「特集 Feature」Vol.1-4 エピジェネティクスが変える、医療の未来(全4回配信)

構造生物化学
胡桃坂仁志(くるみざかひとし)/理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

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早稲田大学 先端生命医科学センター/TWIns 胡桃坂研究室のみなさん

連載最終回の今回は、エピジェネティクスの研究者・胡桃坂仁志先生はどのようにして生まれたのか、その研究者像に迫ります。さらにエピジェネティクスはこれから、人類をどのように変革する存在になるのか、がん治療の未来に広がる可能性を、情熱的な言葉で語っていただきました。

【研究者人生の転換点となったアメリカでの研究生活】

ギターが趣味の私は、大学生の頃はミュージシャンに憧れて東京に出てきました。しかしいつの間にか、DNAに関する研究に魅せられ、今の妻と学生結婚をし、28歳の時にアメリカへ渡り、「国立保健研究所(NIH)」で博士研究員をしていました。この頃に私はエピジェネティクス研究に出会います。

私が師事したのはアラン・ウルフという先生で、まさにエピジェネティクスの本家本元の研究者でした。アランは現在「Zn(ジンク)フィンガーヌクレアーゼ」という名称で呼ばれている、ゲノム編集における画期的技術のプロトタイプを考案しました。私はアランの元で、当時最先端のクロマチンに関する研究を行い、1995-97年の間に、人工的につくったタンパク質でヌクレオソームの再構成に成功しました。当時、遺伝子工学的にヌクレオソームを作り出すことができたのは、スイス連邦工科大のリッチモンド研究室にいたキャロリン・ルーガー博士(現コロラド州立大教授)と私の2人だけでした。

私は帰国後にその研究を発展させ続け、セントロメアの構造決定やクロマチン動的性質の研究へ結びつけています。アランに今の私の成果をぜひ見てもらいたいのですが、アランは交通事故で、私と出会った6年後に、わずか41歳の若さでこの世を去ってしまいました。とても惜しいことです。もしも遺伝子治療にアランの技術が使われていれば、ノーベル賞をとる可能性は十分にあったと思います。

【エピジェネティクスはがんを根絶するか?】

エピジェネティクスの研究によって生命のメカニズムが解明されてゆくと、「遺伝子疾患」の概念が変わる未来が到来すると私は考えています。

現在、人類がもっとも苦戦を強いられている遺伝子疾患として「がん」があります。世界中の研究者が、がんのもっとも上流にある原因を探していますが、いまだに見つかっていません。

私は、がんの根源的な要因の1つに、クロマチンの構造変化があると考えています。つまりクロマチン動的運動に何らかの問題があり、読まれるべきDNAが読まれないなどの異常が生じた時、がんを発症する変異を生み出してしまうのではないかと考えられるのです。

私の研究室の持つ技術を使えば、正常な運動をするクロマチンと、そうでないものの構造を比較検討することができます。そうすれば、クロマチン動的運動の異常が、どのようにがんに関与しているのかを知ることができ、がんの発生メカニズムの解明に迫ることも不可能ではないかもしれません。そして、具体的に医療へと応用できれば、がんや「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」といった難病から、様々な精神・神経疾患に至るまでの遺伝子疾患が全て同じメカニズムで理解できる未来が到来するかもしれません。

そうした遺伝子疾患の医療が発展した未来では、身体に負担のかかる手術や毎日の通院も必要ありません。生まれた時に将来発症する病気について、その全マップを知ることができます。そして治療には、ただ、カプセルに入った薬を毎日飲むだけです。これによって、疾患に関係する遺伝子発現を一生に渡ってコントロールするのです。

もちろん服用も一生続きます。しかし生まれた時から飲むことが習慣になっていれば、それはもはや食事と変わりません。それだけで、遺伝子疾患を患うはずだった多くの人が、健康な人生を歩むことが可能になります。そうした未来が到来した時に、社会にきっと必要とされるだろう基礎研究を今、私は行なっていると信じています。

【「新しさ」を世界へ発信すること、それが研究者の仕事】

最後に私の研究の喜びについてお話します。私にとっての何よりの喜びは、「新しさ」を見つけること。エピジェネティクスの研究には、世界中の人に伝えたくて仕方がない新しい発見が溢れているのです。だから私は論文を書くことを、大きな喜びにしています。そして私の発見や考え方が、多くの人に、分かりやすい言葉で伝わることを願っています。

また、私の研究は研究室のチームワークに支えられています。もちろん、ひとりで研究して、単名で論文を書いて世界的に認められれば、カッコいいものです。研究者誰もが憧れることでしょう。しかし一方で、それがいかに難しいことかも、研究者はみんな分かっています。ひとりで孤独に研究して10年かかるところを、5人で楽しく1年で終わるなら、私は後者を選びたいと思っています。

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そうした私の姿勢に呼応するように、大きく、強い意志を持った早稲田大学の学生たちと楽しく、実りのある12年間を共にしてきました。学部、さらに文系理系関係なく、「せっかくこの世に生まれてきたんだから、人生に足跡を残したい」というような、溢れんばかりのパッションを持っている学生が、この大学にはたくさんいます。多くの学生が自らの知見と意志を持って、世界へ羽ばたいていくことを今日も願って、私は世界中の人に、新しい未来を届け続けたいと思っています。(全4回)

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〈対談相手プロフィール〉

乙武洋匡(おとたけ ひろただ)

1976年4月6日生まれ。東京都出身。早稲田大学在学中、自身の経験をユーモラスに綴った『五体不満足』が多くの人々の共感を呼び、500万部を超す大ベストセラーに。その後、ニュースのサブキャスターや、スポーツライターとしても活動する。

2005年4月からは、東京都新宿区教育委員会の非常勤職員「子どもの生き方パートナー」として教育活動をスタートさせる。杉並区立杉並第四小学校教諭として勤務し、2013年2月には東京都教育委員に就任。教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。

2015年4月より政策研究大学院大学(GRIPS)へ進学、「平成27年度修士課程国内プログラム」の公共政策プログラムを履修する。

〈プロフィール〉

kurumizaka2胡桃坂仁志(くるみざか ひとし)

1989年 東京薬科大学薬学部卒業 薬剤師、1995年 埼玉大学大学院 理工学研究科博士後期課程修了 博士(学術)、1995~97年 アメリカ合衆国 国立保健研究所(NIH) 博士研究員、1997~2003年 理化学研究所 研究員、2003~07年 早稲田大学理工学部 電気・情報生命工学科 助教授、2001~07年 横浜市立大学大学院総合理学研究科 生体超分子システム科学専攻 客員准教授、2007~08年 早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 准教授、2008~12年 横浜市立大学大学院 総合理学研究科 客員教授、2003年~15年 理化学研究所 客員研究員、2012年~現在 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 客員教授、2008年より早稲田大学理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

 

〈主な業績〉

2013, ゲノムDNAの転写・複製・修復に働くヒト染色体構造体を世界で初めて解明 生殖医療の発展への寄与も期待
―理工・胡桃坂研、阪大などと共同研究・・・
「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)にて論文「Structural basis of a
nucleosome containing histone H2A.B/H2A.Bbd that transiently associates
with reorganized chromatin」が掲載

2012,がん抑制タンパク質複合体の機能を世界で初めて解明 理工・胡桃坂研など、遺伝病や発がんの原因解明に重要な一歩・・・
「The EMBO Journal(欧州分子生物学機構誌)」電子版にて論文 「Histone chaperone activity of
Fanconi anemia proteins, FANCD2 and FANCI, is required for DNA crosslink
repair」 が掲載
2011,ヒト染色体の中心領域の立体構造を世界で初めて原子分解能で解明 理工・胡桃坂研、遺伝病や発がんの原因解明へつながる一歩・・・

「ネイチャー(Nature)」電子版にて論文「Crystal structure of the human centromeric
nucleosome containing CENP-A」として掲載

2010,ヒト精巣染色体の構造基盤を世界で初めて解明 理工学術院・胡桃坂教授、米科学アカデミー紀要で発表・・・

「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版にて論文「Structural basis of instability of the
nucleosome containing a testis-specific histone variant, human H3T」が掲載

その他の業績→and more

 

 

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