特集 Feature Vol.19-1 触媒の未知なる力を導き出す(全4回配信)

触媒化学研究者
関根 泰(せきね やすし)/理工学術院教授

センター・オブ・ケミストリー

それ自体は変化しないが、他の物質の化学反応のなかだちとなり、反応の速度を変える物質。それが「触媒」です。私たちが暮らしで使っている製品の多くは、なんらかの触媒を用いた反応により作られています。先進理工学部応用化学科の関根泰教授は、この”触媒”の未知なる力を見出して発揮させることにより、未来のあるべき社会の実現に貢献しようとしています。今回は、関根教授に、触媒化学の魅力や、独自性の高い研究内容、また研究の姿勢に深く関わる人生観などについて4回にわたりお話を伺います。第1回目は、触媒の重要性と、触媒による効率的な水素生成法を確立した研究の経緯について伺います。(取材日:2017年9月7日)

触媒研究は「センター・オブ・ケミストリー」

私は、触媒化学の研究者です。

幅広い自然科学の分野の中でも、化学は物理学と並んで「センター・オブ・サイエンス(科学の中心分野)」と言われます。機械、電気、原子力、建築などをはじめとする、理工系のどの分野でも、原理を突き詰めて行くと、最後には分子や原子のレベルの化学構造や、分子間力などの物理にたどり着きます。化学は物理学とともに、ほぼあらゆる理工系分野の根底をなしている。だからこそ「センター・オブ・サイエンス」と称されるのです。

そんな化学の中でも「センター・オブ・ケミストリー(化学の中心分野)」と言われるのが、触媒の研究です。こう呼ばれるのは、触媒の作用により進行する化学反応、つまり触媒反応が、私たちの暮らしを支えている化学工業の分野において、たいへんに重要なプロセスだからです。化学工業で使われている化学反応のじつに9割が触媒反応であると言われています。

日本は毎年、約24エクサジュールという膨大な量のエネルギーを外国から買っています。そのうち、10エクサジュールを石油として購入していますが、石油から何かの製品を作るプロセスのほぼすべてに触媒がかかわっています。たとえば、石油を蒸留してハイオクタンガソリンを得るには、硫黄の成分を除去する脱硫触媒を使います。また、自動車を走らせるためにガソリンを燃焼したときは、酸性雨を引き起こす窒素酸化物を出さぬよう、排気ガスを窒素酸化物還元触媒で処理します。さらに、石油化学の分野では石油からプラスチックスを作りますが、石油を蒸留して比重を軽くしたナフサを各種の触媒によって、きれいにしたり変化を加えたりしています。

写真:大規模化学プラントのほとんどは、触媒反応を利用して運用されている

身近な食品にも触媒が関わっています。パンにマーガリンを塗って食べる人は多いでしょう。マーガリンは、原料である天然油を、触媒を利用して水素を添加することで硬化させ作っているのです。これらの触媒反応の実用例はごく一部に過ぎません。私たちの日常の暮らしの多くは、化学工業に依存しており、そのほとんどに触媒反応が関係しているのです。多くの人にとって、触媒は目立たない存在かもしれませんが、触媒は社会の根底を支えているといっても過言ではないのです。

エネルギー源としての水素

触媒反応を利用することで生成できるものの一つに、水素があります。未来の世界は「水素社会」になると言われています。これまで人類は、約40億年をかけて作られた石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料を掘り出して、一瞬のうちに使ってきました。ところが、化石燃料を使い続けることのできる保証はどこにもありません。未来にわたり永くエネルギーを使い続けるしくみを考えなければなりません。

元素のならんだ周期表を見ながら、エネルギーとして使える元素はなにかと考えてみると、炭素、リチウム、そして水素など、限られていることがわかります。リチウムは酸化還元反応を利用してバッテリーとしてすでに使われています。炭素は、燃焼すると二酸化炭素が出ます。すると、燃焼させてエネルギーを取り出すのに向いている元素は、水素ぐらいしか残らないのです。化石資源の時代が終焉を迎えれば、水素を使う社会が必然的に訪れることになるでしょう。

ところが地球の自然界には、水素分子(H2)はほぼ存在しません。水素は酸素と結びつきやすく、より安定した水の分子になっているからです。ですので、水(H2O)を分解するなどして、水素を作り出す必要があります。このときに使われるのが触媒反応です。従来は、水分子から水素分子を得るために、メタンと水蒸気を触媒で反応させるプロセスを踏んできました。

CH4 + 2H2O → CO2 + 4H2

しかしながら、この方法では、触媒の反応速度を高めるのに摂氏700℃以上の高温が必要です。エネルギー源である水素を得るために、大量のエネルギーを使って高温にしなければならないという問題があります。また、材料を用意するのも大変で、得たいときにすぐに作れるという容易さもありません。そうした中で、「だれもやっていないことを研究する」ことを強く意識していた私は、従来法よりはるかに低温の150〜200℃という温度で、水分子から水素分子を得る方法の確立に挑んできました。

写真:いつも穏やかな笑顔の関根先生

電場触媒反応

2000年代前半、私は「プラズマの存在する場で触媒反応を起こしたらどうなるか」という、だれもやっていない研究に取り組んでいました。ある日、学生と実験を進めている中で、「あれ、いまのはなんだ」と思うような反応が見られました。電圧を高めていっても、触媒反応がそれに追随して直線的に加速して行かなかったため、不思議に思いました。学生は「プラズマがあまり生じていなかったので、反応しなかっただけではないでしょうか」と言いますが、ちょっと怪しい。そこで学生に「プラズマが起きないようにしてみて」と指示しました。学生が実行すると、不思議なことに、触媒反応がものすごく進んだのです。つまり、加える電圧を微弱にすると、触媒反応がとても強くなるということを発見しました。学生の実験操作を見ている中で偶然に得られた成果です。

写真:西早稲田キャンパスの関根先生の実験室で。触媒反応など各種化学反応を引き出す装置が並んでいる。

プラズマや電気分解でなく、微弱な電圧を利用して触媒反応を進め、水素を生成するという、だれも見出していなかった方法を見出すことができました。150℃という低温でも、十分に触媒反応は進行し、水素が生成されます。私たちは、この方法を「電場触媒反応」と名付けて2009年に発表しました。わずかな電力によって、低い温度で触媒反応が進行するため、高いエネルギー効率を実現することができます。

図:(上)左が従来の電場無しでの水蒸気改質。右が電場触媒反応を用いた水蒸気改質(下)左はメタンの水蒸気改質における電場の効果。右は3種類の触媒における従来の触媒反応と電場触媒反応での各温度での生成物の違い(出典:関根研究室)

電場触媒反応を使うことで、水素を必要なときに簡便に生成することが可能となります。実際、この技術については、十数社の企業と共同研究をおこなってきました。実用化に至っている企業もあります。プラズマを発生させるよりもはるかに効率よく触媒反応を引き起こせることがわかったので、この発見以降は、電場触媒反応を研究の中心テーマにしました。電場触媒反応には、一つの大きな謎が残されていました。「どうして微弱な電圧の環境下で、触媒反応が生じるのか」というメカニズムについてです。そこで以降は、このメカニズムの解明に取り組むことにしたのです。

次回は、「電場触媒反応」のメカニズムを解明するまでの道のりについてのお話を伺います。

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プロフィール

関根 泰(せきね やすし)
1998年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了(工学博士)。東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻助手、早稲田大学理工学部応用化学科助手、同・ナノ理工学研究機構講師、同・理工学術院応用化学科准教授などを経て、2012年より早稲田大学理工学術院教授(先進理工学部)。また2011年よりJST(科学技術振興機構)フェローを兼務。石油学会論文賞、日本エネルギー学会進歩賞、FSRJ(プラスチックリサイクル化学研究会)研究進歩賞などを受賞。
詳しくは関根研究室

業績情報

論文

受賞

  • 2005年度 石油学会奨励賞
  • 2007年度 触媒学会奨励賞
  • 2009年度 プラスチックリサイクル化学研究会(FSRJ)研究進歩賞
  • 2010年度 日本エネルギー学会 進歩賞(学術部門)
  • 2015年度 石油学会論文賞
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