特集 Feature Vol.19-2 触媒の未知なる力を導き出す(全4回配信)

触媒化学研究者
関根 泰(せきね やすし)/理工学術院教授

“生け捕り”戦略で電場触媒反応を解明へ

微弱な電気的な力がはたらく空間である「電場」を与えることで、激的に触媒反応が進む。この「電場触媒反応」という、まったく未知だった現象を発見した関根泰教授。次に着手したのは、電場触媒反応のメカニズム解明でした。そこで立てた戦略は“生け捕りすること”。いったい、どのような方法だったのでしょうか。(取材日:2017年9月7日)

電場触媒反応のメカニズム

前回お話したように、2009年に、水素を得るための触媒反応において微弱な電場をあたえると、150℃という低温でも反応が十分に進行することを発見し、「電場触媒反応」と名付けて発表しました。従来の方法では、700℃以上といった高温を必要としていましたから、大きな発見だったと思っています。

けれども、どうして微弱な電場を与えると触媒反応が進むのか、そのメカニズムは謎のままでした。私の研究は、社会で役立つことにつながる成果を出すことを目的としています。現象的な結果はわかっても、メカニズムがわからなければ、さらなる効率化や、ほかの触媒反応への応用はままならない。電場触媒反応のメカニズムを解明することが、次の大きな研究目標となりました。

生きる魚に影響をあたえず観測するように

私たちは、電場触媒反応のメカニズムを探るため、「オペランド(生け捕り)分光法」とよばれる分析技術の分野でもホットな技術に着目しました。「オペランド」(operando)とは、「働いている」といった意味のラテン語であり、この方法では、まさに触媒反応が実際に進んでいる瞬間を観測します。

「オペランド分光法」のイメージを、たとえ話で説明しましょう。魚がどのように呼吸しているかを調べたいとします。釣った魚を、まな板の上で三枚におろして、エラを見て「ここから酸素を得ているのか」と理解できたとします。これは、調べたい対象を殺してから分解して調べるという方法です。でも、できるならば、生きている魚を調べて、呼吸のしかたを理解したい。そこで、生きている魚をイケスに入れて、魚の体に呼吸のしかたなどがわかるセンサを付けて、魚を生かしながらデータを取っていく方法をとります。この方法は、生きている魚を調べるという点では、実際の体の動きに迫れる方法といえます。けれども、狭いイケスの中で、体にセンサを付けて調べるというのは、本来の魚の自然な動きを保ったものとはいえません。

写真:「オペランド(生け捕り)分光法」についてわかりやすく説明する関根先生

そこで、さらに踏み込んで、魚に、動くのに影響にならないくらい小さなマイクロセンサを体内にとり込ませることを考えたとします。体内に入ったセンサから信号を電波で送り出せば、呼吸のしかたを調べることができます。これにより、魚に観測の影響を与えず、自然に生活している中で、呼吸のしかたを調べられるようになります。この方法が「オペランド」と呼ばれる観測法です。触媒反応についても、ありのままの現象を観測することが、真の発見につながります。研究室から試料を取り出してきて分析するのは、いわば死んだ魚を分解しているのと同じようなもの。そうではなく、触媒反応装置の中にガスを詰めて反応している最中に、まさに反応が起きている瞬間を、分光法という方法で観測するのです。これが、触媒反応を対象とする「オペランド分光法」。この方法を使えば、観測した各時点に応じて、生きた現象の情報を得ることができます。

見えてきたプロトンホッピング

オペランド分光法を用いた実験を積み重ねて、データを蓄積していくうちに、電場触媒反応のメカニズムが少しずつ見えてきました。それは、「触媒の表面に吸着した水を介して、プロトンがホッピングとよばれる動きをする」というものです。プロトンホッピングというのは、プロトン(H+)(水素原子(H)が正の電気を帯びた状態)が水分子と結合すると、もともとあった酸素原子(O)と水素原子(H)の結合が切れて、となりの水分子にプロトンを渡すことが繰り返されていく現象を指します。あたかもプロトンが、バケツリレーのように、触媒表面上をすばやく移動しているような動きを見せます。このプロトンホッピングによるプロトンの素早い移動によって、触媒反応に必要なエネルギーが低く抑えられ、低温での反応を促進していることがわかったのです。さらに、プロトンと触媒表面に吸着した分子の衝突が、不可逆過程を生み出していることも明らかになりました。


図:電場の有無におけるオペランド-拡散反射法スペクトル (A)はパラジウム(Pd)触媒や電場印加の有無による比較。KMは得られたスペクトルをKubelka-Munk(クベルカ-ムンク)式に変換したもの。(B)は酸素(O)と水素(H)の回転領域。 (C)は酸素(O)と水素(H)の伸縮領域。これらから、反応のメカニズムが電場の有無により明らかに異なることがわかった(出典:関根研究室)

図:表面でイオンがホッピングして反応が進むイメージ。 表面は一酸化セレン(CeO)、大きな灰色の塊がパラジウム(Pd)、赤い球が水素原子あるいはプロトン(H+)、薄黄色が酸素(O)原子、青が炭素(C)原子を表す。電場はCeOの表面に沿うようにかかっている。水分子(H2O)は隣どうしの水と緩やかに水素結合している。H+がある水分子と結合すると元からあったO-Hが切れ、隣の水にH+を渡す。これを繰り返すとH+は水分子自身が移動しなくても、あたかもCeOの表面をバケツリレーのように非常に素早く移動することができる。H+は一方的にPdに衝突し、そこに捕まっているメタンと反応し水素分子と二酸化炭素が生成される(出典:関根研究室)

これらは、従来の教科書などには載っていない、まったく新しい知見です。私は、この発見に携わった研究室の学生たちと共に2016年12月、『ネイチャー』の電子ジャーナル『サイエンティフィック・レポート』に、“Surface Protonics Promotes Catalysis”(表面プロトンの触媒反応促進)というタイトルで論文を発表しました。第1回で紹介した電場触媒反応そのものの発見は偶然的な要素が強くありました。一方、今回のメカニズム発見は、データの積み重ねによるものです。データを取り、グラフを作っていくうちに、「こうかな」「こうなりそうだから、こっちも試してみよう」「やっぱりこうなった。ということは……」と試行し、裏付けを取りながら、じわじわと確信に至ったというものです。

「電場触媒反応」という言葉の浸透

電場をあたえて触媒反応を引き起こす方法は、様々な分野で広く一般化され、今では多くの国や学会の文書でも当たり前のように「電場触媒反応」という文言が使われています。海外でも、「電場触媒反応」関連の研究は確実に進められています。この研究のおもしろさに世界の研究者が気づいてくれたのだと嬉しく思っています。とはいえ、高度な技術が必要となるため、海外では米国、シンガポール、欧州の一部で研究がされている程度。触媒反応も、そのメカニズムも私たちが発見したものですので、今のところ私たちの研究室が一歩先をいっています。電場触媒反応のメカニズムを解明できたことにより、様々な応用ができるよう。になりました。これについては、次回、お話したいと思います。

次回は、水素社会の実現に欠かせない、水素の貯蔵・移送の担い手「水素キャリア」をキーワードに、最新の研究成果などについてお話を伺います。

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プロフィール

関根 泰(せきね やすし)
1998年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了(工学博士)。東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻助手、早稲田大学理工学部応用化学科助手、同・ナノ理工学研究機構講師、同・理工学術院応用化学科准教授などを経て、2012年より早稲田大学理工学術院教授(先進理工学部)。また2011年よりJST(科学技術振興機構)フェローを兼務。石油学会論文賞、日本エネルギー学会進歩賞、FSRJ(プラスチックリサイクル化学研究会)研究進歩賞などを受賞。
詳しくは関根研究室

業績情報

論文

受賞

  • 2005年度 石油学会奨励賞
  • 2007年度 触媒学会奨励賞
  • 2009年度 プラスチックリサイクル化学研究会(FSRJ)研究進歩賞
  • 2010年度 日本エネルギー学会 進歩賞(学術部門)
  • 2015年度 石油学会論文賞
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