環境経済学者
有村 俊秀(ありむら としひで)/政治経済学術院教授
市場の“外”を市場の“中”へ
人間による経済活動と地球環境の保全は、一般的には相容れないものと考えられています。しかし経済学の知見を駆使すれば、環境を保全する取り組みを経済活動と結びつけることもできるかもしれません。政治経済学術院で環境経済学を専攻する有村俊秀教授は、市場の外に置かれている「環境」を中に入れ込むことで、市場を利用した環境問題の解決方法を確立し、社会に導入しようとしています。環境問題の解決に貢献する経済学のチカラとはどのようなものでしょう。2回にわたり、研究の取り組み、そして研究への抱負などを伺います。(取材日:2017年12月8日)
環境に経済的な価値付け
私が専門としている「環境経済学」は、経済学の応用分野の一つです。経済学というと、「お金儲け」のイメージが強いかもしれませんが、そうではありません。経済学は「限られた資源をどう有効に使うかを研究する学問」といえます。そして、国の立てる計画経済や政策でなく、市場を使うことにより、さまざまな環境問題を解決しようとするのが、環境経済学の一つの考え方です。
普通に人間が活動していれば、「環境」は「市場」の外側に置かれてしまうため、市場を使った環境問題の解決は実現しません。環境問題を解決するために「環境」を「市場」の中に入れ込む、つまり環境というものに経済的な価値付けをする、という考え方が大切になります。これは「外部不経済の内部化」と呼ばれています。こうした考え方を含め、環境経済学という学問の考え方が現れ出たのは、日本では1960年代の大気汚染や水質汚染が深刻化し、公害が問題となったころです。その後、1980年代から、酸性雨、地球温暖化あるいは気候変動など、地球規模の環境問題に注目が集まり、環境経済学がより重要性をもつようなってきました。環境経済学者たちは、かつての局所的な公害問題に対しては事後解決の考え方を中心としてきたのです。その後、環境問題がグローバル化していくに伴い、事前に予防的に解決しようとする考え方を中心に据えるようになっています。また、かつては「経済人」とよばれる合理的な消費者をモデルに、利潤の最大化を考えていましたが、だんだんと実際の企業や消費者の行動を現実的に見ながら分析する方法に変わってきています。
カーボンプライシングの一つ、排出量取引
私が取り組んでいる研究の一つに「カーボンプライシング」があります。これは、二酸化炭素(CO2)に価格を付け、企業や家庭が排出量に応じた負担をすることで、二酸化炭素の排出削減を促そうとするものです。二酸化炭素を排出するのにお金がかかるとなれば、企業や家庭の消費行動は環境に配慮したものに変わっていくという期待があります。
たとえば、私が注目してきたカーボンプライシングの方法の一つに「排出量取引」があります。これは、二酸化炭素などの環境に影響をあたえる物質の排出量の枠を、国や企業のあいだで売買するしくみです。1990年代の米国留学時代、米国は先進的にも、酸性雨対策の一環で、二酸化硫黄(SO2)を対象とした排出量取引をおこなっていました。市場経済と環境対策という対立しがちなものをまとめて解決しようとするアイデアが新鮮で、博士論文はこのテーマで書きました。
自治体の排出量取引「一定の効果」を検証
最近取り組んだ、カーボンプライシングに関する研究の例を紹介します。一つは、東京都における排出量取引の効果の分析です。日本では現在、東京都と埼玉県が温室効果ガスの排出量取引を実施しています。実際、二酸化炭素の排出量は減っていますが、それが排出量取引による効果であるのかの検証が不足していました。「2011年に東日本大震災が発生して、電気料金が値上がりしたからでは」と考える人もいました。そこで、事業者の全国のオフィスビルのデータを集め、要因分析をしたのです。計算をした結果、「削減量の半分程度は排出量取引の効果であろう」という結論になりました。一定の効果はあったということです。
行政の人たちには、政策を導入することで満足してしまう傾向があります。導入された政策が本当に効果的に機能しているかを検証することは、社会にとって重要なことです。
現実とのバランスを考えたカーボンプライシングを
もう一つ、社会に現実的に受容してもらえるカーボンプライシングのあり方を研究し、それを政策提言することに取り組んでいます。
経済学者が、もっとも効率よくおこなえるカーボンプライシングの方法を示して、行政が「とにかくこのくらい排出量を削減しなければならないから、そうしてください」と言っても、社会はなかなかそれを受容してくれません。現実社会の状況とのバランスを考えながら、政策提言していくことが大切になります。たとえば、「アップデート方式の排出量取引」という方法があります。時が経つごとに更新された情報を用いて、排出量取引を進めていくというものです。米国ではオバマ政権下で提案されており、私はこれを参考に当時の民主党政権だった日本政府に提言するなどしました。
2006年から2008年まで、私は米国の未来資源研究所に客員研究員として在籍していました。気候変動の問題に対して、さまざまな提案を目の当たりにし、実社会と学問をつなげる研究を進めることの大切さをあらためて実感し、研究を現実社会にフィードバックしたいという気持ちを強くもつようになりました。
炭素税では「二重の配当」も視野に
2015年12月に、京都議定書以来18年ぶりの気候変動に関する新たな国際的枠組みとして「パリ協定」が採択されました。それ以降、2050年より先も見据えた長期的視点での議論が出てきています。日本での直近の動きとしては、環境省が開いている「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」があります。これに私は委員として出席し、排出量取引のほかに、石炭、石油、天然ガスなどに対して課税する「炭素税」の導入に向けた提言などをしたところです。2018年度には同省の「中央環境審議会地球環境部会カーボンプライシングの活用に関する小委員会」で議論に参加します。
提案書にも書いたのですが、「二重の配当」という考え方が、とくに炭素税にはあります。これまで、環境経済学者は、炭素税などの環境税を課して、人びとの行動を変えるところまで考えていたのですが、その先、集めた税金をどう使うかまではあまり考えてこなかったんですね。でも、集めた税金を経済活動の活性化に利用することもできるはずです。そうすれば、環境保全のために二酸化炭素の排出量を減らしつつ、経済活動は活性化させるという、両面での改善がより顕著になるはずです。この考え方が「二重の配当」です。たとえば炭素税の税収を、法人税軽減、社会保険料負担の軽減、所得税減税などに使えば、経済をグリーン化しながら経済成長につなげることも可能です。
長期的に日本そして世界の環境と経済の両方にとってプラスになる政策デザインを今後も考えていきたいと思っています。
次回は、開発途上国における室内空気汚染対策の研究について紹介していただきます。
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プロフィール
有村 俊秀(ありむら としひで)
東京大学教養学部教養学科、筑波大学大学院修士課程環境科学研究科を経て、2000年ミネソタ大学大学院経済学部博士課程修了。Ph.D.取得。その後、上智大学経済学部で専任講師、早稲田大学社会科学部で非常勤講師などをつとめる一方、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、環境経済・政策学会理事、未来資源研究所・客員研究員(安部フェロー)なども歴任。2012年より早稲田大学・政治経済学術院教授。編著書に『環境経済学のフロンティア』(日本評論社)など、共著書に『入門 環境経済学』(中公新書)など多数。早稲田大学環境経済・研究所で中心的な役割を担う。
主な研究業績
学術論文
- Toshi H. Arimura, Hajime Katayama, Mari Sakudo (2016) “Do Social Norms Matter to Energy-Saving Behavior? Endogenous Social and Correlated Effects,” Journal of the Association of Environmental and Resource Economists, Vol. 3 (3), pp. 525-553.DOI: 10.1086/686068
- Toshi. H. Arimura, Nicole Darnall, Rama Ganguli and Hajime Katayama (2016.1) “The Effect of ISO 14001 on Environmental Performance: Resolving Equivocal Findings,” Journal of Environmental Management, Vol.166(15), pp.556-566.
- Shiro Takeda, Toshi.H.Arimura, Hanae Tamechika, H, Carolyn Fischer and Alan K. Fox (2014) “Output-based allocation of emissions permits for mitigating the leakage and competitiveness issues for the Japanese economy,” Environmental Economics and Policy Studies, Vol.16, pp.89-110.DOI 10.1007/s10018-013-0072-8
- Emiko Inoue, Toshi.H.Arimura and Makiko Nakano (2013) “A new insight into environmental innovation: Does the maturity of environmental management systems matter? ,” Ecological Economics, Vol.94, pp.156-163.
- Makoto Sugino, Toshi.H.Arimura and Richard D. Morgenstern (2013) “The effects of alternative carbon mitigation policies on Japanese industries,” Energy Policy, Vol.62, pp.1254-1267.
- Toshi.H.Arimura, Shanjun Li, Richard G. Newell and Karen Palmer (2012) “Cost-Effectiveness of Electricity Energy Efficiency Programs,” The Energy Journal , Vol.33. No.2, pp63-99. DOI: 10.5547/01956574.33.2.4
- Toshi.H.Arimura, Nicole Darnall and Hajime Katayama (2011) “Is ISO 14001 a Gateway to More Advanced Voluntary Action? A Case for Green Supply Chain Management,” Journal of Environmental Economics and Management 61, pp.170-182.doi:10.1016/j.jeem.2010.11.003
- Toshi.H.Arimura, Akira Hibiki and Hajime Katayama (2008) “Is a Voluntary Approach an Effective Environmental Policy Instrument? A Case for Environmental Management Systems,” Journal of Environmental Economics and Management, 55(3), pp.281-295.doi:10.1016/j.jeem.2007.09.002
書籍
- 「環境経済学のフロンティア」日本評論社(2017年) 有村俊秀・片山東・松本茂編著
- “An Evaluation of Japanese Environmental Regulations –Quantitative Approaches from Environmental Economics-“ Springer (2015) Toshi. H. Arimura・Kazuyuki Iwata
- 「温暖化対策の新しい排出削減メカニズム :二国間クレジット制度を中心とした経済分析と展望」日本評論社(早稲田大学現代政治経済研究所研究叢書41)(2015年)有村俊秀編
- 「地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析」東京大学出版会(2012)pp.1-312、有村俊秀・蓬田守弘・川瀬剛志編
- 「排出量取引と省エネルギーの経済分析:日本企業と家計の現状」日本評論社(2012)有村俊秀・武田史郎編著
- 「環境規制の政策評価-環境経済学の定量的アプローチ-」SUP上智大学出版/ぎょうせい(2011)有村俊秀・岩田和之
- 「入門環境経済学~環境問題解決へのアプローチ」中央公論新社(2002)日引聡・有村俊秀
一般向け論説・講演資料
- Toshi.H.Arimura, (2017) “Carbon Pricing: Lessons from Subnational Success,” Presented at the ABE Fellowship Program: Confronting Climate Change: What can the US and JAPAN Contribute to Creating Sustainable Societies? pp. 23-26.
- 有村俊秀「環境問題を経済学で解決:排出量取引って何?(特集 経済学のリテラシーを高めよう)」『経済セミナー』No.701(2018.5)pp. 35- 39.(Kindle版もあり)