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特集 Feature Vol.20-2 環境問題の解決へ、経済学のチカラ(全2回配信)

環境経済学者
有村 俊秀(ありむら としひで)/政治経済学術院教授

途上国の「室内空気汚染」の問題解決に取り組む

政治経済学術院で環境経済学を専攻する有村秀俊教授。研究テーマの一つとして新たに着手したのが「途上国の室内空気汚染の分析」です。世界で年間650万人の命を奪い、生活の質(QOL)の低さも招くこの問題に対して、実際に途上国で人びとの行動変容を起こすような社会実験を実行しようとしています。社会との接点を重視したこの研究の経緯や中身を聞きました。また、さまざまな大学や研究機関で研究をしていた有村先生の目に早稲田大学はどう映っているのかも聞きました。(取材日:2017年12月8日)

「なぜ薪から人びとが離れないのか」を探る

私たちの研究室で取り組み始めたばかりの「途上国の室内大気汚染の分析」という研究を紹介します。

家の室内の空気汚染で住人の健康が損なわれるという深刻な問題が途上国にはあります。2006年ごろから世界保健機構(WHO)が指摘し、最近でも2016年6月、国際エネルギー機関(IEA)が、室内空気汚染により世界で年間350万人が死亡していると発表しています。室内空気汚染の主な原因とされるのが、調理などのために「薪を燃やす」という行為です。途上国ではまだ広くおこなわれており、部屋の中に煙が充満し、とくに乳幼児の死亡率が高くなっています。この問題に対して「どうして室内空気汚染の問題を抱える世界の地域ではクリーンエネルギーが普及しないのか」「どういう製品や情報を提供すると、問題解決に向けて人びとの行動が変わるのか」を分析しようとしています。私の研究室に所属しているブータン人の留学生から「ブータンの農村部では電気代はほぼ無料なのに、電気調理器は普及しない」といった現状を聞きました。これを機に、ブータン、そしてインドからの留学生もいるのでインドで、分析調査をしようと考えたのです。

私は以前より、省エネルギーについての研究をしています。この研究で重視してきたのは「人びとにどう情報を提供したらよいのか」です。小池百合子氏が環境大臣だった時期、「クールビズ」を提唱したところ、多くの人びとが夏場には上着をつけずに仕事をする習慣が広がりましたよね。一方で、「新しい省エネ型冷蔵庫に買い換えると省エネ効果が上がる」という情報に人びとは飛びつかず、多くの人が古い冷蔵庫を使い続けています。どんな情報をどうあたえるかによって、人びとは行動を変化させするし、変化させないままにもなるのです。

かつて経済学者は長いこと「消費者は合理的であり、情報を完全にもっている人びとが意思決定をする」という前提に立っていました。しかし、現実はそうではない。現実に即した意思決定のしかたなどを捉えることを経済学者も重視するようになってきたのです。そうした背景のもとで、研究を進めています。

写真:有村先生の視線は世界に向けられている

健康な生活の実現を目指して

室内空気汚染をテーマとするこの研究では、まず研究室の学生をインドに派遣し、燃料として何を使っているか、薪からガスにどのくらい変わっているのかなどのデータを集めて分析しているところです。

写真:インド農村地域における一般家庭での薪を使った生活の様子。

一方、ブータンについては、電気式の調理器具を持って行き、現地の人びとがそれを使ってくれるかという社会実験をできればと思っています。もし可能であれば、ユニクロのヒートテックのような温かい服を着てもらうといったことも考えています。冬の寒さから薪を使い続けているのではないか、とすれば温かい服を身につければ薪の生活から離れられるのではないかと考えたからです。こうした社会実験では「調整」がとくに重要です。調理器具をブータンまでどう持っていくか、室内の大気を測定する装置をどう入手し、各家庭で測定させてもらうかといった課題を一つ一つクリアしていかなければなりません。規模の点では、統計的検証のために約500世帯に協力してもらう必要があります。現地の共同研究先の先生や学生は乗り気ですので、どうにか構想していることを形にしていきたいですね。薪を使った生活は、室内空気汚染をもたらすだけでなく、薪を拾いに行く子どもたちも大変な思いをしているし、女性が調理に6時間もかけなければならないといった実情もあります。研究成果が、健康な生活につながるだけでなく、生活の質(QOL)の向上にもつながればと思っています。

アインシュタインから、科学史、そして環境経済学へ

小学校6年の時からアインシュタインになりたかった私は、物理学者になるため理系に進学しました。しかし、大学の講義で、地球温暖化をはじめとする環境問題が深刻になっているということを知り、環境の分野に携わりたい考えるようになりました。特に水俣病の問題では、科学者の間違った説が、問題解決への取り組みを遅らせることになったことを知り、科学者の社会的責任に関心を持ち、科学史の学科に進むことにしました。
大学院に行くことは全く考えいなかったので、ジャーナリズムの観点から環境問題に関わろうとして、新聞社から内定をもらいました。しかし、当時たまたまとっていた環境経済学の授業で、国立環境研究所から来て授業をされていた故 森田恒幸先生(1950-2003)が、現実の社会で“いま”起きていることをお話されており、しかも経済学的な観点から環境問題を解決しようという視点が、とても魅力的で新鮮でした。昔気質の父親からは大反対されましたが、新聞社に就職せずに、筑波大学の環境科学研究科に進学しました。さらに、経済学を深く学びたいと思い、アメリカのミネソタ大学の博士課程に留学しました。博士論文では、アメリカの二酸化硫黄の排出量取引をテーマにし、環境経済学者の道を歩み始めたのです。

環境経済・経営研究所を共同研究のハブに

早稲田大学では、環境経済・経営研究所の所長も務めています。研究所があると、同様のことに取り組んでいる研究者が集まり、シナジー効果を発揮できると実感しています。お互いの研究内容を常に情報交換できますからね。それに、海外の研究者からのコンタクトもあります。現在も、アリゾナ州立大学から女性の研究者が、私どもの研究所に来て、政府や企業が調達する物品について、できるだけ環境負荷の少ないものを選択する「グリーン調達」のテーマで共同研究を進めているところです。環境経済・経営研究所が、国際交流や共同研究のハブとしての役割を果たす可能性を感じているところです。

写真:早稲田大学環境経済・研究所のホームページ。研究所は、政治経済学術院のほか、社会科学総合学術院、理工学術院、商学学術院などの研究者たち計13名で構成されている

早稲田の学生には「ダイバーシティ」と「行動力」を感じる

筑波大学や米国での研究をしてきた上で、いま早稲田大学での研究をしているわけですが、この大学は意欲的に取り組む研究者をサポートするシステムが充実していると感じています。大型研究費を獲得した研究者に対しては、研究に専念できるような措置があったり、学内で「次代の中核研究者」に選ばれると人的支援も受けられるといったことです。

また、大学運営支援などをする早稲田アカデミックソリューションの事務能力も大きいと思います。国のカーボンプライシングに関わる研究費に急遽、申請することがありましたが、締め切りまでの短い期間にもかかわらず、社員の方々がサポートしてくださり、予算を獲得することができました。

写真:4年生を対象にしたゼミでの授業で

早稲田大学の学生に対しては「ダイバーシティ」を感じますね。とても真面目で勉強熱心な学生から、教授に対しても物怖じせずに接してくる学生、それに海外からの学生も入り混じって、じつに多様です。それと、学生たちの「行動力」も感じます。環境についてのデータ集めでは、山の中に分け入って調査したり、自治体にヒアリングしたりもありますが、学生たちは事も無げに「やってきますね」と言って出かけていきます。

今後は、グローバルな環境問題への取り組みがさらに重要となってくると思います。社会をよくしていくことに環境経済学は貢献できますので、そういう志のある学生に学んでほしいと願っています。

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プロフィール

有村 俊秀(ありむら としひで)

東京大学教養学部教養学科、筑波大学大学院修士課程環境科学研究科を経て、2000年ミネソタ大学大学院経済学部博士課程修了。Ph.D.取得。その後、上智大学経済学部で専任講師、早稲田大学社会科学部で非常勤講師などをつとめる一方、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、環境経済・政策学会理事、未来資源研究所・客員研究員(安部フェロー)なども歴任。2012年より早稲田大学・政治経済学術院教授。編著書に『環境経済学のフロンティア』(日本評論社)など、共著書に『入門 環境経済学』(中公新書)など多数。早稲田大学環境経済・研究所で中心的な役割を担う。

主な研究業績

学術論文

書籍

  • 「環境経済学のフロンティア」日本評論社(2017年) 有村俊秀・片山東・松本茂編著
  • “An Evaluation of Japanese Environmental Regulations –Quantitative Approaches from Environmental Economics-“ Springer (2015) Toshi. H. Arimura・Kazuyuki Iwata
  • 「温暖化対策の新しい排出削減メカニズム :二国間クレジット制度を中心とした経済分析と展望」日本評論社(早稲田大学現代政治経済研究所研究叢書41)(2015年)有村俊秀編
  • 「地球温暖化対策と国際貿易-排出量取引と国境調整措置をめぐる経済学・法学的分析」東京大学出版会(2012)pp.1-312、有村俊秀・蓬田守弘・川瀬剛志編
  • 「排出量取引と省エネルギーの経済分析:日本企業と家計の現状」日本評論社(2012)有村俊秀・武田史郎編著
  • 「環境規制の政策評価-環境経済学の定量的アプローチ-」SUP上智大学出版/ぎょうせい(2011)有村俊秀・岩田和之
  • 「入門環境経済学~環境問題解決へのアプローチ」中央公論新社(2002)日引聡・有村俊秀

一般向け論説・講演資料

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