特集 Feature Vol.19-3 触媒の未知なる力を導き出す(全4回配信)

触媒化学研究者
関根 泰(せきね やすし)/理工学術院教授

水素キャリアによる「水素社会」の構築

電気的な力が微弱に働く電場を与えることで、水素を作るための触媒反応を新たに確立し、そのメカニズムも解明した関根泰教授。この研究成果は、水素の保存や輸送を担う物質であるアンモニアの生成法にも応用することができます。今回は、関根教授が見据えている「水素社会」の普及に欠かせない、水素の保存や輸送の担い手である「水素キャリア」の研究開発について、「アンモニア」と「有機ハイドライド」をキーワードにお話を伺います。(取材日:2017年9月7日)

「水素キャリア」の担い手、アンモニア

第1回と第2回で紹介した「電場触媒反応」の現象を完全に解明することにより、水素生成以外の用途にも応用することが可能となりました。水素の保存や輸送の担い手である「水素キャリア」の有力候補であるアンモニアを効率よく生成する方法を確立できたのです。

まず、水素キャリアについて説明します。水素分子は常温では気体であり、質量はとても軽いものです。なので、水素分子をそのまま気体の状態で保存したり輸送したりすることは難しい。たとえば、自動車に水素の気体が入った風船を取り付けて走るわけにはいきませんよね。そこで、水素を他の元素と結びつけて液体などの保存・輸送しやすい状態にすることが考えられています。この水素の保存や輸送の担い手となる物質を「水素キャリア」といいます。水素を水素キャリアに保存しておけば、輸送もできるし、必要なときに取り出して使うこともできます。かつては水素を金属材料に貯蔵する方法が盛んに研究されていましたが、金属が脆化するなどの技術的課題があり、現在では、金属貯蔵の選択肢はあまり残されていません。一方で、液体として水素を貯蔵する方法は、現在、多く検討されています。その液体による水素キャリアの有力候補のひとつが、アンモニアです。

図:自然エネルギーと水素キャリアを統合したシステム(出典:関根研究室)

アンモニア(NH3)は、水素(H)と空気中に多く存在している窒素(N)から成り立っているため、比較的、簡単に生成することができます。また、アンモニアは、水素キャリアとして期待されるだけでなく、肥料の原料などにも用いられており、現時点でも社会的に有用な物質です。アンモニアの生成では、20世紀序盤の第一次世界大戦のころに実用化された「ハーバー・ボッシュ法」という伝統的な方法が、今なお主流となっており、鉄を主成分とした触媒を用いて、窒素分子と水素分子からアンモニアを作ります。ただし、この方法では、400〜600℃の温度で触媒反応をさせる必要があります。また、高圧環境も用意する必要があります。生じた熱の利用まで考えれば効率的な方法ではありますが、高温・高圧の環境をつくらなければなりません。そのため、必要な分量のアンモニアを、小型の設備、かつ、低温で効率よく合成する技術が求められていました。

世界最高レベルのアンモニア合成速度

電場触媒反応を発見した私は、様々な機会で「電場を与えることにより、低温で触媒反応が進む」と発表していました。そうした中で、新エネルギーや触媒の事業を手がける企業から、「電場触媒反応をアンモニアの合成に応用することはできないでしょうか」と、声を掛けてもらいました。そこで、共同研究を始めることにしました。

私たちの研究室では、電場触媒反応の応用としてアンモニア合成に使える触媒を探索しました。その結果、ルテニウム(Ru)という金属の原子を付着させた触媒に、数ワットの微弱な電力を与えることで、200℃程度の低温でも素速くアンモニアを合成できることを見出しました。

図:電場触媒反応で生じるプロトンホッピングによるアンモニア合成過程のイメージ。Ruはルテニウムの金属クラスター。SrZrOxは半導体性をもつ担体。電場を印加することにより水素イオンが表面をホッピングし(図中1)、窒素分子(N2)と反応してN2H+中間体を経由し(図中2)、アンモニア(NH3)が生成する(図中3)

一方、その企業の研究者たちは、私たちの研究成果を活用しようと社内で実験装置を用意し、この触媒系を9気圧の条件で反応させてみたそうです。すると、1時間で1グラムあたり30ミリモルという、世界最高レベルのアンモニア合成速度を達成することができたのです。

これらの研究成果を2017年6月、英国の化学誌『ケミカル・サイエンス』に、“Electro-catalytic synthesis of ammonia by surface proton hopping”(電場触媒反応での表面プロトンホッピングによるアンモニア合成)というタイトルで、企業の研究者、そして、早稲田大学の中井浩巳教授たちと共に発表しました。将来的には、この技術と、再生可能エネルギーを利用した水素生成技術を組み合わせることで、1日あたり数10トンから100トン規模という高効率なアンモニア合成プラントを実現することも期待できます。

水素キャリアのもう一つ「有機ハイドライド」

アンモニアと共にもう一つ、水素キャリアとして大きな期待を集めている液体の物質があります。「有機ハイドライド」とよばれる化合物です。私たちの研究室では、この有機ハイドライドも研究対象にしています。「ハイドライド」は、水素とほかの元素からなる化合物のこと。「水素化合物」とも表現されます。ハイドライドのうち、水素と結びつく元素が炭素(C)つまり有機物であるときは「有機」がつきます。つまり、有機ハイドライドは、炭素元素と水素元素から成り立つ化合物を指しています。有機ハイドライドにはいくつか種類がありますが、水素キャリアとして利用するための研究で進んでいるのは、「メチルシクロヘキサン」という化合物です。化学式では「C6H11CH3」と表されます。

有機ハイドライドは、水素と石油のような物質を材料に作られます。出来上がりのイメージは、水素の入ったガソリンのような液体です。たとえば、メチルシクロヘキサンの有機ハイドライドから水素を取り出すと、液体はトルエンという物質になり、化石燃料として使う場合と違って、水素を取り出した後に何度も使い回しすることができます。また、この有機ハイドライドは、強い臭いを放つアンモニアと違って、家庭に置いておくこともできます。

100年後の社会を視野

内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:cross-ministerial Strategic Innovation promotion Program)」における研究開発計画などでは、アンモニアが水素キャリアの最有力候補に、また、有機ハイドライドが二番手候補として位置づけられています。液化水素など他の物質も含め、どれがメインの水素キャリアとなるかが注目されています。しかし、これらの水素キャリアは、ライバル関係であると同時に、お互いに補完し合える関係でもあると私は見ています。つまり用途や分野により、使い分けができると考えています。

アンモニアについては、使い切ったら残るのは窒素のみです。窒素は大気中に多くふくまれる気体なので、そのまま放出することができます。ですので、アンモニアは、その場で使い切るような用途に向いています。たとえば、離島で風力発電をエネルギー源にして、電場触媒反応を用いて水から水素を作り、その水素を空気中の窒素と結合させてアンモニアを作ることができます。つまり、その場所にある材料のみで水素キャリアを作り、水素を使うときはなにも残さない、という状況を実現できるわけです。

一方、有機ハイドライドについては、水素を取り出した後に液体が残りますが、目的地の間を往来するような輸送手段には向いています。たとえば、東京と大阪を行ったり来たりするような輸送手段を考えてみます。有機ハイドライドを水素キャリアとし、臨海部のキャリア工場から利用地まで運んだ上で水素を取り出して使い、出てきたトルエンを工場に持ち帰って新たな水素を結合させて有機ハイドライドに戻して再利用するような方法です。研究者や企業には、“アンモニア派”とか“有機ハイドライド派“とか、どちらかを推進する立場をとる人もいますが、私は用途次第でどちらも使えるものと考えています。ですので、アンモニアも有機ハイドライドも研究しています。

図:再生可能エネルギーの大量導入に向けてのビジョン(出典:関根研究室)

写真:研究室では、長い視野に立って将来社会の構築につながる研究を実施している

おそらく今後100年ぐらいは、化石資源を利用する社会は続いていくものと私は見ています。その化石資源が目減りし、「もはや化石資源の時代は終わりを遂げた」という状況を迎えたとき、私が取り組んでいる研究が社会に役立てられたらよいと思います。100年後の未来まで視野に入れながら、研究を進めています。

次回は最終回。研究の姿勢と深く関わる関根教授の人生観に迫ります。早稲田大学の魅力や利点についてもお話を伺います。

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プロフィール

関根 泰(せきね やすし)
1998年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了(工学博士)。東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻助手、早稲田大学理工学部応用化学科助手、同・ナノ理工学研究機構講師、同・理工学術院応用化学科准教授などを経て、2012年より早稲田大学理工学術院教授(先進理工学部)。また2011年よりJST(科学技術振興機構)フェローを兼務。石油学会論文賞、日本エネルギー学会進歩賞、FSRJ(プラスチックリサイクル化学研究会)研究進歩賞などを受賞。
詳しくは関根研究室

業績情報

論文

受賞

  • 2005年度 石油学会奨励賞
  • 2007年度 触媒学会奨励賞
  • 2009年度 プラスチックリサイクル化学研究会(FSRJ)研究進歩賞
  • 2010年度 日本エネルギー学会 進歩賞(学術部門)
  • 2015年度 石油学会論文賞
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WASEDA University

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