細胞内へ物質を早く安全に届けるスタンプ開発

発表のポイント

  • 大きさ・形状・電荷などの異なる物質を簡便かつ効率良く安全に生体膜で覆われた細胞内へ届ける技術の開発が望まれてきた。
  • 一度押印するだけで低分子から高分子などの物質を細胞内に導入可能なスタンプの開発に成功。
  • 細胞に関する基礎研究から、再生医療や創薬、培養促進など応用研究への展開が期待される。

概要

早稲田大学大学院情報生産システム研究科の三宅丈雄(みやけたけお)准教授北九州市立大学大学院環境生命工学科の中澤浩二(なかざわこうじ)教授の研究グループは、微細加工技術(無電解メッキとエッチング技術の融合)を用いて金属製ナノ加工穿刺薄膜を開発し、これを細胞に挿入することでナノ管を通して細胞内に物質(カルセイン色素やオリゴDNA)を効率良く導入することに成功しました。本手法は、細胞へナノ管を直接挿入できるため、エンドサイトーシス※1を介さない細胞内アクセスを実現します。また、一度のスタンプで多くの細胞に多種の物質を導入できる簡便さと高い導入効率を達成しました。さらに、導入したいタイミングを調節することも可能です。物質の導入により未知なる機能を探る、あるいは細胞内機能を制御する新たなツールが生まれました。

図1.新技術:金属製ナノ加工穿刺薄膜を用いた細胞内物質導入

本研究成果はNature Publishing Groupの電子版科学誌「Scientific Reports」に2019年5月2日(イギリス時間)にオンライン掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

細胞へ物質を入れる(導入)、あるいは細胞から物質を取り出す(抽出)技術は、細胞を基盤とする研究開発のコア技術です(Science, 356, 379-380, 2017)。これまで細胞に導入するための技術は数多く提案されていますが、抽出も含めた手法は物理的な方法に限定されており、ナノニードルを用いた手法のみとなります(表1)。単針を用いた手法(1. 金ニードル、2. イオンビームによって貫通孔を実現させた原子間力顕微鏡用カンチレバー、3. カーボンナノチューブ内視鏡)は古くから開発が進んでいますが、管が詰まると使えないこと、作製までに開発投資が必要なこと、さらにニードルを操作する専用装置や技術者を要するなど操作が複雑です。一方、複数針(ナノ管配列)を用いた手法は、複数本存在するため細胞への針の挿入が簡便であり、導入・抽出の効率が格段に改善されます。現状、開発が進む複数針は絶縁性や半導体性ナノ管が主であり、金属製の管をナノスケールの直径とマイクロスケールの長さという高アスペクト比※2で実現した例はありません。

表1.既存の細胞内導入技術と本手法の特徴

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、無電解メッキとエッチング技術(ウェット&ドライ)を融合させたマイクロ・ナノ加工技術を用いて金属製ナノ加工穿刺薄膜を作製し、細胞内へのナノ管挿入や物質導入を実現し得る手法の開発に加え、通電可能だからこそ実現できる革新的な細胞内物質計測・導入技術の創出に取り組みました。

(3)そのために新しく開発した手法

【金属製ナノ加工穿刺薄膜の開発】

一般的に、半導体微細加工技術を用いてナノスケールのニードルを作製することは可能ですが、ナノニードル内部に中空管があり、さらにその中空管が膜を貫通する構造体をつくることは極めて困難です。本研究グループが開発した手法は、無電解メッキとエッチング(ウェットとドライ)によって金属製ナノ加工穿刺薄膜を作製する簡便な手法です(図2)。具体的には、まず市販のトラックエッチドメンブレン(ポア直径: 100 ~ 1000 nm、 ポリカーボネート(PC))に金の無電解メッキを行うことで、Au/PC メンブレンを作製します(図2(a-b))。その後、王水(片面に堆積した金薄膜の除去)とO2-RIE(露出したPCメンブレンのエッチング)のウェット・ドライ加工によってナノ加工穿刺薄膜をつくります(図2(c))。この手法により、様々なナノ菅を作製することに成功しています(代表的なナノ管:外径(600nm)、内径(400nm)、高さ(数mm ~ 数十mm)、図2(d))。

図2.金属製ナノ加工穿刺薄膜の作製と結果

【金属製ナノ加工穿刺薄膜を用いた導入効率および細胞生存率の評価】

本メンブレンを医療用接着剤を用いてガラスの円柱管に張り付け、1.6mM calceinを含むPBS溶液と1mm単位の高さが調節可能なスタンプホルダーに取り付け、細胞への押印を1分間行いました(図3(a))。その結果calcein色素を細胞内に高い効率で導入することに成功しました。コントロール実験として同程度のcalcein濃度を含む培地で細胞を10分間培養しましたが、calceinが細胞内に導入されないことから、calcein分子がナノ中空管を介して導入されていることを確認しました。また、calcein導入後30分細胞を培養し、スタンプによって生じた痕を細胞に自己修復させ、その後PI指示薬を含む培養液中で30分間培養した後の画像が図3(b)です。赤く光っている領域が死細胞です。これら成果は、スタンプ後94%の細胞が生存し、かつ85%以上の導入効率を実現したことを示します。マウス由来の線維芽細胞(NIH3T3)だけでなくヒト由来の上皮細胞(HeLa)においても同等の性能が実現されることを確認しました。calcein低分子(622.55 MW)だけでなく、Fluorescein蛍光色素が標識されたオリゴDNA(6603.51 MW)の導入(導入効率:83%、生存率:90.3%)にも成功しています。

図3. 接着性細胞への物質導入

(4)研究の波及効果や社会的影響

現在、細胞機能を知る技術の開発と細胞を使うための技術開発が進められています。細胞を知る技術においては、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を始めとする遺伝子導入による細胞初期化やリボ核酸(RNA)の導入による遺伝子発現の抑制(RNA干渉)など、細胞内に物質を導入(刺激)することで未知の細胞機能を明らかにしており、今後も開発が進むことが予想されます。

(5)今後の課題

現在、細胞から臓器を創る再生医療※3、あるいは細胞から肉を創る培養肉の取り組みなど細胞を使う研究が盛んに行われています。マイクロサイズの細胞からミリやセンチスケールの集合体を作るには、いかに早く培養し、大量生産するかが重要です。細胞生産の過程で、本研究グループが開発したナノ穿刺薄膜を使い、様々な物質を細胞内に導入することで増殖促進や機能制御に利用することができれば、細胞内未知機能を評価する医学分野から細胞の集合体(臓器や肉)を創る再生医療・培養食品など幅広い分野に対し、工学分野から新たな素材とツールを発信できると言えます。

(6)用語解説

※1 エンドサイトーシス:細胞内へ物質を取り込む現象。物質と細胞膜が相互作用を引き起こし、膜の形態変化によって取り込まれる。

※2 高アスペクト比:長辺と短辺の比が大きいこと。一般的に、アスペクト比が10以上のナノ構造体を作製することは難易度が高いとされている。

※3 再生医療:失われた臓器や組織を再生される医療。人体への拒絶反応が心配ないとされる胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞などの万能細胞を用いた取り組みが、近年盛んである。

(7)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Nanostraw membrane stamping for direct delivery of molecules into adhesive cells
執筆者名(所属機関名):B. Zhang*1, Y. Shi*1, D. Miyamoto*2, K. Nakazawa*2, T. Miyake*1
執筆者所属先:*1:早稲田大学、*2:北九州市立大学
掲載日(現地時間):2019年5月2日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-019-43340-1
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-019-43340-1

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