカニズムの理解に少しでも貢献できたら幸いです。

(7)用語解説

※1 神経回路モデル
脳の機能に見られる特性を数理的にモデル化したもの。コンピュータ上で動作させることができるため、複雑な情報処理過程についても可視化して調べることができる。

※2 汎化
様々な異なる刺激に共通する性質や法則を見出すことを表す言葉。この機能により、未経験の場面に対しても、既知の情報との共通点を見出し、持っている知識を適用して対応することができる。

※3 再帰型神経回路モデル
ニューロン素子の入力として過去の活動履歴も考慮することで、脳の時間的な情報表現を模した神経回路モデル。

※4 予測符号化
脳の認知機能を広く説明する計算理論。この理論においては、脳は外界に対する階層的な内部モデルを持ち、それに基づいて常に次に受け取る感覚刺激の予測を生成しており、実際の刺激との誤差を最小化するように外界に適応していくと考えられている。

(8)論文情報

雑誌名:Frontiers in Psychiatry
論文名:Homogeneous intrinsic neuronal excitability induces overfitting to sensory noise: A robot model of neurodevelopmental disorder
執筆者名(所属機関名):出井勇人(早稲田大学)、村田真悟(研究・論文投稿時:国立情報学研究所、現在:慶應義塾大学)、山下祐一(国立精神・神経医療研究センター)、尾形哲也(早稲田大学)
掲載日時(中央ヨーロッパ時間(夏時間)):2020年8月12日(水)午前6時
掲載日時(日本時間):2020年8月12日(水)午後1時
DOI:10.3389/fpsyt.2020.00762

(9)研究助成

研究費名:JST CREST
研究課題名:記号創発ロボティクスによる人間機械コラボレーション基盤創成
研究代表者名(所属機関名):長井隆行(大阪大学)

研究費名:科学研究費 特別研究員奨励費
研究課題名:感覚刺激の不確実性を推定する神経回路機構に基づく精神疾患のロボットモデル研究
研究代表者名(所属機関名):出井勇人(早稲田大学)

研究費名:科学研究費 若手研究(B)
研究課題名:ロボット構成論による精神障害における多様な病態の統合的理解
研究代表者名(所属機関名):村田真悟(国立情報学研究所)

研究費名:科学研究費 基盤研究(A)
研究課題名:人工知能技術と疾患横断的・次元的アプローチに基づく精神障害の計算論的診断学の創出
研究代表者名(所属機関名):山下祐一(国立精神・神経医療研究センター)

研究費名:JST CREST
研究課題名:認知ミラーリング:認知過程の自己理解と社会的共有による発達障害者支援
研究代表者名(所属機関名):長井志江(東京大学)

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