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「特集 Feature」 Vol.7-1 科学でメダルは獲れるのか!? 2020年東京オリンピックに科学で挑む!(全4回配信)

運動生理学・バイオメカニクス研究者
川上泰雄(かわかみやすお)/スポーツ科学学術院 スポーツ科学部 スポーツ科学科 教授

科学でメダルを獲るということ
〜身体メカニズムの探求編〜

11964年の東京オリンピックから約半世紀となる2020年、再びオリンピックが東京で開催されます。日本のスポーツ史において大きな節目となるこのオリンピックに、熱い眼差しを向ける研究者がいます。それは早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学部スポーツ科学科 川上泰雄教授。彼の目標は「科学でメダルを獲る」こと。世界中のトップアスリートが集うスポーツの祭典に、彼はどんな科学で挑むのでしょう? バイオメカニクスが拓く、新しいスポーツのフロンティアについて語っていただきました。

 

科学が世界のスポーツを変える

私の専門は、人間の身体の「生体計測」を中心として、身体の「かたち」と「はたらき」のメカニズムを解明しようとする「バイオメカニクス」です。私は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックへ向けて「科学でメダルを獲る」ことに挑戦したいと考えています。東京オリンピック・パラリンピックに出場する選手を科学の力でサポートすることができれば、私たちの研究を世界へとアピールできます。さらに、オリンピックが終わった後のアスリートの育成にも役立つ成果につながるのではないかと夢みています。今、日本が世界に先駆けて行うべきは、スポーツと科学を共に進化させることであり、東京オリ・パラはそのための絶好のチャンスだといえます。

私の研究を少し紹介させていただきます。下記〈写真1〉の画像はMRIで撮影した私の身体の断面図です。他にも超音波やレーザーを使った測定を行い、人間の体型、さらには体型の規定因子を詳細に調べています。このような、人間の「からだつき」や「しくみ」の生体計測が私の研究室の基本的なアプローチです。下記〈写真2〉はいろいろな人のお腹の断面図です。お腹の中身を見れば、その人の行っている競技、あるいは生活パターンがだいたい分かります。筋肉の発達具合、そして脂肪組織の蓄積パターンなどから、その人が普段どのような運動をしているか、どんな生活を送っているかが分かるわけです。

また、加齢によって変化しやすい、あるいは変化しにくい筋肉があることも明らかになってきました。そうしたことが、人間の体型を変化させるので、体型そのものが「体力」を表す、ともいえます。こうしたさまざまな生体計測を通して、人間のスポーツパフォーマンスの獲得過程を解明したり、中高齢者のメタボリックシンドロームなどの疾患の評価や予防方法を確立したりするといった研究を進めています。

近年はスポーツの世界に、多くの科学技術が持ち込まれています。たとえば、映画の演出でお馴染みになってきた「モーションキャプチャー」を使うことで、アスリートは自分の動作フォーム、例えば100メートル走の際の身体の動きを客観的に観察することができます。しかし、モーションキャプチャーのデータを実際に100メートル走が速くなるところまで繋げられているかというと、必ずしもそうではありません。競技力向上の大きなサポートになっていることは疑いのない事実ですが、具体的な競技実績に直接的に貢献する研究は未だに確立されていないと思います。私は、研究成果をもとにスポーツに革新を生む科学を開拓していきたいのです。

 

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〈写真1〉川上教授ご自身の身体のMRI画像(出典:川上泰雄)

 

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〈写真2〉腹部の断面図には、その人の生活パターンやスポーツ活動が反映される(出典:川上泰雄)

 

 

 火事場の馬鹿力と世界最速の男たちを“測る”

2020年の東京オリンピック・パラリンピックへは、生体計測の成果を踏まえた「身体運動のメカニズム探求」と「運動能力サポートギアの開発」を基軸に挑戦したいと考えています。

ギアの開発については次回にお話するとして、今回は身体運動のメカニズムの探求についてお話します。これは、人間の身体がどのような仕組みで動いているのかを明らかにする研究です。

みなさんは「火事場の馬鹿力」というものをお聞きになったことがあると思いますが、これは実在します。では、どのような仕組みで「馬鹿力」が発揮されているのでしょうか?

成人男性の太ももの筋肉「大腿四頭筋」は、約1トンもの力を発揮することができます。骨格筋というのは、すさまじい力を出すことができる装置なのです。しかし、あまりにも強いために、その力によって筋肉自身が壊れてしまうことがあります。それが「肉離れ」です。そうならないために、筋肉を収縮させる指令装置である大脳がその出力にリミッターをかけています。「火事場」のような極度な興奮状態の中でこのリミッターが一時的にはずれた瞬間、筋肉本来の「馬鹿力」が発揮されるのです。大脳のリミッターがはずれることはそう滅多にはありませんが、リミッターが極めて高いレベルに設定されている(筋力発揮時の大脳の興奮水準が高い)のがパワー系のアスリートの特徴です。

皮膚の上から電気刺激を与え、強制的に筋肉を100%の力で収縮させる実験をしてみると、電気刺激を与えない状態と比べて力の上限が大幅にアップします〈図1〉。リミッターが高いレベルの被験者〈図1上〉の場合、電気刺激による増加がほとんど見られないことがわかります。

 

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〈図1〉電気刺激による最大筋力の増加の例

 

一方、スポーツは身体内のたくさんの筋肉を同時に、適切なタイミングではたらかせる必要があるのですが、これがまたとても難しい。スポーツ大会の短距離走や跳躍種目などで力が出し切れずにふがいない思いをした経験は誰にでもあるものですが、常に最高のパフォーマンスを発揮し続けることは一流アスリートでも難しいのです。

私は、世界最速のスプリンターたちの身体や運動能力の計測を行った経験があります。陸上短距離選手のアサファ・パウエル選手とウサイン・ボルト選手の違いがどこにあるかをMRI解析や超音波解析で検証したのです。

黒人のアスリートは、ややお腹が出ている傾向がありますが、これは内臓と脊椎の間に位置する「大腰筋」の発達によるものです。パウエル選手やボルト選手にはこの大腰筋に超人的な特徴が見られました。なんと内臓を押しのけるほどに発達していたのです。この特徴が、「ライトニング・ボルト」と呼ばれる彼らの走りの一因です。

しかし、それだけではなく、彼らは「からだつき」と「しくみ」がベストマッチしたアスリートであるところが重要なポイントだと思います。この「マッチ」というのがスポーツパフォーマンスでは重要です。日本人スプリンターは体型こそ黒人選手に及ばないものの、100m走のベストタイムの差はたった0.5秒、たかだか5%の違いです。体格や筋力の差は歴然としているのに、パフォーマンスは肉迫している、と言ってもいいでしょう。日本人選手は体格と機能のマッチングがよい、ということになると思います。パウエル、ボルト両選手とも、異次元の人間というわけではないのです。日本人が速くなる、強くなるメカニズムを解明し、効果的なトレーニングの開発に繋げていくことができれば、日本人の「科学でメダルを獲る」ストーリーが生まれると思います。

 

次回は、『科学でメダルを獲るということ 〜ギアの開発・コーチング革命編〜』についてお話を伺います。

 

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 プロフィール

プロフィール

川上泰雄(かわかみやすお)

1988年東京大学教育学部体育学・健康教育学科(体育学コース)卒業。1990年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1991年東京大学大学院教育学研究科博士後期課程退学。1991年東京大学教養学部保健体育科 助手。1996年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 助手、1999年には助教授に。2003年早稲田大学スポーツ科学部 助教授。2005年早稲田大学スポーツ科学学術院教授、現在に至る。

 

主な業績
  • 2015~,川上筋腱特性開拓プロジェクト, 人間の筋腱特性とその可塑性に関する包括的研究:身体運動能力との関連性からみた効果的なトレーニング方策の確立に向けて(中核研究者課題)
  • 2012~2015,身体運動のメカニズムと適応性の解明:骨格筋・腱動態の生体計測によるアプローチ(科研費課題)
  • 2009~2011,筋肉痛の発生機序と部位特異性:筋肉痛を抑えながら筋力増強効果を高めるトレーニング(科研費課題)

その他の業績→and more

用語解説
  • MRI : 磁気共鳴画像診断装置。強力な磁気の力を利用し、体内構造物を可視化する装置。
  • モーションキャプチャー : 身体の動きを高い精度で3次元計測し、コンピュータ内で再現する技術。
リファレンス
  • Ema, R., Wakahara, T., Yanaka, T., Kanehisa, H., Kawakami, Y. Unique muscularity in cyclists’ thigh and trunk: a cross-sectional and longitudinal study. Scand. J. Med. Sci. Sports, 2015. doi: 10.1111/sms.12511.
  • Miyamoto, N., Kawakami, Y. No graduated pressure profile in compression stockings still reduces muscle fatigue. Int. J. Sports Med. 36: 220-225, 2015. doi: 10.1055/s-0034-1390495.
  • Sakaguchi, M., Shimizu, N., Yanai, T., Stefanyshyn, D., Kawakami, Y. Hip rotation angle is associated with frontal plane knee joint mechanics during running. Gait & Posture 41: 557-561, 2015. doi:10.1016/j.gaitpost.2014.12.014
  • Shishida, F., Sakaguchi, M., Sato, T., Kawakami, Y. Technical principles of Atemi-waza in the first technique of the Itsutsu-no-kata in Judo: from a viewpoint of Jujitsu-like Atemi-waza. Sport Science Research 12: 121-136, 2015.
  • Akagi, R., Iwanuma S., Hashizume, S., Kanehisa, H., Fukunaga, T., Kawakami, Y. Determination of contraction-induced changes in elbow flexor cross-sectional area for evaluating muscle size-strength relationship during contraction. J. Strength Cond. Res. 29: 1741-1747, 2015.
  • Wakahara, T., Ema, R., Miyamoto, N., Kawakami. Y. Increase in vastus lateralis aponeurosis width induced by resistance training: implications for a hypertrophic model of pennate muscle. Eur. J. Appl. Physiol. 115: 309-316, 2015.
  • Sugisaki, N., Wakahara, T., Murata, K., Miyamoto, N., Kawakami, Y., Kanehisa, H., Fukunaga, T. Influence of muscle hypertrophy on the moment arm of the triceps brachii muscle. J. Appl. Biomech. 31: 111-116, 2015. doi: 10.1123/jab.2014-0126.
取材場所

取材場所取材は所沢キャンパスにて行われました。ここには人間科学学術院スポーツ科学学術院があります。

 

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