ヒートポンプなど熱交換器の最適設計の早期実現による省エネ・省資源化に貢献
発表のポイント
- 物質の状態変化(例:液体が蒸気になるなど)に伴う熱移動のしやすさの指標「相変化熱伝達率」の予測に、人工知能の深層学習機能を世界に先駆けて適用。
- 特に、ヒートポンプに代表される熱交換器で用いられる、冷媒を流す内径1~4mmの伝熱管内における、液相から気相への相変化を伴う熱移動のしやすさの指標「沸騰熱伝達率」を高精度に予測。
- 論文等で公開されている数多くの実験データを基に深層学習で構築した予測モデルは、物性が異なる多種多様な冷媒に適用が可能。このことにより、今まで時間を要していた熱交換器の最適設計が短期間で実現可能となり、省エネルギー化・省資源化に貢献。
- 深層学習機能を用いた既存データに基づく客観的解析手法を、熱移動などの物理現象に適用することにより、新たな物理メカニズムの解明に期待。
概要
エネルギーを伝える媒体が相変化(主として沸騰、蒸発、凝縮)を伴う場合、伴わない場合と比較して、エネルギー(熱)の輸送能力は2~3桁程度向上し、その能力は著しく大きくなります。この相変化現象を利用することで、多くの機械機器は冷却や加熱を効率良く行っています。
近年では、さらに効率良く熱輸送するため、冷媒を流す伝熱管の内径を1~4mmと小さくした微細流路を用いた熱交換器が、積極的に採用されています。微細流路の伝熱管は、大きな内径の伝熱管と比較して、良好な熱伝達を実現することが明らかにされています。
しかしながら、伝熱管内は、
- 物性が異なる気相と液相が混在している流れであること
- 内径が小さくなることで冷媒の表面張力の効果が大きくなること
から、微細流路における相変化熱伝達を正確に予測することは困難でした。そこで、電気通信大学の榎木光治助教らの研究グループは、数多くの実験データから物理メカニズムを明らかにした上で、機構論的手法による高精度な相変化熱伝達率(沸騰熱伝達率側)の予測式を提案していました。
本研究では、電気通信大学の榎木光治助教、清 雄一助教および大川富雄教授、早稲田大学の齋藤潔教授らが共同で、既存の論文実験データベースを用いて人工知能の深層学習機能を活用することより、従来提案していた機構論的手法とほぼ同精度で予測可能な、微細流路の沸騰熱伝達率の予測モデルを構築しました。本研究で使用したデータベースの冷媒の流動方向は水平流で、冷媒は、各種フロン冷媒、地球温暖化係数の低いオレフィン系冷媒、H2OやCO2、NH3といった自然冷媒など幅広い物性値を持っていますが、本予測モデルは実験値を高精度で予測しました。
物理メカニズムを解明した上で作成する予測式の開発は、相変化熱伝達を専門とする研究者による文献検索、実験データの整理、物理現象の解明など、数ヶ月以上の時間と労力が必要となります。一方、相変化熱伝達 (機械工学分野)と人工知能(情報学分野)を専門とする研究者が互いに議論し、多量な実験データを基に深層学習機能を用いて予測モデルを構築すると、数日程度で相変化熱伝達率の高精度予測が可能となります。そのため、幅広い物性値を持っている各種冷媒およびその流動方向によらず、深層学習の適用が可能となり、ヒートポンプなどの熱交換器の最適設計にかかる時間は大幅に短縮されます。さらに、最適設計による低消費電力化や使用材料削減化が期待されます。
その一方で、人工知能の深層学習機能を利用して予測モデルを作成した場合、物理メカニズムそのものを理解し把握することは容易ではありません。現在、本研究グループでは、深層学習機能を用いた、新たな物理メカニズムの解明を試みています。
本研究成果は、日本混相流学会の発行する混相流 Vol. 31, No. 4, pp.412-421 (2017)で12月15日付で掲載されました。
研究背景
伝熱管の内径を1~4mm程度まで小さくした微細流路を用いた熱交換器の研究開発は、冷凍空調分野をはじめとする熱交換器の高性能化に伴う省電力化やコンパクト化が必要な分野で、近年活発に行われています。しかしながら、微細流路内の相変化熱伝達を正確に予測することは困難です。これは、冷媒が相変化を伴うことで、気相と液相割合が変化していくにつれて冷媒の流動が変動するのみならず、図1に示す通り、流路が小さくなるにつれ表面張力の影響が相対的に大きくなり、大径管と比較して、弾丸状の気体(蒸気)が管内側に沿って滑らかに流動し、かつ液体との境目は球形に近い形をしているためです[1-2]。この気体の形状は、流路内径や流量など冷媒の流動条件等によって変化していき、沸騰や蒸発が進むにつれて流動の様子は大きく変化します。冷媒の流動変化と熱伝達は密接な関係にあり、微細流路の熱伝達は、これら流動変化を正確に把握した上で、予測モデルとなる整理式を作成します。
また、他の研究者が取得した微細流路における実験データを集めることで、各種冷媒、流量範囲、流路内径、流動方向等の実験条件を拡張し、整理式の一般化を図ります。このように熱伝達メカニズムに立脚した機構論的な手法で熱伝達整理式を作成することで、高精度な予測モデルの整理式を構築することができます[3, 4]。
一方、熱伝達率を取得する実験では、実験条件となる伝熱管の内径、飽和圧力、クオリティ(注1)、冷媒の質量速度、熱流束、そして物性値である密度や熱伝導率など様々なパラメータが付随して取得されています。本研究グループは、熱伝達率のデータを一定数集めることにより、ビッグデータとみなせる情報量が得られ、人工知能(以下「AI」という)の深層学習機能が使用できるのではないかと考え、それを検証することにしました。
研究の経緯
本研究では、12研究者から取得された1,094件の水平流の円形微細流路内沸騰熱伝達の実験データをデータベースとして用いました。本研究における深層学習の基本構成は、入力層、出力層および中間層3層からなり、入力層には実験条件として5条件、物性値として16条件の属性値を合せた合計21個の値を入力し、出力層から熱伝達率のみを出力しました。学習と推測には10分割交差検証法(注2)を実施しました。学習に使った計算機のOSはWindows 10 Proで、CPUはIntel Core i7-4770 (4コア8スレッド、3.40 GHz)、メモリーはDDR3で16 GB搭載のものを使用しました。1度の10分割交差検証法の学習にかかった時間は41.90 sec、推測にかかった時間は0.06 secでした。
予測モデルで得られた数値(予測値acal)がどれくらい実験データベースの値(実験値aexp)と一致しているかを表す予測精度を、①本研究で得られた予測モデル、②榎木助教らが提案した整理式 [3, 4]、微細流路の整理式で予測精度が比較的高い③Saitohらの整理式 [5]および④Zhangらの整理式 [6]それぞれにおいて示したものが図2になります。
図2から、本研究で得られた予測モデルは、他の整理式と比較して、非常に高い予測精度を示していることが分かります。榎木助教らの整理式は、予測精度のみで判断すれば本研究で得られた予測モデルに劣るものの、実験値から特に大きく外れた予測値はありません。データベースの測定確度を考慮すれば、本研究で得られた予測モデルとほとんど遜色ない結果を得ているものと考えられます。ZhangらとSaitohらの整理式は、予測値が実験値を低く見積もる傾向があり、他の冷媒よりも物性が大きく異なるNH3の実験データに対する予測精度が低くなる傾向があります。
これらの結果は、熱伝達メカニズムを解明して作成した整理式と同様の予測精度をもつ予測モデルを、AIの深層学習機能を用いて得られることを実証し、その有用性を明らかにしました。
今後の展開
現在、本研究グループでは、伝熱管の流路や重力の概念、熱力学、伝熱学等の物理的知識をAIに組み込むことにより、伝熱管の流路形状や流路径、冷媒やその流動方向に限定されることなく、正確な熱伝達率を説得性についても増強させて出力するAIの研究開発に取り組んでいます。また、AIに無次元数(注3)を学ばせることにより、どのパラメータがどの程度熱伝達に影響を及ぼしているかをAIで出力し、熱伝達率の予測モデル構築に利用する、ハイブリット型の熱伝達整理方法として利用することも検討しています。
本研究グループのメンバーは、AIの深層学習機能を熱伝達率の予測モデル構築に応用することで、最適な解を得られるだけでなく、人間の固定概念に縛られることのない、新たな物理メカニズムの発見ができる可能性があると考えています。
用語説明
注1 クオリティ
- 狭義では、管内を流れる全流量(kg)に対する、蒸気の質量(kg)の割合のことをクオリティ( kg / kg )という。例えば、クオリティ0.6は全流量に対して60 %が蒸気である。
注2 10分割交差検証法
- データ群を無作為に10セットのデータに分割して、そのうちの9セットを学習データとして深層学習の学習モデル構築に使用する。その学習モデルを使って残り1セットのデータの目的値、ここでは熱伝達率aを推測する。この手続きを10回行う手法のこと。
注3 無次元数
- メートル(m)や秒(s)などの物理量のもつ次元を意図的になくすことで、物理現象を一般化するために用いられる、次元のない数字のこと。
論文情報
- 誌名:日本混相流学会 混相流 Vol. 31, No. 4, pp.412-421 (2017)
- 題名:人工知能の深層学習による円形微細流路内水平流の沸騰熱伝達の予測
- 著者:榎木光治、清雄一、大川富雄、齋藤潔
- URL:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjmf/-char/ja
*J-STAGEへの論文掲載は近日中の予定です。
参考文献
- Enoki, K., Mori, H., Miyata, K. and Hamamoto, Y., Flow Patterns of the Vapor-Liquid Two-Phase Flow in Small Tubes, Trans. of the JSRAE, Vol. 30(2), 155-167 (2013).
- Ishii, M. and Hibiki, T, Thermo-Fluid Dynamics of Two-Phase Flow: Second Edition, Springer, 8, (2010).
- Enoki, K., Miyata, K. and Mori, H., Modification of the Prediction Correlation for Flow Boiling Heat Transfer in Small Diameter Tubes, Trans. of the JSRAE, Vol. 32(3), 275-283 (2015).
- Miyata, K., Mori. H. and Hamamoto. Y., Correlation for the Prediction of Flow Boiling Heat Transfer in Small Diameter Tubes, Trans. of the JSRAE, Vol. 28(2), 137-147 (2011).
- Saitoh, S., Daiguji, E. and Hihara, E., Correlation for Boiling Heat Transfer of R-134a in Horizontal Tubes including Effect of Tube Diameter, Int. J. Heat and Mass Transfer, Vol. 50, 5215-5225 (2007).
- Zhang, W., Hibiki, T. and Mishima, K., Correlation for Flow Boiling Heat Transfer in Mini-Channels, Int. J. Heat and Mass Transfer, Vol. 47, 5749-5763 (2004).
問合せ先
研究に関して
- 電気通信大学情報理工学研究科機械知能システム学専攻 助教:榎木光治 電話:042-443-5337 E-mail: [email protected]
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