「特集 Feature」 Vol.12-1 空気熱をエネルギーに変える 今、ヒートポンプが熱い!(全2回配信)

熱システム制御研究者
齋藤潔(さいとうきよし)/理工学術院 基幹理工学部
機械科学・航空学科 教授

未利用熱を「使えるエネルギー」に

1改2016年1月に閣議決定された第5期科学技術基本計画において、重要政策課題の一つとして「エネルギーの安定的確保とエネルギー利用の効率化」が掲げられています。エネルギー利用の効率化技術と、技術開発のためのシミュレーションについて、早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 機械科学・航空学科の齋藤潔教授にお聞きしました。

(取材日:2016年10月24日)

 

熱が持つ可能性との出会い

私の専門は、熱エネルギーを効率良く利用するために最適システムを設計し、制御する「熱システム制御」です。たとえば、空気熱などの低質な周辺環境熱やこれまで捨てていた(中途半端な温度の)産業廃熱などを高質(=高温)な熱に変換して、熱エネルギーとして利用できるようにする次世代ヒートポンプの研究や、それを利用した空調システムの考案・制御研究、システム構築の基盤となる熱流体シミュレーションなどに取り組んでいます。

元々は、車の振動を制御する研究に携わりたいと思っていましたので、卒業研究では制御工学の専門家である河合素直先生の研究室を希望し、配属されました。ところが、割り振られた研究テーマは熱交換器。当初は興味を持てませんでしたが、管を流れる溶液にアルコールを少し垂らした瞬間に起こったマランゴニ対流(液体の温度差などによってできる表面張力の差が要因となり起こる対流)によって溶液が激しく動き出し,熱交換器の性能が一気に向上する様子を目の当たりにし、熱というものが引き起こす現象に強く惹かれるようになりました。結局、卒業研究から博士課程の終わりまで熱交換器の研究とともに、マランゴニ対流がなぜ起こるのかという原理を突き止めることに没頭することとなり、博士号を取得して約20年を経た今もなお、熱と対峙し続けています。

 

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図1 アルコール添加によるマランゴニ対流の生成

 

シミュレーションで現象を把握し、制御に活かす

そもそも、なぜ機械制御を専門とする河合先生が熱関連のテーマを扱っていたかというと、河合先生のさらに先生にあたる高橋利衛先生が、物理現象をエネルギー量として扱うことで全て双対性をもって表すことができるとする「量理論」を提唱されていたことに端を発します。たとえば、電気系であれば、電流は流れる量=流通量を観察しており、電圧は電位差ですから差を表す変化量=位差量を観察しています。電流(流通量)×電圧(位差量)=消費電力(エネルギー)[W]です。一方、力学系では、力は流通量として扱われ、速度は位差量となります。力(流通量)×速度(位差量)=単位時間あたりの仕事量(エネルギー)[W]となります。このように、世の中の現象をエネルギーという視点で扱ってしまおう、という考え方です。

この「量理論」のうち、河合先生は熱に関して体系的にまとめようとされていました。やがて私が体系化を本格的に引き継ぎ、数値計算方法や熱以外の機械や電気などの領域も含めてある程度まとまってきたところで、理論を反映させたシミュレーターを構築し、今ようやく日の目を見つつあります。ヒートポンプの動作原理も、真正面から論理立てすると難解な数式の羅列が続き、解を得ることが難しいのですが、「量理論」をベースにすることでシミュレーションに反映させやすくなりました。

また、シミュレーションでは、ミクロからマクロの現象まで一貫して扱うことを目指しています。たとえば、マクロ側では新宿区などで実施している地域冷暖房の効率検証に、ミクロ側では1mm以下の細管の中で流体を沸騰させた際の解析に利用できます。細管の現象は空調機(エアコン)内部で実際に起こっている現象であり、今後、空調機内部の熱交換器における省冷媒・省エネを目指すためには、なぜその現象が起こるのかを明らかにした上で、新たに設計し直していくことが重要です。また、除湿器にはナノオーダーのシリカゲルを除湿剤として使っている固体式がありますが、水分子よりも少し大きいだけのシリカゲルに多量にあいている細孔といわれる穴にどのように水分子が入っていくのか、という原理解明も10年スパンでの研究テーマとなっています。私たちはあくまでも制御が専門ですから、各要素の原理を理解した上で、装置・製品として組み上げた際にどのような現象が起こり、どのように制御するかということも、もちろん研究対象としています。私たちの研究は、ミクロの現象解析からマクロの制御に至る間をつなげる視点を持っていることに特徴があるのではないかと思います。

 

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図2 研究室で開発した汎用エネルギーシステム解析シミュレーター

 

幅広いテーマを多くの連携者とともに

近年では、指導の先生とは異なる、新奇性のある研究テーマを扱う研究者も多いように思います。幸いなことに私は、先生のさらに先生の代からの研究を引き継ぎ、かつ発展させる方向で研究を進めてきています。「量理論」の体系化などは、一代では成しえなかったテーマですし、地道な理論の積み上げのもと、ようやく今シミュレーターという形になって、最先端の研究に活用できるレベルまで引き上げることができました。熱を含むエネルギーというテーマは、長丁場を覚悟の上で考えていくべきテーマなのだとも思いますし、このような研究を許容する早稲田大学は懐が深いのかもしれません。

また、キャンパスが首都圏にあることもあり、基礎から応用研究、社会実装まで、多様かつ大掛かりなテーマを共に進める連携先を見つけることができています。幅広い研究テーマを扱うようになった直接的なきっかけは、本学助教授の頃に得た、1年間のイリノイ大学客員研究員としての経験が大きいですね。受け入れて頂いた研究室はアメリカでも1、2を争う規模・研究力を持ったグループで、基礎研究から製品開発に近い領域まで手広く空調に関するテーマを扱っていました。幅広い領域を網羅しているからこそ見えてくることが多く、とても勉強になりましたし、その経験を経て、早稲田大学での研究を再開してからは、ミクロからマクロまでバランス良く研究を進めていこうと考えるようになり、この10年は教育者、研究者、営業担当と、全力でこなしてきました。現在では学生25名、研究員25名ほどのグループとして研究を進めています。

 

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図3 イリノイ大学アーバナシャンペーン校にて:1年間研究に没頭した良き時代

 

これまでの成果の一つとして、2015年度に終了したNEDOプロジェクトの成果があります。電気駆動ではなく熱駆動のヒートポンプで、従来120℃までしか上げられなかった温度を180℃に向上させ、産業用の大きなヒートポンプとして製品化しました。工場の多くは180~190℃の蒸気配管網を有しており、その熱を利用しています。様々な工程を経て80~90℃程度に落ちた廃熱を効率良くそのレベルまで上げて初めて再利用・有効利用することができるわけです。現在はさらに電気駆動で200℃まで上げることを目標としたプロジェクトも推進しています。

 

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図4 90℃程度の排熱から180℃の水蒸気を生成できる第二種吸収ヒートポンプ

 

次回は、最新の研究開発動向について伺います。

環境省「平成28年度CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業
液式デシカントと水冷媒ヒートポンプの組合せによる高効率空調システムの開発
 
☞2回目配信はこちら

 

プロフィール

プロフィール改齋藤 潔(さいとう きよし)
1992年早稲田大学理工学部機械工学科卒業、1994年同大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、1997年同博士課程修了。博士(工学)。早稲田大学助手、工業技術院(現、産業技術総合研究所)資源環境技術総合研究所科学技術特別研究員、早稲田大学専任講師、同助教授を経て2008年から同教授。2005-06年イリノイ大学客員研究員、2011年フィリピン大学客員教授、2014年からインドネシア大学招聘教授も務める。

主な研究業績

学術論文

  • N.Giannetti, A.Rocchetti, A.Lubis, K.Saito and S.Yamaguchi, “Entropy parameters for falling film absorber optimization”, Applied Thermal Engineering, 93, pp.750-762 (2016).
  • A.Lubis, J.Jeong, K.Saito, N.Giannetti, H.Yabase, M.Idrus Alhamid, and N.V.Nasruddin, “Solar-assisted single-double-effect absorption chiller for use in Asian tropical climates”, Renewable Energy, 99, pp.825-835 (2016).
  • N.Giannetti, S.Yamaguchi and K.Saito, “Wetting behavior of a liquid film on an internally-cooled desiccant contactor”, International Journal of Heat and Mass Transfer, 101, pp.958-969 (2016).
  • K.Saito, N.Inoue, Y.Nakagawa, Y.Fukusumi, H.Yamada and T.Irie, “Experimental and numerical performance evaluation of double-lift absorption heat transformer”, Science and Technology for the Built Environment, 21(3), pp.312-322 (2015).
  • S.Yamaguchi and K.Saito, “Numerical and experimental performance analysis of rotary desiccant wheels”, International Journal of Heat and Mass Transfer, 60(1), pp.51-60 (2013).

著書

  • 齋藤潔、他、『エネルギーの辞典』、(朝倉書店、 2009年)
  • 齋藤潔、他、『デシカント空調システムの基礎理論と最新技術』(S&T出版、2015)
  • 齋藤潔、他、『未利用工場排熱の有効活用技術と実用展開』(サイエンス&テクノロジー、2014)
  • 齋藤潔、他、『高効率蓄熱技術の開発』、(R&D出版、2013)
  • 齋藤潔、他、『サーマルマネジメント ― 余熱・排熱の制御と有効利用』(NTS、2013)
  • 齋藤潔、他、『高効率冷凍・空調・給湯機器の最新技術』(CMC出版、2011)

受賞

  • 日本機械学会賞(2013)
  • 日本冷凍空調学会学術賞(2012、2010)
  • SAREK Best Paper Award(2010)
  • ERDT Best Paper Award(2010)
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WASEDA University

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