「特集 Feature」 Vol.12-2 空気熱をエネルギーに変える 今、ヒートポンプが熱い!(全2回配信)

熱システム制御研究者
齋藤潔(さいとうきよし)/理工学術院 基幹理工学部
機械科学・航空学科 教授

新型空調システムで世界を変える

1改2016年11月4日に発効したパリ協定における日本の温室効果ガス削減目標は「2030年度に2013年度の26%の水準」です。一方、日本の民生部門(業務、家庭)からのCO2排出量は横ばいや微増の産業部門や運輸部門などに比べて大幅に増加しており、大変重要な課題となっています。熱交換器とヒートポンプを組み合わせた空調システムによる高効率化で目標達成への貢献を目指す早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 機械科学・航空学科の齋藤潔教授に、今後の研究についてお聞きしました。

(取材日:2016年10月24日)

 

産学の知恵を組み合わせ、制御してCO2排出量削減に挑む

新しく取り組み始めたプロジェクトとして、環境省の平成28年度CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業液式デシカントと水冷媒ヒートポンプの組合せによる高効率空調システムの開発」を進めています。本プロジェクトで実現したいことは、新型業務用空調システムを開発し、従来比で40%以上CO2排出量を削減することです。

プロジェクトの核となる技術は、タイトル通り液式デシカント除湿空調システムと水冷媒ヒートポンプです。実は、空調機自体はヒートポンプ単体でも実現可能です。ヒートポンプは周辺環境熱を利用して膨張・圧縮のみで温度制御するため本質的にエネルギー消費効率が良く、また、燃焼させないため空気を汚すこともありません。しかしながら、ヒートポンプのみで温度と湿度を調整する場合、まず冷却して湿度を除去してから希望温度まで加熱するという非効率な動作になってしまいます。このデメリット改善のため、温度をヒートポンプ、湿度をデシカントで二段階に調整します。

 

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図5 高効率調質空調システムの全体構成:液式デシカント除湿空調システムと水冷媒ヒートポンプから構成される

 

とはいえ、この方式にも課題があります。たとえば、2種類の装置を組み合わせるためシステム全体が大きくなること、ヒートポンプの熱制御のみで除湿と空調との両方を動作させるため制御バランスが崩れると却って非効率になること、などが挙げられます。

特に液式デシカントではそのコンパクト化のために、処理空気、湿分吸収液とその加熱/冷却媒体との3流体を同時に熱・物質交換する「3流体熱交換器」という新式の開発に取り組んでいます。この技術は私たちがダイナエアー(株)とともにこの5年ほど研究してきたもので、現在、5~6割ほど開発が進んでいますが、この成功如何によって空調システム全体の大きさが決まってしまいますので責任重大です。

 

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図6 液式デシカント除湿空調システムの構成

 

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図7 3流体熱交換機(図2の左側拡大図):図の手前から奥に向かって伝熱管に水蒸気が流れており、上下方向に除湿液が滴下され、さらに左右方向に空気が流れている3次元構造 ————————————————————————————————————

 

地下空間の快適性と安全性の向上に貢献

本プロジェクトで開発した新型業務用空調システムを将来的には地下空間に導入したいと考えており、理由は二つあります。一つは、現在の地下空間においては空調機を(機器の性能上)定格運転して効率性や快適性が二の次になっており、新型空調システムの導入によりそれらを向上させることができるため、もう一つは、安全性を向上させることができるためです。空調機に用いられていたR410Aなどのフロン系冷媒も徐々に温暖化係数の低いR32などの材料に置換されつつありますが、それらは可燃性があり、地下空間で事故が起こった際に被害を拡大させてしまう可能性があります。本新型空調システムを構成する水冷媒ヒートポンプは川崎重工業(株)の技術の粋を集めた製品であり、フロン系冷媒を使用していませんから、地震などで空調システムに損傷が出ても水が漏れるだけ、という安全性を備えています。

日本の空調機は、その性能は世界トップであり、高評価を得ています。一方で、中国や韓国の企業が得意とする国ごとのカスタマイズについては、若干対応が後手に回ってしまっているのではないかと思います。例えば私の研究室には東南アジアからの留学生が多数在籍していますが、彼らの国では年中高温・高湿度のため、暖房機能は不要だと言います。各国の特徴やニーズを捉えて、日本の良い製品をどんどん世界に出していけたら良いですね。

 

企業との共同研究を通して追究すべき現象の存在に気付く

先のプロジェクトもそうですが、基盤的な研究も含めて企業とともに研究開発することが多く、学生も参画しています。早稲田の機械工学では修士課程修了者の9割以上が就職しますから、企業からの委託研究や共同研究に携わったことがあるという経験は、彼らにとって非常に強みになると思っています。もちろん、委託・共同研究の成果をすぐに発表できなかったり、開発途中の装置を隠さなければいけなかったりもしますので、そこが教育面でデメリットだという考え方もあるかもしれませんが、そのぐらいしなければいけないレベル、誰もやったことがないレベルの研究開発に関わることができるというメリットとも考えられるのではないでしょうか。私のようなアカデミアの人間としては、若干もどかしく感じるところはありますが(笑)。

 

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写真 研究室の学生達と談笑するヒトコマ

 

企業と仕事をしていると、ある成果に対してあと1歩、2歩踏み込みたい場合でも共同研究はその成果までで充分、とされることもあります。だからこそ、共同研究期間が終わった後も、5年、10年とそのテーマを掘り下げて続け抜くことを徹底しています。企業が「良く分からないが利用はできる」としている現象こそが、最先端の研究対象であり、委託・共同研究はそれに気付くきっかけを与えてもらう良い機会にもなっています。現象の解明に学生とともに取り組んでいると、ミクロ視点にどんどん突き進んでいってしまいますので、あるところでまた社会ニーズに立ち戻り、マクロ視点を取り入れていく、というスタンスでいます。

 

エネルギー技術のさらなる発展に向けて

本格的に自身の研究テーマとしてヒートポンプに取り組み始めて10年、学生時代の熱交換器から数えれば約26年になります。熱駆動のヒートポンプ制御に関しては、第1回でもお話ししたとおり、理論を使ってシミュレーションするというかなり高度なことまでできるようになってきました。この先の社会はおそらく電気駆動の機械がさらに増えるでしょう。電気系制御に関しても同じシミュレーターで予測することができますから、熱に限らず多くの系統を含めた理論、ひいては総合シミュレーターに発展させたいというのが次の狙いです。

 

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写真 将来の研究について楽しそうにお話しくださった齋藤潔教授

 

たとえば、電気と熱を同時に回収できるコジェネレーションの開発には双方の知識が必要です。電気と熱とでは応答速度もまったく異なりますから、どのように制御するかという点だけでも課題になります。電気系と熱系の研究領域は分断されてしまっていますので、この間をつなぐような視点、シミュレーターの開発は今後の様々なエネルギー関連機器の研究開発に貢献できるものと考えています。

そのための一つの活動として、学内の数学系の研究者と連携して新しくプロジェクトを立ち上げようとしているところです。純粋数学からみた熱や流体と、実測や機械工学からみた熱や流体、双方の知識が組み合わさると非常に面白いことが生まれるのではないかと期待しています。そこから得られる新たな知見から、全く新しいヒートポンプの駆動原理を生み出すことなどができたら、研究者冥利に尽きますね。

 

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プロフィール

プロフィール改齋藤 潔(さいとう きよし)
1992年早稲田大学理工学部機械工学科卒業、1994年同大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、1997年同博士課程修了。博士(工学)。早稲田大学助手、工業技術院(現、産業技術総合研究所)資源環境技術総合研究所科学技術特別研究員、早稲田大学専任講師、同助教授を経て2008年から同教授。2005-06年イリノイ大学客員研究員、2011年フィリピン大学客員教授、2014年からインドネシア大学招聘教授も務める。

主な研究業績

学術論文

  • N.Giannetti, A.Rocchetti, A.Lubis, K.Saito and S.Yamaguchi, “Entropy parameters for falling film absorber optimization”, Applied Thermal Engineering, 93, pp.750-762 (2016).
  • A.Lubis, J.Jeong, K.Saito, N.Giannetti, H.Yabase, M.Idrus Alhamid, and N.V.Nasruddin, “Solar-assisted single-double-effect absorption chiller for use in Asian tropical climates”, Renewable Energy, 99, pp.825-835 (2016).
  • N.Giannetti, S.Yamaguchi and K.Saito, “Wetting behavior of a liquid film on an internally-cooled desiccant contactor”, International Journal of Heat and Mass Transfer, 101, pp.958-969 (2016).
  • K.Saito, N.Inoue, Y.Nakagawa, Y.Fukusumi, H.Yamada and T.Irie, “Experimental and numerical performance evaluation of double-lift absorption heat transformer”, Science and Technology for the Built Environment, 21(3), pp.312-322 (2015).
  • S.Yamaguchi and K.Saito, “Numerical and experimental performance analysis of rotary desiccant wheels”, International Journal of Heat and Mass Transfer, 60(1), pp.51-60 (2013).

著書

  • 齋藤潔、他、『エネルギーの辞典』、(朝倉書店、 2009年)
  • 齋藤潔、他、『デシカント空調システムの基礎理論と最新技術』(S&T出版、2015)
  • 齋藤潔、他、『未利用工場排熱の有効活用技術と実用展開』(サイエンス&テクノロジー、2014)
  • 齋藤潔、他、『高効率蓄熱技術の開発』、(R&D出版、2013)
  • 齋藤潔、他、『サーマルマネジメント ― 余熱・排熱の制御と有効利用』(NTS、2013)
  • 齋藤潔、他、『高効率冷凍・空調・給湯機器の最新技術』(CMC出版、2011)

受賞

  • 日本機械学会賞(2013)
  • 日本冷凍空調学会学術賞(2012、2010)
  • SAREK Best Paper Award(2010)
  • ERDT Best Paper Award(2010)

 

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