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「特集 Feature」Vol.1-1 ヒト染色体中心構造を世界で初めて解明した研究者(全4回配信)

構造生物化学
胡桃坂仁志(くるみざかひとし)/理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

 

エピジェネティクスが拓く新しい遺伝学

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人類は今、新しい遺伝学を見つけようとしています。
従来の遺伝学では、私たちの身体を構成する全ての細胞が持つDNAが、私たちの身体をつくり、後世へと受け継ぐ上で最も重要な設計図だとされてきました。しかし、新しい遺伝学「エピジェネティクス」はこの考え方を大きく変えていく可能性があります。
エピジェネティクスは、私たちに何を教えてくれるのでしょう? 早稲田大学 理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 胡桃坂仁志教授にお聞きしました。

 【世界初、セントロメアの構造を決定】

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胡桃坂仁志教授。研究室にて。

私の専門は、「エピジェネティクス(epigenetics)」と呼ばれる新しい遺伝学の領域です。私たちの研究室では、ヒト染色体の中心構造である「セントロメア」を独自の技術で解析し、世界で初めてその構造を決定しました。それが科学誌『Nature』(図1)に掲載された『Crystal structure of the human centromeric nucleosome containing CENP-A』(図1及び図2)です。

セントロメアは「X」の形をした染色体のくびれた連結部分にあたり(図3)、分裂期に遺伝子本体であるDNA(デオキシリボ核酸,deoxyribonucleic acid)を娘細胞に均等配分する上で、重要な役割を果たします。私たちは、このセントロメアの部品を遺伝子工学的に人工合成し、試験管の中で組み立てたセントロメアの基盤となる構造体を結晶化させることに成功し、その構造の決定を行いました。

セントロメアの構造決定は、ダウン症などの染色体分配異常に起因する疾患の原因究明に役立つことが期待されるとともに、遺伝子がどのように「分離・継承」するかのメカニズムの解明、さらにはがん治療に革命を起こす可能性も期待されています。

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図1:構造生物学:「セントロメアのヌクレオソーム」Reprinted by permission from Macmillan Publishers Ltd.Nature Vol.476, 11 August 2011 , copyright 2011 早稲田大学図書館所蔵

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図2 :世界で初めて構造が決定された、セントロメアの分子構造。普通の染色体の基盤構造を持ちながら、DNAが外側に開いたような構造(図内の「mobile(可動部)」部分)をとっているのが特徴。

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図3 染色体におけるセントロメアの位置と働き

図上部の赤い点線で囲まれた部分がセントロメア。染色体中心部にあるセントロメアは両側から紡錘糸で引っ張られ、細胞は2つの娘細胞に均等分配されていく(図上部右)。

 

 【ヒトゲノムの解読が教えてくれなかったこと】

エピジェネティクスは、「遺伝子(gene)」の「発現」をコントロールし、生命体を構成する、いわば“遺伝子のスイッチ”を解明しようとする研究領域です。この視点は、従来の遺伝学や分子生物学に大きな歴史的転換を与えました。

遺伝子と聞いて多くの人が思い出すのは、2003年に完了した「ヒトゲノム計画」です。当時の科学者たちは、ヒトの設計図であるヒトゲノムがすべて解読できれば、ヒトを完全に理解できると期待していました。ところがこの設計図は、ヒトのメカニズムを完全に解き明かすことはできませんでした。

私たちはたった一つの卵細胞から発生し、分裂を繰り返して約40兆個もの細胞を持つ生命体になります。その細胞全てが同じ遺伝子情報を持っています。私たちを構成する細胞は「分化」をし、手や足、心臓や肝臓など、違う働きを持つ組織になります。そのとき、手であれば手を構成するために必要な遺伝子だけがスイッチ・オンされて発現しているのです。逆に言えば、手では、手を構成するため以外の遺伝子はスイッチがオフの状態です。
このスイッチのオン・オフを行なっているのは、一体どのような働きによるものなのかを解明するのが私の研究なのです。

 

 【遺伝子のスイッチを追いかけて】

ヒトの遺伝子が刻まれたDNAの長さは2メートル、文字にして60億文字分(父、母から30億文字ずつ)あります。これだけの長さのものが10マイクロメートルの、細胞内にある「核」に押し込められているのです。きちんと折りたたまなければ、こんがらがって切れてしまいます。そんなDNAを収納しているのが「クロマチン」と呼ばれる構造です。

「ヒストン」と呼ばれるタンパク質の8量体で構成されるクロマチンは糸巻きのようにDNAを巻きとる「ヌクレオソーム」の連なりによって形成されています。(図4)

かつてクロマチンはDNAを適切に収納しておくためだけのしくみだと考えられていました。しかし最新のエピジェネティクスの研究では、クロマチンは、細胞の分化をコントロールする上で非常に重要な役割を担っていることが明らかになってきています。その中で私が最も着目しているのが、クロマチンの「運動性」です。

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図4 真核生物のDNA

DNAは4種類のヒストンから形成されるヌクレオソームとして巻きつき、連なってクロマチンの構造をとりながら、細胞核内に収納されている

この運動性について、私たちは、遺伝子情報が読まれる部分と、読まれない部分にどんな違いがあるかを明らかにしようと研究を進めました。その結果として浮かび上がってきたものが「クロマチン動的構造」の存在です。

細胞の核にあるクロマチンを細かく観察すると、DNAがきつく折りたたまれて閉じている場所(ヘテロクロマチン)と、緩んで開いている場所(ユークロマチン)があります。そして、遺伝子情報が「RNAポリメラーゼ」によって読み取られるのは、クロマチンが緩んでいる部分であるということが、次世代シークエンサーなどを使った詳細なゲノミクス解析によって明らかになってきました。私たちは、細胞の分化をコントロールする遺伝子のスイッチがどのようにして「オン」になるのか、すなわちどのようにクロマチンが緩むのか、その証拠に今、迫ろうとしているのです。

また、こうした研究にはクロマチンの構造解析が不可欠です。構造解析は、実際の生物からとれるサンプルではとても困難です。成分が不均一なため、良好な結果が得られないのです。物理化学的に構造を決定するためには、非常に高濃度で高純度なクロマチンが必要です。そこで私たちの研究室では、遺伝子組み換え技術を用いて、バクテリアや培養細胞によってクロマチンの部品であるタンパク質やDNAを合成することを可能にしています。さらにそれをフリーズドライにしたパウダー状の安定的な物質にして保管・使用しています。この先端技術は、世界的に見てもトップクラスの評価を得ています。(全4回配信)

〈プロフィール〉

kurumizaka2胡桃坂仁志(くるみざか ひとし)

1989年 東京薬科大学薬学部卒業 薬剤師、1995年 埼玉大学大学院 理工学研究科博士後期課程修了 博士(学術)、1995~97年 アメリカ合衆国 国立保健研究所(NIH) 博士研究員、1997~2003年 理化学研究所 研究員、2003~07年 早稲田大学理工学部 電気・情報生命工学科 助教授、2001~07年 横浜市立大学大学院総合理学研究科 生体超分子システム科学専攻 客員准教授、2007~08年 早稲田大学 先進理工学部 電気・情報生命工学科 准教授、2008~12年 横浜市立大学大学院 総合理学研究科 客員教授、2003年~15年 理化学研究所 客員研究員、2012年~現在 横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 客員教授、2008年より早稲田大学理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科 教授

 

〈主な業績〉

2013, ゲノムDNAの転写・複製・修復に働くヒト染色体構造体を世界で初めて解明 生殖医療の発展への寄与も期待
―理工・胡桃坂研、阪大などと共同研究・・・
「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)にて論文「Structural basis of a
nucleosome containing histone H2A.B/H2A.Bbd that transiently associates
with reorganized chromatin」が掲載

2012,がん抑制タンパク質複合体の機能を世界で初めて解明 理工・胡桃坂研など、遺伝病や発がんの原因解明に重要な一歩・・・
「The EMBO Journal(欧州分子生物学機構誌)」電子版にて論文 「Histone chaperone activity of
Fanconi anemia proteins, FANCD2 and FANCI, is required for DNA crosslink
repair」 が掲載
2011,ヒト染色体の中心領域の立体構造を世界で初めて原子分解能で解明 理工・胡桃坂研、遺伝病や発がんの原因解明へつながる一歩・・・

「ネイチャー(Nature)」電子版にて論文「Crystal structure of the human centromeric
nucleosome containing CENP-A」として掲載

2010,ヒト精巣染色体の構造基盤を世界で初めて解明 理工学術院・胡桃坂教授、米科学アカデミー紀要で発表・・・

「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」電子版にて論文「Structural basis of instability of the
nucleosome containing a testis-specific histone variant, human H3T」が掲載

その他の業績→and more

〈用語解説〉

●ヒトゲノム → ヒトの持つ全ての遺伝子情報。約30億個からなるDNAの塩基配列に記録される。
●DNA(デオキシリボ核酸,deoxyribonucleic acid)→ 二本鎖のらせん構造を形成し、アデニン、グアニン、チミン、シトシンの4つの塩基によって遺伝情報を構成する物質。
●遺伝子(gene)  → DNAに記録されている、実際の生命体を構成する上で必要な、特定のタンパク質をつくる働きを持つ部位。
●遺伝子の発現 → 遺伝子の情報が、多種多様なタンパク質が作られることを通して、その機能を発揮すること。
●ヒトゲノム解読計画 → 国際的な取り組みとして、ヒトの全DNA配列(30億文字)を解読する試み。2001年に概要配列が、 2003年には全塩基配列が決定している。
●分化 → 幹細胞が特定の機能に特化し、不可逆的に変化することを通し、生物の発生プロセスが進行すること。
●RNAポリメラーゼ → タンパク質が作られる際に、遺伝子からmRNA(メッセンジャーRNA)へ情報を転写する役割を担う。この転写の後、リボソームがアミノ酸へ翻訳し、タンパク質が出来上がる

 

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